初めにいたのは、親を亡くした青年。

戦が続いて、彼だけ生き延びた。

小さな山の奥の集落に逃げ延びて、その集落の外れに、受け入れられた。






彼も似たような境遇だった。

戦で焼け出されて、行商人として食い繋いで、辿り着いたのは青年の暮らしていた集落。

青年に同調した彼は、そこを度々訪れるようになり、次第に身を据えるようになった。






2人で暮らすようになってしばらくして、青年は子どもを拾ってきた。

彼はその時は話すことが出来なかったが、次第に言葉を覚えていった。

そして成長してからも2人の元を離れることなく、生活は続いていった。






ある夜、別の青年が焼け出された少年を連れてきた。

少年は暗い眼をして、他人を拒否し、手当てをしようとした青年らに噛み付いた。

粘り強く関わりを持とうとした彼らに、少年は少しずつ心を開き、やがて3人に懐くようになった。






雨の日に、子どもは捨てられていた赤ん坊を見つけた。

乳離れもしていないその子を、4人は苦労しながら育てた。

その子は4人からの愛を一身に受け、素直で純粋な、優しい子供に成長した。






5人の生活は、苦しいことがなかったとはいえないが、幸せで、いつまでも続くように思われた。


















けれど、あっけなく、終わりは訪れた。


















ある時、旱魃が続き、作物が不作になる年が続いた。
地方では餓死する者が増え、彼らが住んでいた集落も、免れられなかった。


そして、さらに、疫病まで発生した。


治療法も見付からない。
どんな薬草も効かない。
そんな病に、多くの人間が命を落とした。






そこで集落の者達は考えた。


これは、山ノ神の怒りではないのか、と。






集落を治めていた神社の宮司が、言った。


『神は怒っておられる。贄を奉げなければ、怒りは治まるまい』


早急に彼らは白羽の矢を射った。
無作為に、贄を選ぶために。

しかし、その矢は、ある一定方向を向いて、射られた。














『話がある』

突然現れた集落の人々にそう言われて、初めの青年は黙って立ち上がった。


──────── どこに行くの?


そう訊かれて、彼はにっこりと微笑んだ。


──────── ちょっとそこまで 僕は大丈夫やから


──────── いつ帰ってくる?


──────── すぐ帰ってくるで、いい子して待っとってな


彼は少年3人を抱きしめて、家を出た。
そして、険しい顔でそれを眺めていた2番目の青年に言った。


──────── あの子らを頼んだ


2番目の青年は黙ってそれを見送った。
















その日の夕刻、急遽造られた簡易の社で、贄が奉げられた。


贄は切り刻まれてその血を抜かれ、社の前に埋められた。
















夜になって、2番目の青年はこっそりと家を抜け出して、社の前に足を向けた。
集落の人間は寝静まり、周囲に誰もいないことを確認すると、贄が埋められた箇所を掘り返し始めた。

少しして出てきたその姿に、彼は小さく嗚咽を漏らす。

長い間、共に暮らしてきた青年のその変わり果てた姿に彼は泣き崩れた。

しばらくして、彼は長かった青年の髪の一房を切り取り、穴を再び埋め直して、帰った。

4番目の少年がそれを覗き見ていたことに、彼は最後まで気付かなかった。


















それでも雨は降らなかった。


再び、集落の人々は彼らの家にやってきた。

次に選ばれたのは2番目の青年。


──────── 帰ってくる?


そう訊いた最後の少年に、彼は微笑み返した。

家を出る前、彼は3人に言った。


──────── 3日経って俺が帰ってこなかったら、今すぐにここを出て、遠くに逃げろ


そう言って、彼は出て行った。










彼もまた、山の神に奉げられて、命を落とした。


ただ、彼が初めの青年とは違った。

祝詞が唱えられている間、彼はおとなしくそれを待ってはいなかった。

両手を後ろ手に縛られているのにも構わず、言葉を奉げる宮司に襲いかかった。


──────── 絶対に許さない 今に見てろ 全員殺してやる


呪いの言葉を吐いて、儀式をめちゃくちゃに壊して。

そして、それを止めに入った集落の若集の手で殺された。


















やはり雨は降らなかった。


先の贄が儀式をぶち壊したからだ。


集落の人々はそう考え、もう1人奉げることにした。


家にはまだ3人の少年が残っていた。


彼らは2番目の青年の言った事を守らず、2人が帰ってくる事を信じて待っていた。


──────── 俺は行くよ


4番目の少年は、そう言った。


──────── 指名されたし、それに、この3人の中じゃ俺が真ん中でしょ?太一君が一番上なんだから、智也を守らなきゃ


そう笑った少年に、3番目の少年は何も言えなかった。


──────── 行っちゃうの?


──────── 俺が先に行くだけだよ また会えるから


泣いている5番目の少年に彼はそう言って笑った。


──────── 太一君 死んじゃダメだよ


そして彼は二度と帰っては来なかった。














4番目の少年が奉げられて、ようやく雨が降った。

久方ぶりの雨に人々は喜んで、神に感謝した。

何日も祭りを執り行い、盛大に恵みの雨を喜んだ。




しかし、疫病は治まらなかった。

雨が降ってもすぐに作物が育つわけではない。

相変わらずの餓えに、病に対する抵抗力があるわけもなく。

死者は増えていった。





























「太一君」
小さい影が呼んだ。
「みんな帰ってこないね」
戸口をじっと見つめながら、彼に言った。
着物の隙間から見える少年の腕は痩せていて、肋骨が浮いて見えるくらいだった。
少年が待っていると言うから今まで付き合ってきたけれど、もう限界だろう。
彼はそう思った。
「智也」
彼は少年を呼んだ。
「ここから出て行こう?」
彼がそう言うと、少年は首を傾げた。
「だって茂君はすぐ帰ってくるって言ってたよ?」
「うん。でも、多分道に迷っちゃったんだよ。だから探しに行くんだ」
彼は本当は知っていた。
帰ってこない3人はもう、この世に生きていないことを。

でも、それを少年に言うことは出来なかった。

「茂君は寄り道が好きだろ?達也君は茂君に甘いからきっとそれに付き合ってて、
 昌宏もそれについてってるんだよ。言ってただろ?先に行ってるって」
「うん」
彼の言葉に少年は素直に頷いた。
「行こう」
彼が少年の手を取ると、少年はぎゅっと握り返した。
「茂君たちを迎えに行かなきゃ」
思い出が詰まったこの家から出て行くことで、
だんだんと記憶が薄れていくだろうことを悲しく思いながら、彼は家の戸を開けた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

戸を開けた向こうには、集落の人々が家を取り囲むように大勢立っていた。
「出て行くんだろう?」
その中の1人が彼らに訊いた。
「出て行きます」
彼がそう答えると、男は言った。
「出て行ってもらって構わない。けれど、落とし前はつけていってもらわないとな」
彼らがその言葉の意味を理解する前に、人々は手にしていた農具を構え、彼らに襲い掛かった。

彼は咄嗟に少年に覆いかぶさって、少年を庇った。




──────── お前らがまだ生きてるから流行り病がなくならない


──────── 他の3人で日照りが治まったんだから、お前らが死ねば流行り病はなくなるだろう


──────── 村のために死んでくれ




遠くから聞こえるように感じる罵倒の言葉。
背中に当たる金属の衝撃。

皮膚が裂け、血が噴出すのが判る。

激しい痛みに意識を失いそうになりながらも、彼は必死に少年を守っていた。


硬い音がして、一瞬意識が飛んだ。

気がついた時、彼と少年は引き離されて、うつ伏せに地面に押し付けられていた。

「太一君!!太一君!!!!」

少年の叫ぶ声が聞こえた。

彼がそちらに目をやると、大人に押さえつけられている少年が見えた。

顔の横に立った男の影が視界を暗くする。

その手に握られていたものを確認して、彼は理解した。





──────── あぁ、ようやくあの人たちの処にいける





自分の命が奪われることよりも、そのことが嬉しくて堪らなかった。















智也


守ってやれなくてごめん


でも、俺は先にいくよ


先にいってお前を待ってるから


いや、お前は何も考えずに走っていくから、俺が迎えにいくよ


だから待ってろ


次に目を覚ました処で、待っててくれ


迎えにいくよ、絶対


茂君や達也君、昌宏も、みんなみんな連れて、お前を迎えにいくから






そして、今度こそ、5人で、幸せに暮らそう







みんなでご飯を食べて、みんなで笑って


時々ケンカして、達也君に怒られて、茂君に慰めてもらうんだ



もう帰ってこない誰かを待って、辛い思いする必要なんてない



そんな、ずっとみんなで暮らしていける、そんな世界に生まれよう


絶対に迎えにいく





だから


















待ってろよ
































「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」













彼の首に鉈が振り下ろされたのを見て、少年が叫んだ。

瞬間、それに呼応するように大地が咆哮を上げて大きく揺れ始めた。


その地震が、雨で緩んでいた山の土壌が刺激して、大きな土砂崩れを起こした。


土石流は山の斜面を走り抜け、人々に逃げる時間さえ与えず、全てを飲み込んで。








そして、そこで生きていた全ての人間が命を失った。











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