青い空と白い雲。
コントラストを描く2つの色を背景に、彼は一人荒野を見つめる。
「・・・・・・行くの?」
後ろからかけられた声に、緩慢に振り返った。
「命令やからね」
肩までの赤銅色の髪が風になびいて宙を舞う。
「・・・・・・・・・・・・・帰ってきてよ」
小さく、ともすれば聞き漏らしてしまいそうなほどの声。
「俺を置いていかないよね?」
それは疑問ではなく、確認の言葉で。
「約束はできんよ」
「約束じゃなくて、命令だよ」
そう言いきった鋭い瞳に、彼はようやく表情を緩めた。
「・・・・・・・・ふふ・・・・・・・・上司に命令するか」
「俺はアンタ以外に従うつもりはないから」
その言葉に、彼は笑いながら視線を荒れ野に戻す。
「・・・・・・・・・つまらんよなぁ・・・・・・・・・・」
ポツリ、呟いた。
「ちょっと力揮っただけで全部壊れてまうもん。何をしても壊れんもんはおらんのかなぁ」
青と茶の地平線の向こうに白い影が映る。
彼は少し俯いて、背中に羽根を広げた。
抜けた黒い羽根が風に舞う。
「・・・・・・・・御武運を」
青年の敬礼を背に、彼は飛び立った。
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「俺も連れてってください」
真摯な目でそう言う青年に、彼はそれでも首を縦に振ることはなかった。
「どうして!!」
「お前が暴走したら誰が止めるんだ?俺だって、あの中でお前に気を配ってる余裕なんてない。
俺だけじゃない、誰でも、自分が生き残るだけでいっぱいなのに、他人のことなんて気に留めてられるか」
「でも俺はみんなが傷ついて帰ってくるのを待ってるためにアンタについてきたわけじゃない!!」
「・・・・・・・・・・・・はっきり言う。足手纏いだ。来るな」
彼はそれだけ告げて、その場を後にする。
青年は何も言えず、泣きそうな顔をして、唇を噛んだ。
「どうして連れてってやんねぇの?」
かけられた声に彼は足を止める。
「実戦でも使えるんだろ?」
「うるさい」
「ご機嫌斜めってか」
「ヒトのことに口出してないで、お坊ちゃんは安全なところで茶でもすすってろ」
眉間にシワを寄せ暴言を吐く彼に、その人はそれでも愉快そうに眉を跳ね上げた。
「いい事教えてやるよ。今お前と人形を除いた5人の間で第一隊隊長の降格話が出てるぜ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「理由は簡単。一隊長はスラム出の野良犬を拾って隊長補佐にしてるからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何が言いたい」
「誰が言い出したかは判っだろ?気をつけろよ。例の奴と同じ目に合わされるかもしんねぇぞ」
クスクス。
面白そうに笑って、今にも誰かを殺しそうな顔をした彼にその人は言う。
「功績あげろよ。そしたら庇ってやれっから」
「そこまでしてここに残りたくねぇ」
「お前がいなくなったらお前の部下はどうなると思う?」
その言葉に彼は言葉を失った。
「今日煉獄に行くんだろ?首とってこれば早いじゃねぇか。俺にゃ無理だけど、お前ならできるんだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・そんな事できるか。上手くいって相討ちに決まってんだろ。
あいつらが路頭に迷ったらお前が何とかしてやってくれ」
苦し紛れに彼はそう言って、再び足を進めた。
「俺にだってやれることとやれないことがあるっつーの」
その人の呟きは誰もいなくなった空間に小さく響いた。
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誰もいない。
足元に広がるのは目を覆いたくなるような光景で、
それに見慣れて、吐き気さえも感じなくなってしまった自分に吐き気がした。
このまま名実ともに「悪魔」になってしまうのだろうと思う。
でも、戦うことをやめようとは思わない。
やめてしまったら大切なものが無くなってしまう。
自分に必要な、自分を必要としてくれる存在がいなくなってしまうから。
自分を道具としか見ない父親に反発して、こうやって大事なものを作って、
自分を必要としてくれた堕天使も拾って、いろいろと背負いすぎたような気がする。
それでも満足できないのは我侭なんだろうか。
そんなことを思いながら、彼は死荒野に背を向ける。
きっと、天使を撲滅することに狂っている父親が見たら皮肉たっぷりに嗤うだろう。
そらみろ、言った通りじゃないか
言われるだろう言葉が頭の中を走り、彼は唇を噛んだ。
口の中に鉄の味が広がる。
逃げ出したい。
泣きたくなるくらい、そう思う。
七王の立場なんて要らない。
全てを焼き尽くすしか出来ない焔なんて無ければ良かった。
自分を縛り付ける柵や重くなってしまった全てのものを投げ出して、何処か遠くに逃げたかった。
けれど、自分独りでは、何も出来ない。
怖くて、動けない。
どうか。
どうか。
お願いだから、誰かここから連れ出してくれ。
背後に聞こえた足音に、彼は緩慢と振り返った。
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自分に連なる存在が、一瞬で消えていくなんて、そんな馬鹿なことがあっていいのかと、叫びたかった。
先に行かせた部下が、燃え盛る炎の向こうに消えた様を見て、どこかの血管が切れた気がした。
どうしてこんなことをしているんだろうと、そう思う瞬間がある。
天使として生を受ける前から延々と続いている戦争は、それこそ勝利を治めることが義務なんだと思ってはいたのだけれど。
けれど、今はそんなことはどうでも良かった。
自分を慕ってくれて、さっきまで笑ってた奴らを一瞬で消し去ったそいつが許せなかった。
のそりのそりと背を向けた黒い影の後ろに彼は降り立つ。
足音で、黒い影はやはり酷く緩慢に振り返る。
普通なら聞こえるはずの心の旋律は微かにも聞こえない。
しかし、そんなことはどうでも良かった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何てことしてくれてんだよ、てめぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
怒りで顔を歪めた彼に、黒い影は無表情に言った。
「お前らが僕の仲間を殺すから」
言い終わるか終わらないかに、彼は剣を抜いて、黒い影に斬りつけていた。
緩やかな動きでその太刀筋は避けられ、刃が空しく空を斬る。
「ふざけんな!!お前ら悪魔が存在してるからこんなことになったんだろ!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それこそこっちの台詞じゃ!!
お前ら天使がおらんかったら、僕らは戦わなくても良かったんや!!!太一が苦しむこともなかった!!!!」
表情の無かった顔に、急に怒りが浮かんだ。
周囲の空気に重たいものが混ざり込む。
「・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・!!」
突然鳴り響いた旋律に、彼は眉間にシワを寄せた。
「僕ら何したっちゅーねん!!!・・・・・・・・・・・・ふざけんなっ・・・・・・・・・・ふざけんなぁぁあああああ!!!!」
瞬間炎が炸裂する。
周囲の大地が一瞬にして焼き尽くされた。
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熱風が走り抜ける。
遥か彼方の地平線に赤い火柱が上がるのが見えた。
「始まったね」
後ろからかけられた声に、青年は振り返る。
「・・・・・・・・・七隊長殿」
「そんな畏まらなくていいよ。君と俺以外に誰もいないんだから」
表情を強張らせた青年に、彼は微笑んで近寄る。
「どっちが勝つだろうね」
青年が身を乗り出していた窓にもたれて、彼は言った。
「・・・・・・・・ぐっさん、帰ってきますよね・・・・・・・・?」
不安げに青年が彼に訊いた。
彼はちらりと視線を投げかけ、何も言わずに地平線に視線を戻す。
「・・・・・・・・・何であの人は君を拾ったんだろうね」
ポツリ、青年に問いかけるわけでもなく、彼は呟いた。
「君だけじゃない。第一部隊の隊員、殆どが下位だよね」
彼が青年に視線を向けると、青年は泣きそうな顔をしていた。
「・・・・・あ・・・・・・・・・・・ごめんね。別に君を追い出したいわけじゃないんだ。
前からずっと思ってたことなんだけど・・・・・・・・・・・・・俺あんまり誰かと話したりしないからさ、上手く言えなくて・・・・・・・・」
「・・・・・・・俺、やっぱ身の程知らずってやつなんですか・・・・・・?」
青年の言葉に、彼は眉を跳ね上げる。
「いろんな人に言われました。下位のクセに、スラム出の親無しのクセにって。
その度にぐっさんは気にするなって言ってくれましたけど、でも世間知らずの俺でも解ります。
本当は八位にもなれないんだって。八位以下の、位さえもらえない天使だっていっぱいいますよね。
俺はそれなんでしょう?それをぐっさんが無理して八位にしてくれたって」
「・・・・・・・・・そうだね。そう、言われてるね」
「俺はここから出て行くべきなんですか?戦いにも連れてってもらえない。書類整理もできない。
簡単な御遣いも、何も出来ない俺は、本当はぐっさんの傍にいない方がいいんですか?」
必死な顔でそう訊いた青年に、彼は一呼吸置いて、口を開いた。
「君はどうしたい?」
「・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・・?」
「周りの言葉なんて、気にする必要はないよ。それでも山口君が君を追い出さないのは、君を必要としてるからだ。
俺は、本当に必要ないヒトを何の躊躇いもなく切り捨てる事の出来るヒトだと、山口君の事を認識してる。
多分それは間違ってない。だから君が山口君の元にいるのは間違いではないよ。
なら、君はどうしたいのかで、全部決まるよね」
彼の言葉に、青年は泣きそうに、顔を歪めた。
「・・・・・・・・・・俺は・・・・・・・・・・・・・ぐっさんの居る処に居たいです・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それなら、身の程知らずじゃないじゃない。君も彼も、お互いに必要としてるんだから」
グスグスと鼻を鳴らし始めた青年の頭を彼はそっと撫でる。
「・・・・・・・・・・・・・・あぁ・・・・・・・・・・・・・・・そっか・・・・・・・・・・・・・・」
そして彼は納得した。
自分の立場が危うくなる事を解っていて、どうして『彼』が下位の者ばかり取り立てるのか。
──── 君も欲しかったんだね
自分を必要としてくれる誰かが
そして、自分より先に欲しかったものを手に入れていた『彼』を、羨ましく思った。
「もう手出しは出来ないから、山口君が無事帰ってくることを祈るしかないね」
「・・・・・・・・はい」
袖で涙を拭って凛々しい顔をした青年に、彼は笑いかける。
そして、その場を後にした。
その足先は、自然と森の方に向いていた。
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周囲が赤い光に包まれた瞬間、咄嗟にシールドを張る。
その壁がびりびり震えるほどの爆風を伴って、目に見える範囲が焼き尽くされた。
シールド越しに伝わる激しい爆音に聴力を奪われる中、微かに頭に響いていた弦楽器の旋律が狂い始めた。
巻き上げられた砂埃が治まるにつれて、それはただの耳障りな雑音になっていく。
砂嵐の向こうに薄っすらと影が見えた。
そして、シールドを解除して耳に届いたのは狂ったような笑い声。
漆黒の翼を三対、その背に生やした悪魔は、引き攣った笑顔を浮かべてそこに立っている。
「・・・・・・・・・・・何でこんな簡単なことに気付かなかったんやろ、僕・・・・・・・・・・・」
ふふふと笑いながら、虚ろな眼をして、彼に視線を投げかけた。
「僕が要らんもん、全部消してまえばええやんか・・・・・・・・。
・・・・・・・もうどうでもええわ、こんな世界・・・・・・・・・・・・・地界も天界も知るか・・・・・・・・・・・・・」
雑音が消えた。
瞬間、目の前に黒い影が現れる。
「お前も、消えてまえ」
同時に右腕に激しい痛みが走る。
「うおああああああああああ!!!」
瞬時に左手を払って距離をとった。
右手が炎に包まれているのを水を呼び出して消す。
「ふざけんなよ、てめぇ!!!消えてたまるか!!!俺の帰りを待ってる奴がいるんだ!!!!
消えるのはそっちだ!!!!」
そして2人同時に力を解放した。
渦巻く炎と、絶大な破壊力を持った大地の力が周囲を破壊しながら真っ向からぶつかり合う。
力がぶつかり合うたびに大地に亀裂が走り、激しい揺れが2つの世界を震わせた。
陰の力と陽の力が衝突する影響で空間が歪み始める。
生まれるエネルギーで気候も歪曲し、天界も地界も、雨が降るはずのない土地を暗雲が覆い隠し、
雪が降り続く地域では雨さえも降ることを止めた。
誰も彼も、それを止める事は出来なかった。
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不意に刺すように張りつめた空気に、彼は目を開いた。
のそりと起き上がって部屋の中を見渡すが、何も変わった様子はない。
「・・・・・・・・・・・・?・・・・・・・・・・・・・」
首を傾げながら、居住まいを正す。
自分の部屋の中といえども、もし上司が入ってくることがあって、寝起き姿を見られてはさすがに不味い。
くすんだ金の髪に手櫛を入れ、寝癖を直す。
誰かが戦ってるのかもしれない、と思いながら、窓を開けた。
眼下に広がるのは鬱蒼とした緑の海。
考えてみれば、神聖とされている森の中で戦いを繰り広げるような馬鹿はいないか。
そう自身にツッコミを入れて、彼は窓を閉めた。
部屋から出る。
自分以外の存在の気配はない。
もしかして出陣の時間を寝過ごしただろうか。
そう思いながらも足を急がせることなく、彼は中央に向かって廊下を進む。
カツカツと靴の音が響いた。
中央に行くにつれて擦れ違う者が多くなる。
それでも目上の者が多い。
もしかしなくても寝過ごしたのかもしれない。
彼がそう結論付けて、適当に城内をウロウロしようと決めた時、傍にあった巨大な扉の向こうから声が聞こえた。
よく見れば、覗き見できる程度に微かに扉が開いている。
「・・・・・・・・・・・・・・」
その上部にかかっている部屋の名称を見て、彼は一瞬迷ったが、好奇心には勝てず覗き込んだ。
扉でできたスリットの向こうには、豪華な椅子と、それに跪く数人の背中。
『・・・・・・無礼を覚悟でお聞きしますが・・・・・それは本気で言っておられるのですか?』
その中の1人、椅子の正面に座った男が怒りを滲ませて椅子に座る者に問いかけた。
『もう一度言ってやろうか。構わない、放っておけ』
『・・・・・・・・・・・・っ何故!!?』
椅子の主の言葉に、男は立ち上がった。
『何故ですか!!?相手は天界最強の名を冠する天使です!
しかも、彼は力を暴走させている!!そう仰られたのは貴方ではないですか!!
彼が、貴方の息子だから援助に行かなくてよいなどというという理由はこの場には相応しくない!!!』
『貴様!!眞王と知っての無礼か!!!』
『無礼なのは解っている!!しかし我々の信条を持ち出すというのであれば、
助けに行かないことこそ皆の反感を買うのではないかと言っているんだ!!!』
男は声を荒らげて激昂している。
彼が知っている普段の男の様子からは想像のできないその姿に、事態はそう楽観できるものではないと彼は判断した。
そして、その中心人物が男の友人であり、彼自身が慕っている存在であると彼は話の内容から理解した。
「おい」
突然背後からかかった声に、彼は声を押し殺しはしたが、飛び上がった。
「何してんだ」
「・・・・・・・・・たっ・・・・・・・・・・・・太一君・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「覗き見とは趣味が悪いな、お前も」
ニヤリと口角を上げた声の主に、彼は息をつきながら頭を掻く。
「・・・・・・・・・・・つい・・・・・・・・・・・・」
「行くぞ。バレたら何言われるか」
そう言ってその場を後にした青年の後を、彼は早足に追いかけた。
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真横を走り抜けていく炎の渦が翼を貫く。
羽根が焼け落ちる痛みに構わず、相手の腕を掴んで動きを止め、頭上から光の雨を降らせた。
「!!」
音のない悲鳴と共に周囲の地面が攻撃の余波で抉れた。
そのまま相手と距離を取り、彼は息をつく。
地に膝を着いた悪魔は俯いたまま動かない。
「?」
感覚のない左腕を抱え、それでも警戒は解かないまま、様子を伺う。
心の旋律も聞こえない。
死んだか?
そう思い、しかし瞬時に考えを否定する。
3対の黒翼の内、2枚はすでに機能を果たせない状態。顔の右半分は流れ出た血でどうなっているか判らない。
けれどほぼ五体満足でそこにいる。
「・・・・・・ありえねぇ・・・・・・」
思わず呟きが漏れた。
目の前の『化け物』の状態が信じられない。
けれど気分は妙に高揚していた。
左腕はすでに感覚がなく、翼も半分が折れてしまっているのに、楽しくて仕方なかった。
全力で戦っても、どんな手を使っても死なない。
逆に自分を追い詰めてくる存在がいる事が嬉しくて堪らない。
ゾクゾクする感覚に口元が弛んでくる。
こんなにも愉快な気分になったのは初めてだ。
不意に低い音が流れる。
言葉にならない声に反応するように空気がざわめき始めた。
瞬間。
「!!」
足下から彼を飲み込むように大きな火柱が上がった。
「っうぉあああ!!!?」
あまりの火力に、全身に引き裂かれるような痛みが走る。
赤く霞む視界の向こうで、弓月が嘲った。
それを目にして、彼の中で何かがざわついた。
彼は勢いよく左足で火柱の外縁を踏みつける。
痛みを感じる間もなく一瞬で足が炭になった。それに構わず力を放出して無理矢理炎を押さえ込み、相手に逆流させた。
元々の力に彼の力も加わった炎は、地面を沸騰させるほどの熱を持って悪魔に向かっていく。
一瞬動きを止めるその姿を見て、彼は地に手を着いた。
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少し湿り気のある空気が肺を満たす。
木々が秩序無く枝を伸ばして、空は隙間から微かに見えるだけ。
いつもの場所に着いて、誰もいないことに少し落胆しながら、
たまには待つのも悪くないかと待ち人が常に腰を下ろしている場所へ腰を降ろした。
森の中にはいろいろなものが存在している。
それは精霊と呼ばれるようなものから、いわゆる魔物と呼ばれるものまでさまざまで、それらも今は息を潜めているらしい。
空間が歪むほどの力をぶつけ合っての戦いは、すでに4曜も続いている。
自分の存在の危険を感じて、誰も出てこないのだ。
改めて、嫌だと思う。
今までは、それこそ彼と出会うまでは疑問も感じたことも無かったけれど、敵だと思っていた存在が、
実は自分達と何ら変わることない存在だと気付いてからは、戦いに関する嫌悪感が心の底で激しく疼いている。
それでも上の命令には逆らうことができない。
ぼんやりとする意識の中で、馬鹿みたいに一つのことだけを考え続けて、敵を殲滅し続ける。
いっその事堕天してしまえばこんなことを考えなくても済むかもしれない。
そんな事を考えるようになったのも最近のことだった。
ガサリ
草が踏みつけられた音がして、長野はハッとして頭を上げた。
「・・・・・・・・坂本君」
「来てたのか」
ホッとした表情で現れた人物の名を呼ぶと、その人は酷く疲れた様子の顔に笑みを浮かべた。
「なかなか終わらないね」
「・・・・・・・・そうだな・・・・・・・・・」
はぁと盛大にため息をついて額に手をやる。
こういう時にどう言葉をかけて良いのか判らずに、長野はぼんやりと彼を眺める。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なぁ」
「え?」
突然坂本が顔を上げ、長野を見た。
「お前、エレメンツだとか言ってなかったか?」
「え・・・・・・・・う、うん・・・・・・・・・・」
「エレメンツってあれだろ?七大天使に含まれるだろ?」
「うん、一応・・・・・・」
「お前、そこでの権限はどれだけあるんだ」
「・・・・・は・・・・・・?け、権限・・・・・?」
訳が解らない事を訊いてくるその様子に、長野は警戒心を強め、少しだけ距離を取った。
「お前の発言どれだけ採用される!?」
「・・・・・・・・・・・・お、俺は特殊だから・・・・・・ほとんど・・・・・・」
「採用されるのか!!?」
距離を取ったにもかかわらず、それを詰めてくる坂本に、長野は顔を引き攣らせる。
言葉を出せず、首だけを横に振ると、坂本はガッカリした表情を浮かべた。
「・・・・・・・・・・されないのか・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ゴメン・・・・・・・・・・・」
肩を落とすその姿に、長野は思わず謝る。
「・・・・・・・・・・いや、俺も突然悪かった・・・・・・・・・・」
小さくため息をつき、再び腰を降ろした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・戦争を終わらせたいんだ」
そして、ポツリ、そう呟く。
「え・・・・・・・・・」
「今の眞王を引き摺り下ろしたい。そして戦争終わらせたい。もう戦うのはうんざりだ。
健だって天界に行ってしたいことがあるつってるし、何とかしてやりたい」
「・・・・・・・・・・・無理、だよ・・・・・・・・・・・・・・・」
「何でだよ!」
小さく否定した長野に、坂本が噛み付くように声を上げた。
「俺とお前がこうやって一緒にいれるのに、何で他の奴は出来ないんだよ!
出来ないんじゃなくてする気がないだけだろ!もう我慢出来ない!俺のものが無くなってくのは許せねぇ!!」
そう叫んで、坂本は長野の肩を両手で掴んだ。
「七大天使の中で発言力があって理解力のある奴に会わせろ!」
坂本のその迫力に圧倒されて、長野は思わず首を縦に振った。
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山口は沸き上がる土煙と水蒸気を風を呼んで吹き飛ばす。
そしてその向こうで唖然としている彼に近寄って、胸倉を掴んだ。
「どういうことだてめぇ!!」
怒りに顔を歪めて怒鳴りつける。
「ふざけんじゃねぇぞ!!今わざと避けなかっただろ!!!気ぃ狂った振りしても俺には判るんだよ!!!!」
山口の怒声に、彼の視線が一瞬揺らいだ。
「こんなふざけた勝ち方しても嬉しくねぇ!!
今の戦いが楽しくて仕方ないってのに、こんなふうに終わらされてたまるか!!!!」
山口が彼の力を逆流させた瞬間、雑音だらけの音の中に、微かに歓喜が混じったのが聞こえた。
言葉ではなかったけれど、それは明らかに、このまま消滅することを望んだもの。
だから山口は、自分の力をぶつけて相殺させたのだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・楽しい?」
「あぁ、そうさ!!」
怒声とともに彼を突き放す。
いきなりのことに、彼は踏鞴を踏んでそのまましりもちをついた。
「無差別な殺し合いは嫌いだ!でもタイマン張った勝負は楽しいんだよ!悪いか!!」
山口の叫んだ内容に、彼は呆然と見つめ返すしかなかった。
そして、何でこんな風に怒鳴られなきゃならないんだろうと眉を寄せた。
あのまま何もしなければ自分は消えていたはずなのに、目の前の敵はそれをわざわざ助けて、
あまつさえ戦う態度を叱斥するなんて意味が解らない。
さらに言い募る山口に、彼はついにカチンときた。
「・・・・・・・・・・帰る」
おもむろに立ち上がり、そう呟いて山口に背を向けた。
「は!?ちょっと待てよ!!勝負はついてねぇだろ!!」
その行動に、山口は思わずその手を掴んで引き留める。
「もうどうでもいいわ、そんなもん」
「どうでもよくねぇよ」
「じゃあ1つ言うけどな、何で君に戦う態度を責められなあかんねん。これは戦争やで?勝負ちゃうねん。
相手を潰せばそれでえぇんやろ。君んとこの部隊、それこそ君除いて全滅やないかい。これ以上やっても意味ないわ」
「ある!!」
「なら言うてみぃや!」
「俺が満足出来ねぇ!!」
「それはお前の都合やろ!!僕は嫌やねん!!これ以上ボロボロで帰ったら部下に絞められんねんで!!」
「それこそそっちの都合だろ!!」
いつの間にやら単なる口論と化してきた。
「・・・・・その俺なんて相手にしてねぇ態度がムカつくんだよ!!」
「・・・・・その身勝手さが腹立つわ!!」
ビリビリと空気が振動する程の険悪なムードが流れ始める。
「いてまうぞ、こらぁ!!」
「ぜってぇ潰す!!」
互いの罵声が響き合い、次の瞬間、閃光が炸裂した。
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