衝撃で頭がおかしくなったのかと思った。


目の前にいる二人組の背中に見える白い羽根と黒い羽根。


そしてそいつ等が言った、
「俺天使で、この人悪魔なんだわ」
「ど〜もぉ」
という言葉に、目の前が真っ白になった。
「わ〜!!倒れたぁ!!」
「おいっ!!どうしたっ!?」
呼びかける声は聞こえたけど、そのまま意識は吹っ飛んだ。















そもそも、何が起きたのか。
それがよく解らない。

確か道を歩いてて・・・・・・。
そう。
買い物帰りだったんだ。
たまには豪勢な料理を作ろうと思って、食材を買い込んで。

そしたら突然上から声がして、見上げたら、あの二人組が落ちてきた、と。

・・・・・・。

な〜んだ。

改めて考えてみると結構普通・・・・・・







「な事じゃねぇよっ!!そもそも落ちてくるところが普通じゃねぇっつーの!!」
「あ、起きた」
勢いよく起きあがると、目の前に誰かがいた。
鈍い色の金髪を短くした浅黒いがっしりとした男。
よく見ればさっきの二人組の内の一人だ。
「おーい、起きたぜ」
「はいよ〜」
そいつが振り返った先には片割れがいた。
緩くウェーブのかかった明るい茶髪で、金髪よりは背が高くて細い。
金髪は茶髪の方に行ってしまった。
「・・・・・・ここどこだよ」
辺りを見回すが、見た事のないところだった。
たぶんリビング。
俺はソファに横になっていた。
ちょっとでっかいテレビがあって、庭につながるでっかいガラス戸があって、どう見ても普通の家。
台所らしき場所にいる二人組の背中にも何にも見えない。
明らかに普通の人間だ。
「・・・・・・夢?」
首を傾げていると向こうから茶髪がやってきた。
「どっかおかしいとこあらへんか?」
やんわりとした笑顔に西の方の方言。ちょっとイメージアップ。
「あ、いえ、何ともないです」
「そ〜か、よかったぁ。君突然倒れるから、どないしよ思て。とりあえずボクらんち連れて来たんやわ」
そう言いながら、コーヒー飲む?とカップを差し出してきた。
断るのも悪いので受け取っておいた。
「砂糖とミルクはそこのを使ってや」
「どうも」
とりあえず体勢を直す。さすがに横になりっぱなしはよくない気がしたので。
「もう一遍訊くけど、気持ち悪いとか頭痛いとかあらへん?」
茶髪は向かい側のソファに腰掛ける。
俺とその間に金髪がどっかんと座った。何て言うか、柄悪い。
「無いです。大丈夫ですよ」
俺は愛想よく笑った。
助けてくれた人に無愛想なんて失礼極まりない。
「そーか、ほんまよかったわぁ」
茶髪もやんわり微笑む。癒される笑顔だ。
「本題はいる前に名乗っとかなかんな。ボクは城島茂いうねん。でこっちが」
「山口達也」
金髪が名乗る。
何かマジ怖いんですけど。俺、何かしたのだろうか。
「松岡です。松岡昌宏」
「松岡君やね。で、本題はいるけど」
茶髪、もとい城島さんがテーブルに身を乗り出した。
「・・・・・・何でしょう」
「さっきの、覚えとる?」
「さっきの・・・・・・?」

・・・・・・まさか
"さっきの"ってまさか・・・・・・!?

「え、あ、」
「なぁ、めんどくせぇからとっとと言えば?」
どもっていると山口さんが城島さんに言った。
「んー、でもなぁ倒れるくらいだからショックも大きかったんやろうし」
「この様子だと覚えてるって。なぁ、俺が言った台詞覚えてっだろ?」
「て・・・・・・天・・・・・・?」
「そう、それだよ!!」
嬉しそうに膝を叩く山口さん。
「だろ?」
「そやなぁ。ならええか。あんな、松岡君。冗談やなしにボクは悪魔で、この人は天使なんよ」
また、倒れそうになった。
でもふんばった。
「か・・・・・・からかってる?」
「初対面の人をからかったって何も得はないやろ」
苦笑いしながら城島さんが答える。
確かに俺をからかっても何の得もない。
それが本当なら、正体を知らせる事はむしろ損だ。

・・・・・・信じるしかなさそうだ。

「なんだったら羽根出してやろうか」
山口さんが立ち上がる。
「いえっ!!いいですいいです!!」
「あ、そう」
慌てて断ると座ってくれた。
何でそんなに残念そうなんだろう。
「じゃ・・・・・・じゃあ、アナタ達の言葉を信じるなら、城島さんが悪魔で、山口さんが天使?」
「そうやね」
自称悪魔がやんわり微笑む。
どちらかといえばこっちが天使だろ。
「えと・・・・・・どこから来たんですか?天国と地獄?」
「まぁ、そうだな」
なぜか笑いながら山口さんが答える。
「何で・・・・・・こっち?に来たの?」
「うーん。駆け落ち?」
「ある意味そうかもしれんなぁ」
怪しい事を笑いながら2人が口にする。
いや、笑い事じゃないし。
「こ、恋仲・・・・・・?」
「ちゃうよ」
あっさり否定。
「お互いにあっちが嫌になったから一緒に逃避行してきたんだよ」
「・・・・・・なるほど」
それなら初めからそう言ってくれよ。
思わず怪しい仲かと思ったじゃないか。
「あ。でな、松岡君」
「あ、はい」
城島さん、いきなりまじめな顔になる。
「在り来たりなパターンやけど・・・・・・」
「他言無用、ですか?」
「そう。しゃべったらどうなるか解ってんな?」
ヤクザ天使に低い声で睨まれる。
俺は思わず唾を飲んだ。
「ど・・・・・・どうなるん・・・・・・」
「・・・・・・例えば豚や牛にして売り飛ばすとか、犬にしたり、あ、あと地獄に突き落とすって手もあるね」
「出来ないこともないねぇ」
山口さんがニヤリと笑い、城島さんが普通に答える。
「〜!!」
「まぁ、そんな事はせぇへんけどね」
俺が口をパクパクさせていると城島さんが苦笑い。
「しないのかよっ!!」
「何?してほしかった?」
「んなわけあるかっ!!」
俺の反応がおもしろかったのか、性悪天使が爆笑している。
このやろう。
「やれへんこともないけど、やらんよ。生き物の生を扱うんは好きやないし。やっても記憶を消すぐらいや」
「・・・・・・じゃあ何で俺・・・・・・」
そんな手っとり早い方法があるならやってしまえばいい。
わざわざ口外法度だと警告する意味はない。
「うーん、何やろなぁ。君いい子そうやし、記憶の改竄しとうないな思て」
穏やかに笑う。
山口さんも呆れた顔で城島さんを見てる。
「いや、忘れたい言うんなら、記憶も消すよ?ボクの我が儘で君が嫌な思いするんやったら通す訳にはいかんし。
 ボクらが君の中から消える。それで一件落着やろ」
「・・・・・・」

そりゃそうだよな。
こんな非日常、なかった事にしてしまえるなら楽な事極まりない。
自分の理解を越えた世界の事なんて関わらない方がどんなに無難か。


でも、この関わりをなくしたくない気がする。


たった数時間の非日常を失いたくないと、何となく、思った。


「・・・・・・言わないよ。誰にも言わないから消さないでよ」
「・・・・・・ええのん?」
「後から文句言われても困るぜ?」
驚いたような顔で2人が俺を見る。
「だって・・・・・あ・・・・・アンタら生活力なさそうだもん。・・・・・・・何あの台所!!どうしたらああなるのよ!!」
とっさに目に入った台所を理由にする。
最初は言い訳のつもりだったけど、見たら本気で心配になった。
何というか・・・・・・腐海の森?
「あー、最近来たばっかで料理なんて出来ねぇしな」
「インスタントばっかやねぇ」
あっけらかんと天使が、ほんわかと笑いながら悪魔が言った。
「何それ!!いくら天使と悪魔っつっても体壊すよ!!」
「そうなんやけどねぇ」
「やった事ねぇもんよ」
「・・・・・・俺は出来るけどね」
「すごいねぇ」
城島さんがほやほやと笑う。
「俺は料理出来るのよ」
「はあ」
「や、だからね、アナタ達のご飯作らせてよ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。はぁ!?」」
少し間があって、驚いて2人がソファから立ち上がる。
「なんでや!?」
「何企んでんだ!?」
「だからね、俺は料理好きだし上手くなりたいの。でも今一人暮らしだから経済的に大したもの作れない。
 で、アナタ達は俺がしゃべんないか不安じゃない?俺が毎日来れば監視できるでしょ。
 記憶の改竄が出来るなら覗く事だって出来るはず。
 俺はやりたい事出来るし、アンタらは食事にありつける。一石二鳥って事」
自信満々に持論を発表する。
2人を見ると呆れた顔と不安そうな顔。
「そんな・・・・・・君が損せぇへんか?」
「だから料理したいって言ってるでしょ。
食費はそっちが出してくれれば俺は料理するだけだし?
てかね、アンタたちみたいな生活力なさそうな人たちだけで生活してけると思ってんの?」
「せやけど・・・・・・」
「いいじゃん、茂君。やりたいっつってんだからやらせてやろうぜ。利害は一致してんだし、別に損するわけでもねーし」
「・・・・・・う・・・・・・ん、まぁ・・・・・・松岡君が・・・・・・いいなら・・・・・・」
渋々と言った様子で城島さんが首を縦に振った。
「じゃあよろしく!!」
「頼むな、飯」
「悪いなぁ」
俺が笑顔を作ると2人も笑った。

こうして俺の新たな生活は始まったのだ。



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2006/02/26



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