ふわふわした髪が揺れる。
少し大きいサイズの服を着た小柄な青年がキョロキョロしながら歩いている。
「この辺なんだけどな・・・うわっ!?」
角を曲がったところで同じく角を曲がってきた背の高い青年とぶつかった。
「おい、どこ見て歩いて・・・」
「すんません!!急いで・・・」
勢いでしりもちを着いた小柄な青年が文句を言いかけて、背の高い方が手を伸ばしかけて。
「「あ」」
互いの顔を見て声をあげた。
「はよ・・・」
寝起きのボサボサな頭のままリビングに行くといい匂いが漂っていた。
「おはよーさん」
「兄ぃおはよー」
台所ではエプロンを着けた松岡が包丁を握り、テーブルでは城島が新聞を読んでいる。
(・・・今日は日曜か・・・)
ぼんやりした頭を何とか稼働させて、朝からご近所さんが台所に立っている理由を考え出す。
「もう少しで出来るよ」
その言葉に自分が立ちっぱなしだった事に気付き、城島の向かいに腰掛けた。
松岡と出会って半月が経った。
話し合った結果、平日は夕飯のみ、休みの日は朝も作ってもらう事になり、毎日毎日楽しそうに通ってくる。
物好き、だと思う。
普通は信じないだろう。
見ず知らずの2人組がいきなり天使だ悪魔だ言っても。
それを信じたばかりか、積極的に関わろうとするなんて。
料理を作らせて、と言った時、伝わってきたのは必死な"音"。
会ったばかりの怪しい奴等を信じて、あまつさえ『一緒にいたい』と思うような人間がいることに驚いた。
今では城島を“リーダー”、自分のことを“兄ぃ”呼んで、慕ってくれている。
──── 本当に物好きな奴
「誰が?」
思った事を口に出していたようで、城島が山口の顔を覗き込んでいた。
「んー、アイツ」
鼻唄を歌いながら台所に立つひょろ長い男を指さす。
「あぁ。松岡なぁ」
城島が振り返って指し示す方を見て、苦笑いしながら新聞を閉じた。
「ほんま、人間ってよぉ解らんもんやなぁ」
2人でくつくつ笑っていると、当の本人が現れる。
「?2人してどったのよ?」
不思議な顔をして皿をテーブルに置きながら首を傾げた。
「いや、楽しそうな"音"がすんなぁと思って」
「"音"?」
松岡はエプロンを外して城島の横に腰掛けた。
「何や、達也は"心の音"が聞こえるんやて」
「へぇ。じゃあ心ん中読めるわけ?」
特に驚いた様子もなく松岡が訊く。
「心は読めねぇよ。嬉しい時は嬉しそうな音が、悲しい時は悲しそうな音がするのが聞こえるだけで、
相手の気持ちは解っても何考えてるかはさっぱりだな」
卵焼きに手をつけながら山口が簡単に説明する。
「ふぅん。で、俺からは楽しげな"音"がしてたと」
「そういうこと」
ふと思い出したように城島が口を開いた。
「それ、確か人によって音源ちゃうんやろ?」
「そうそう。ちなみに茂君はギターね」
「え、俺は?」
興味津々で松岡が身を乗り出す。
「・・・松岡は・・・ドラム、だな」
少し耳を澄ますようにすると僅かに大きな音になった。
「へぇ〜」
山口の言葉に、聞こえていたリズムが微妙にアップテンポになる。
(そんなに楽しいかよ)
今まで忌み嫌われてきたこの能力が、まさか人間界でこれほどうけるとは思ってもみなかった。
山口は思わず苦笑する。
「他にどんな音があんの?」
気持ち悪い、とか、怖いと言われるどころか興味を持たれる。
嬉しいというか、何だかくすぐったい気がした。
「あ?いろいろだよ。鈴みたいなのだったり、笛だったり。俺の後輩に唄だった奴がいたなぁ」
「へぇ〜すっげ〜!!」
感動したのか、松岡は箸を止めて話に聞き入っている。
「シゲのはあまり聞こえねぇな」
「そうなん?」
「たま〜に微かに聞こえるぐらい」
城島の"音"は滅多に聞こえない。
だから読めない。
笑顔でいても本当に嬉しいのか判らないのだ。
(それがおもしろいんだけど)
「ふ〜ん、さすが天使だね」
感心したような声があがった。
「言っとくけど他の奴らは聞こえないからな。俺だけ」
「そうなの?」
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「え?珍しいね」
「新聞の勧誘やろか?」
「・・・あれ?この音・・・」
家の主2人とも玄関に向かう。
何となく寂しかったので、松岡も席を立った。
「?何や?騒がしいなぁ、外」
城島が首を傾げながら玄関の戸を開ける。
「ぎゃー!!痛い痛〜い!!ごめんなさい〜!!」
「俺に勝とうなんて1万年早いんだよっ!!」
扉の向こうではプロレスが行われていた。
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2006/02/26
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