5
「行ってやるよ」
「どこに?」
「飯」
いつものように屋上へ行って、いつものように達也に挨拶して、返ってきた言葉がそれだった。
正直、たまげた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だよ」
思わず達也の顔を見つめると、気持ち悪そうに顔を歪めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・や、ちょおビックリしてん」
「嫌なら行かなくてもいい」
「嫌やないって!行こう!」
慌てて、改めて誘うと、小さく鼻で笑われた。
「条件があるんだけど」
「なん?」
「昼飯じゃなくて夕飯奢って」
その顔はニヤリ笑っていたけれど、どこか必死な様子が感じ取れた。
「何で?」
「・・・・・・・・・・・・理由訊くなら行かねぇ」
そう言ってそっぽを向く。
「いや、言いたないなら言わんでええわ」
訊かれたくないんだろう、今は。
でも、いつか、言いたいんだろう。
そんな事を今無理やり聞き出すほど野暮じゃない。
「そんならそれでええから、行こう。学校終わったら行こうやないか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どこに行くんだよ」
「ん〜、考えとき。達也が行きたいとこでええよ。終わったら車出すから」
ポケットから鍵を取り出してチャリチャリ鳴らした。
「ホントにどこでもいいのか?」
「ええよ。帰りまでに決めてな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かった。考えとく」
達也がポツリ言って、その日の会話は終わった。
6
「こんな所でええのん?」
「どうせアンタケチだろ」
安いとこにしてやったんだよ。
そう言って、彼は横で呆けているスポンサーを見た。
「確かにフランス料理とか言われても逆に困るけどな」
「いいの。質より量」
「そんなこと言うたら店に失礼やろ」
「聞こえてねぇって」
目の前に広がる中華料理を黙々と食べる少年を見て、彼はふと、何で生徒と中華料理食べてるんだろうと思った。
確かに自分から誘ったわけだけれど、何となく寂しい気分になったのも否定できない。
「食わねぇの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・食べるで」
自分出資やからな、と城島は箸を動かす。
ここが良い、と連れてこられたのは近所の中華料理屋。もちろん車を出す必要もなく、2人は歩いてここまで来た。
「そういえば、親御さんには連絡してあるん?」
ふと、思い出したかのように少年に訊いた。
その言葉に彼はチラッと視線を城島に向けたものの、何も言わず食べ続けている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・仕方ないなぁ」
小さくため息をついて、彼は立ち上がった。
「僕が連絡してくるさかい、達也は食べとって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・心配なんざされてねぇよ」
達也は小さく呟く。
「んなことあるかい。親は心配するのが仕事なんやで」
「家は違うね。ババァは親父の機嫌取りにしか興味ねぇし、親父は俺を息子と思ってねぇし。
今俺が家にいないことも知らねぇんじゃない?」
「・・・・・・・とりあえず連絡はする。いくら教師だからって勝手に生徒を遅くまで連れ回せん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・勝手にすれば?」
投げやりな、でもどこか寂しそうな様子に、本当の彼が何となく見えたような気がした。
7
「ゴチソウサマデシタ」
幾分か軽くなった財布にショックを受けながら彼が店から出てくると、達也は手を合わせる。
「高校生の食欲舐めとったわー」
「安い店選んでやったんだから感謝しろよ」
少し遠い目で呟く城島に、達也はケタケタ笑った。
「これからどうするん?帰るなら送るで?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「帰りたない?」
黙ってしまった達也を覗き込む。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に。メンドクサいだけ」
「何が?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・親と顔合わせんの」
城島に背を向けて、1人先に学校への道を歩き出す。そして訊いた。
「あの人達何て言った?」
「ん?」
「さっき電話したんだろ?」
追いつこうとするわけでもなく、ゆっくりついてきていた城島に背中越しに訊いた。
「先生と一緒なら心配ないです、やて」
「それ嘘だぜ」
達也が足を止めて振り返る。
「ババァだろ?それは本心じゃねぇよ。あのヒトは親父の機嫌さえ取れればいいんだ。
俺なんて眼中にない。俺を心配してるなんてありえねぇよ。
親父も世間気にして俺を追い出さないだけ。本当は俺を息子だなんて思ってないだろうね」
何ともない、という顔をして笑っていたけれども、目に浮かぶのは寂しさ。
「別に辛くねぇよ。もう馴れた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だから同情なんて要らない」
「同情なんてせぇへんよ」
何の感情も込めず、淡々と彼は言った。
「他人を同情できるほど、僕は優しい人間でも余裕のある人間でもないわ」
その言葉に達也は困った顔をして、そして苦笑する。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何でか判んないけど、何か、アンタの言葉は本当に思える」
「それはそれは、光栄の至り」
「そういう台詞は胡散臭ぇのに」
城島がふざけると、悔しそうに言った。
「で、どうするん?帰るなら送ったる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃあ帰らないっつったらどうすんの」
「まぁ、立場上、放っとくわけにはいかんなぁ」
達也は逡巡して、ぽつり呟く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・今日は帰ることにする」
「じゃあ送ってくわ」
足を止めたままの達也を追い抜いて、すれ違いざまに頭を撫でた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ガキ扱いすんな」
「まだケツの青いガキが何言っとんねん」
「うっせぇ、オヤジ」
ケラケラ笑って前を行く城島を、達也は悪態を吐きながら顔を僅かに赤くして追いかけた。
8
「最近山口とうまくいってます?」
隣の席の同僚にそう声をかけられ、城島は手を止めた。
「んー・・・・・・どうなんですかねぇ。でもこの間夕飯を食べに行きましたよ」
「そうですか!でもやっぱ初めは食べ物で釣りますよね。俺も坂本に飯奢りましたもん」
あははと笑う同僚に、城島も笑みを浮かべる。
「先生が坂本君と仲良くなるきっかけって何だったんですか?」
「えー?きっかけ?何だったかなぁ・・・・・・」
真剣に考え始める彼を見て、城島は小さく笑う。
その時、教頭と話をしていた教員が2人の元にやってきた。
「城島先生」
「はい?」
「山口が補導されたみたいなんです」
彼は2人にだけ、しかし城島にだけは確実に聞こえるように、小さな声でそう言った。
「は?」
「名前を訊いても名乗らないから、迎えに来いと連絡受けて・・・・・・」
「何で山口って分かるんですか?」
「あいつ家に帰ってないらしいんですよ。まぁ、普段からああですし・・・・・」
「・・・・・・はあ」
「今教務先生に迎えに行ってもらってるんで、学校に来たらとりあえず頼みます」
そう言って、その教員は離れていく。
「は?え、ちょっ・・・・・・」
「山口の家は皆さん苦手にしてるんですよ」
引き留めようとした手は届かず空を掴む。
それを見て、同僚は苦笑を浮かべた。
「それに、本人帰りたがらないと思うんで」
「・・・・・・生徒指導ですか・・・・・・」
小さくため息をついて城島はうなだれる。
その時廊下の方から怒声が聞こえてきた。
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2006/05/09
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