9

部屋の中。
敵意丸出しで座るその背中に向かって呼びかける。
「達也」
振り返りもしないどころか全く反応を示さない。
城島は小さく息をついて、達也の正面に回り込んだ。
「派手にやったな」
そう声をかけたが、視線は床を向いたまま。
これ以上声をかけても意味はないと思い、そこを離れた。
手短にあったパイプ椅子を一脚ひっつかみ、窓際に寄せて腰を下ろす。
そして背もたれにしっかりともたれ掛かり、腕を組んで目を閉じた。


「・・・・・・・・・何も言わねぇのかよ」
しばらくの沈黙を破って達也が口を開く。
「・・・・・・・・・何もって何をやねん」
その言葉に、城島は気だるそうに目を開き、達也を見た。
「他の奴らみたいに」
「叱ればええん?」
城島が台詞を続けると、達也は眉間にシワを寄せる。
「・・・・・・・・・そのために来たんだろ」
「何で他人の子の躾なんてせなあかんねん」
「それが仕事なんじゃねぇのかよ」
「僕の仕事は教えること」
その返答に達也は一瞬黙る。
「・・・・・・・・・俺は悪くない」
そしてそう言った。
「アイツ等が出てけって言ったから出てってやったんだ。喧嘩売ってきたからやり返したんだ。
 俺から何かしたわけじゃない」
「そぉか」
「なのに全部俺のせいだ!俺の話を聞こうともしねぇ!!一方的に決めつけやがって!!」
突然声を上げ、傍にあったパイプ椅子を蹴り飛ばす。
「いなくなれっつっといて、いなくなったら怒るのかよ!!訳解んねぇよ!!ふざけんな!!」
そして城島を睨みつけた。
「お前も!!お前もうぜぇんだよ!!そんなに嫌なら俺に関わんなよ!!とっとと消えろ!!」
「僕は」
怒りをぶつける達也に、城島は静かにそう切り出した。
「一度たりともお前と関わるのが嫌だなんて言った覚えはないで」
「めんどくせぇって顔してんじゃねぇか!!」
その言葉で城島の表情が変わった。
「確かにめんどくさいわ」
「・・・・・・・・・っ」
「・・・・・・・・・ナマ言っとんやないぞ、クソガキ。何でお前に俺の思っとることが解んねん」
鋭い眼光で達也を睨みつけ、椅子から立ち上がる。
「めんどくさい?嫌だ?そんなん全部お前が勝手に想像した事やろが。
 えぇ加減にさらせ。そんな事思っとったら今ここにおらんわ」
気圧されて動きを止めていた達也の胸倉を掴んでそう言った。
「めんどくさいんやないかって予測できるんなら、さっさと帰る準備せんかい」
「・・・・・・・・・帰りたくないっ」
城島が突き放すと、達也は表情を歪めて顔を逸らす。
「じゃあずっとここにおるんか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それには答えず、黙って椅子に座った。
「・・・・・・・・・とりあえずこっから出よか」
俯いたままの達也の腕を掴んで引き上げる。
そのままその手を引いて、城島は生徒指導室を後にした。










10

校舎の4階は教科教室が集められていて、たまたまどこの学年も使っていないようだった。
シンと静まり返った廊下を、達也の手を引っ張って進み、城島は生物準備室の扉を開けた。
「座り」
達也を部屋の中に放り込み、ソファを指差す。
渋々動き出したその姿を確認して、城島は扉を閉め、窓際にある流しに足を向けた。
元栓を開けてガスバーナーに火をつける。
水を入れたヤカンを化学室から拝借した大き目の三脚に載せて、その下に滑り込ませた。
「コーヒー飲めるか?」
振り返ってみるが返事はない。
しょうがなく机の引き出しにキープしておいたティーバックを取り出して予備のカップの中に入れ、
自分用のカップにはインスタントコーヒーを適当に放り込んだ。
小さなヤカンにはすぐ熱が回り、時間もかからずシュンシュンと音を立て始める。
小さな口から湯気が出始めてからバーナーをずらして、慣れた手つきで火を消した。
そして準備していたカップに注ぎ、コーヒーを適当にかき混ぜて味を見る。
もう1つは少し置いてからティーバックを取り出し、そのままソファに座る達也の前に置いた。
「毒は入っとらん。・・・・・・・・・・と思う」
「断定しねーのかよ」
「冗談やっちゅーねん」
ようやく返事をした達也に、城島は楽しそうに返しながら、自分の机の椅子に腰掛ける。
「氷り入れたろか?」
「別にいい」
そう言って達也はカップに口を付けた。
「学校は楽しい?」
「・・・・・・は?何だよ、いきなり」
「ええから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
城島が急かすと、ムッとした様子で黙り込む。
しかし、それ以上急かすわけでもなく城島も黙っていると、少しして口を開いた。
「・・・・・・・・楽しくない、ことはない」
「学校には来たいん?」
「・・・・・・・・・え・・・・・・・・もしかして俺退学?」
達也は顔を引き攣らせて城島を見つめた。
「ちゃう。そう簡単に退学になるかい。ただ、お前がどうしたいんか訊きたいだけや」
「・・・・・・・・・家にいるよりはマシだから・・・・・・・・・・・・」
「じゃあ家には帰りたいんか、帰りたくないんか。どっちや」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
再び達也は黙り込んだ。
じっと見据える城島と視線を逸らして合わせようともせず、床の上をウロウロと彷徨っている。
「あんな」
城島が座り直すと、古い椅子はギシリと悲鳴を上げた。
「今すぐに、とは言わん。でも、いつか、必ず親御さんとは話合わなあかんと思うで」
机の上に転がっていたボールペンを手に取ると、くるくると回し始める。
「ただな、お前がどうしたいのか、きちんと決めとかんと、またケンカになるだけや。
 選択肢はいっぱいあんねん。それを選ぶのは親御さんやなくてお前やってことは覚えとかなかん。
 今すぐに答えを出す必要はないけど、どうしたいのか、よく考えなさい」
カツンと音を立てて、ペンが落下した。









11

「・・・・・・・・・・・・家には帰りたくない」
城島がペンを拾っていると、達也が小さく呟いた。
「・・・・・・・・・でも、ここもいる場所がない」
「ここ?」
「学校」
「おん」
「サボって街中ウロウロしてても面白くないけど、家にいたくないから来てる」
「そーか」
「・・・・・・・・・・・。・・・・・・このまま退学はしたくない」
「せやなぁ」
「でも卒業できても、その後どうすればいいか分かんねぇ」
「どう、ってどういうことやろか」
「・・・・・・・・・・やりたいことがない」
「将来の夢?」
「そんなもん無い。・・・・・・・でも親父みたいにはなりたくない・・・・・・・・」
「うん」
「・・・・・・・・・・・・俺、どうなるんだろう・・・・・・・・・・・・」
小さく呟いて、達也は膝を抱えて俯く。
城島はペンをもう一度だけ回すと、机の上に放り投げた。
カチャンを音を立てて着地して、勢いに乗って少しだけ転がった。
「将来のことは今考えてもしゃーないやろ。未来がどう転ぶかなんて、誰にも分からんよ。
 高校っちゅーのはやりたいこと探す場所やねんで。せやからいろんな教科勉強すんねん。
 3年間でちょっとでも興味のあることを見つけられればええんよ」
そう言って、城島は温くなったコーヒーを流し込んだ。
「将来については、これから時間をかけてめいっぱい悩みなさい。
 今考えるべきことは、今どうするかっちゅーことや」
「・・・・・・・・・・・・・・家にいたくない。でも学校は辞めたくない」
「ならそれをご両親にきちっと伝えなさい。何を言われても逆ギレだけは我慢しなさい。
 お前が、達也がどうしたいのか、自分の意思をきちんと伝えること」
「うん」
「できれば、ちゃんとお父さんに言うべきやと思うで」
「・・・・・・・・・・・・・・努力はする」


家に送ってくると職員室に声をかけ、城島は達也と共に校舎を出た。
助手席に達也を乗せ、自分も車に乗り込んで煙草に火をつける。
「念のため住所教えとくから、今度は補導される前にウチにおいで」
クシャクシャのメモを差し出すと、達也は小さく頷いてそれを受け取った。









12


次の日、達也は登校しなかった。
気にはなったが、試験が近いこともあり時間をとることができず一日が終わってしまう。
それに、すぐに手を出すのもよくないと、様子見を決めていたのもあった。

その次の日、達也は朝一で生物準備室に現れた。
「・・・・・・・・・・・・・・ビックリしたがな」
「何でだよ」
「ノックも無しに戸が開いたらビックリするやろ」
ムスッとしたまま黙って部屋に入ってくる達也に、思わず溜息が出る。
二時間目の授業の確認をやめて、ソファに座った達也の方を向いた。
「おはよう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・はよ」
「えらい男前になったやないか」
達也の頬にはでかいシップが貼ってある。と同時に口の端には絆創膏。
「親父に殴られた」
「それはそれは」
思わず苦笑すると、達也は気に入らない様子で鞄の中から紙を取り出してテーブルに放り投げた。
「?」
「家出ることになった。昨日、母さんと家探ししてきた。
 ジジィは顔も見たくないってさ。でも高校を卒業するまでは金は出してくれるらしい」
「そーか」
「そこ、新しい住所」
「?」
テーブルの上の紙を指差すので、それを手にとって眺める。
そこには見慣れた単語が並んでいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・何やねんこれ!僕んちの住所やないか!」
「うん。隣。アンタがけしかけたんだから、責任取ってよね」
声を上げて睨むと、ニヤニヤと楽しそうに達也が笑う。
このクソガキ。確信犯だな。
そんな悪態を内心吐いていると、ボソリと呟きが聞こえた。
「・・・・・・・・・母さんが心配って言うから、そこにした。アンタが隣にいるんなら安心って」
「・・・・・・・・・・・」
「出て行きたいって言ったらジジィが激怒したんだけどさ、母さんも兄貴も庇ってくれたよ。
 母さんも殴られてたけど、それを見た兄貴がすごい剣幕で怒ってて・・・・・・・・・・・。
 兄貴が親父に反抗するの初めて見た。・・・・・・・・・・何かすっげぇビックリした」
黙って達也の顔を見ると、いつになく穏やかな表情だった。
「・・・・・・・・・・・・高校入ってからあんまり兄貴と話した覚えないけど、久しぶりにしゃべって・・・・。
 たまには帰って来いよ、だって。引越しも手伝ってくれるって言ってた」
「よかったやんか」
「うん」
そう頷いて笑う。
初めて年相応の笑顔を見たような気がした。
「なら、引っ越してきた暁には、蕎麦でも食いに行こか」
「蕎麦より中華がいい」
せっかく誘ってやったのに、即答でそう返ってくる。
可愛くない奴。
そう思ったが、まぁ、良いか悪いかは分からないが一歩踏み出せたようだし、たまには許してやろうと思う。



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何年越しでしょうか(苦笑)
ようやくY君のストーリーが終わりました。終わったというか、ひと段落です。
1つだけ言わせてください。
これ、実際の現場では本当にこうなってるかどうか判んないです。
ていうか絶対にこんなふうにはなってないと思うので、信じないでくださいね。
言うまでもなくフィクションです。
今度の生徒もまた苦戦するんだろうなぁ、と思います(笑)

2009/11/11


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