手の中を滑り落ちていく粒子は淡い光を放って、地面に着く前に空気に溶けて消えていく。


そこにいたはずの松岡の姿はもうなかった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・・・」
そのまま膝を着いて、両手で顔を覆う。
頬を雫が流れていくのが判った。


頭の中をものすごい勢いでいろんな記憶が駆け巡っていく。


ようやく、思い出した。





どうして忘れてたんだろう。





面と向かって約束したわけじゃないけれど、確かに『俺』は約束してた。


迎えにいくって


智也と




悪いのは全部俺じゃないか。




ごめん


ごめん




胸が痛い。
涙が止まらない。

忘れてしまっていたことに対して、『俺』が泣いてる。







・・・・・・・・・・・違う。


『忘れてしまった』んじゃなくて、『忘れた』んだ。


思い出したくなかった。


智也の事を思い出せば、みんながいなくなっていった時の事も思い出してしまうから。


怖かった。


置いていかれることが。







本当は知ってたんだ。

あの時、茂君や達也君や昌宏が何処に行ってしまったのか。

何で帰ってこないのかも、解ってた。

出て行く時に達也君は何も言わなかったし、茂君だって嘘をついて行ってしまった。

でも、俺は知ってたんだ。

昌宏が出ていこうとした時も、俺が止めるべきだった。

達也君の言いつけも守るべきだったんだ。




でも認めたくなかった。

それを守ってしまえば、もう、2人が帰ってこないという事を認めてしまう事になる。

守らなければ嘘で終わるような気がした。

『帰ってくるから待ってる』と智也が言っている間は、夢だと思えた。





結局、それが原因なんだ。





歪んでしまったのも、壊れてしまったのも、全部、全部、俺のせい。





「・・・・・・・・っ」
炎の爆ぜる音が、いつの間にか消えていた。

足に上手く力が入らなくて、よろめきながら立ち上がる。
無秩序に広がった木々の向こうに、小さく影が見えた。
「・・・・・・・・智也・・・・・・・・・・・」
俺はそれに向かって歩き出した。

今更、許してもらえないだろう。

忘れてたなんて。

そんな事言えない。






それに、



やっぱりこんな状態は、歪んでる。



俺が、智也の許に行って、終わるのかは判らないけれど、俺が全部終わらせなきゃ。





生い茂る木々を掻き分けて、智也の許に向かって走った。
邪魔する枝は焼き払って、道を作って。

すぐに、蹲る智也の姿が見えた。

記憶に残る姿とは違う、成長した姿。

きっと、あんな事がなければ、こんな姿で酒でも飲みながらふざけ合っていたのかもしれない。

道を遮る木を焼き払って手を伸ばし、呼んだ。












「智也っ」
























「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・太一、君・・・・・・・・・・・?」
























瞬間、背中に衝撃。

頭を上げた智也の顔を見て、自業自得か、と思った。























視線を下げた先。

胸元から真っ赤に染まった枝がいくつも顔を出していた。






















智也が呆けた表情をした。

何が起きているのか解っていない顔だった。





あぁ。

相も変わらずアホ面してやがる。

それもこれも茂君と達也君が、甘やかしすぎたからだ。

一番年下だからって、我侭聞いて、喜ぶからって、何でも好きなことやらせて。

いつまで経っても頭の中がガキのまんま。



・・・・・・・・何て顔してんだよ。

そんな泣きそうな顔。

せっかくの男前な面が台無しじゃないか。

・・・・・まぁ、泣かしてんのは俺か。

ごめんな、智也。

せっかく思い出したのに、また約束守れなかった。

今までずっと辛かったよな。

ごめん。

謝って許してもらえるなんて思ってないけど、




どうか、気付いてくれ









「・・・・・・とも、や・・・・・・・・・・」

体が動かない。

声も掠れて、届いてるかどうか。

でも伝えなきゃ。

手を、伸ばす。

「・・・・・・・智也・・・・・・・・・・」

指先に、何かが触れた。

「太一君!!」

呼ぶ声。

顔をくしゃくしゃにして泣いてる。

泣き虫なところも変わらない。

「太一君太一君太一君!!!」
「・・・・・・・・・・智也・・・・・・・・・・ごめ・・・・・・・・・・約束、忘れ・・・・・・・・・・・・・・・・」
「何で・・・・!!こんな・・・・・・・・・!!」
「・・・・・・・・・聞いて・・・・・・・・・智也・・・・・・・・・・」
「俺が・・・・・・・・・!!俺が太一君を!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・聞けよ、智也」
取り乱している言葉に、俺は最後の力を振り絞って呼びかけた。
「お前のせいじゃない。お前は悪くないよ。みんな、俺のせいだ」
手に触れる智也の手を、力いっぱい握り締める。
「・・・・・・・・・・・・・・誰もお前を置いていかないよ」

お前も怖かったんだろ?

「・・・・・・だから、一緒に行こう・・・・・・・今度こそ・・・・・・みんなの、ところへ・・・・・・・・・・・」

今度は置いていかない

先にいくなんてしないから






あぁ、どうして。

何も見えない。

智也の顔を見たつもりだったのに、目に何も入ってこない。

真っ黒だ。






待ってくれ

置いていけないんだ

今度置いていったら、また拗れてしまう






「・・・・・・・・・・・って・・・・・・・・・・・・・」

声が聞こえた。

「・・・・・・・・・・おれも連れてって・・・・・・・・・・・・置いてかないでよぉ・・・・・・・・・・・・・」

嗚咽と共に聞こえた言葉。







「独りにしないでぇ!!!」



















──────── 大丈夫だ




──────── 俺が連れてくから




──────── あの人とアイツを呼んどけよ



















頭に直接届いた声に、心の荷が下りた気がした。












ごめん



俺は待ってられないみたいだから、やっぱり先にいくよ



絶対に2人を見つけてつれてくるから


















今度こそ、此処じゃない自由な世界で、5人で、幸せに ──────────










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