あの人がいなくなって、兄ぃもいなくなって、その次は俺だった。
近くの村の奴と、宮司みたいな奴がやってきて、次はお前だと俺を指した。
智也が泣いていた。
太一君は表情を凍らせていた。
きっと、茂君も兄ぃも同じ理由で殺されたんだ。
両手両足を縛られて、祝詞だか知らないけど、よく判らない言葉を連ねる奴らを眺めながら、
頭の片隅でそんなことを思った。
パチパチと音を立てる篝火。
それに照らされて、無表情な面が闇夜に浮かび上がる。
手にしている鋭利な何かが見えた。
──────── あぁ
──────── 茂君も、兄ぃも、こんなふうに
恐ろしいものを見るような目、目、目。
そんな恐ろしいなら見なけりゃいいのに。
振り上げられる男の腕。
悲鳴のような声に変わっていく祈りの言葉。
そんな事したって無駄なんだ
そんな事したって、なくならないのに
目を閉じた瞬間、何も感じなくなった。
残ったのは太一君と長瀬の2人だけ。
だから、あの2人の間で何があったのかは知らない。
でも、ずっと仲が良かったはずなのに、どうして太一君は長瀬を否定するんだろう。
パチパチと火の爆ぜる音。
遠くの方から突然爆音が聞こえてきた。
瞬間、少し前にあった襖が一瞬で灰になって、炎が噴出してきた。
あそこに2人がいる
そう思って足を速める。
骨組みだけになった壁の向こうを覗き込むと、そこは広い空間になっていた。
奥の方には火がついても広がることをやめない木々。
そして、蹲って小さくなっている長瀬の姿。
手前には、太一君がいた。
「太一君!!」
名前を呼ぶ。
振り返った太一君は、追い詰められたような顔をしていた。
「太一君、もう止めようよ。こんなことしても何にもならないよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・茂、君・・・・・・・・・・・は・・・・・・・・・・・?」
俺の言葉に、太一君はそう訊いた。
「・・・・・・・・・・・先にいって待ってるって」
「・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・・・・・!!!!」
一瞬、泣きそうな顔。
そして、炎が爆ぜた。
「──────────!!!!」
木々がその広がる勢いを超えて燃やし尽くされる。
長瀬の声にならない絶叫に、胸に引き裂かれるような痛みが走る。
イタイ
イタイ
「・・・・・・・・・・・・っ太一君も、長瀬もいい加減にしろよ!!!・・・・・・・もぉ止めろぉ!!!!!!」
悲しい
でもこの涙は俺のじゃない
長瀬が泣いてる
俺の呼びかけに長瀬がこちらを向いた。
「みんな、みんな、大っ嫌いだ」
目が合って、吐き出されたのは否定の言葉。
ダメだ。
そんな事言われたら、俺の性情が従ってしまう。
「・・・・・・・・・・・・けほっ・・・・・・・・・・・・」
咽喉が渇いた音を立てた。
込み上げてくる熱いものを堪えきれず、口の端から溢れ出る。
「・・・・・・・・・・・松・・・・・・・・・・・・岡・・・・・・・・・・・・?」
膝をついた俺に、太一君が動きを止めた。
水の力を与えられた俺の性情は従属。
俺に対して向けられた言葉に従わないことは許されない。
長瀬が俺に向けたのは存在の否定。
だから、『俺』はもう、終わり。
「松岡・・・・・・・っ!!松岡!!?どうしたんだよ!!!何でいきなり血ぃ吐いて・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・長瀬、か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
声がオクターブ低くなる。
太一君の目の色が変わった。
俺は、身を翻して長瀬に向かっていこうとする太一君の腕を掴む。
「・・・・・・・・・・・待って・・・・・・・・・・・・・・・」
身体が内側から崩壊していくのが判る。
長瀬の否定の言葉に、身体が従ってるんだ。
けど、まだ、俺はやるべき事をしてない。
お願いだから、もう少し、待って
「・・・・・・・・・・・・・・俺さ・・・・・・・水、だから・・・・・・・従属だから・・・・・・・・・・・みんなの言葉には逆らえない・・・・・・・・」
「もうしゃべんな!!」
太一君が泣きそうな顔で声を上げる。
「・・・・・・・・・・でも、一つだけ、逆らえるものがあるんだよ」
俺は、掴んでいた太一君の手を、さらに強く握った。
「・・・・・・お願いだから、思い出して・・・・・・・・何があったのか、太一君にしか判らないから・・・・・・・・」
唯一逆らうことを許されたもの。
それは記憶。
「・・・・・・・・・・・・・・・・俺も、先にいって、あの人の面倒見ながら待ってるから・・・・・・・・・・・・・・」
どうか
どうか
思い出して
アナタがあの子と交わした約束を
きっと、忘れてしまうくらい些細なことだったんだろうけど
でも、智也はずっと、それを待ってるから
最後の力を込める。
瞬間、視界が真っ白い光に包まれた。
それは遠い遠い昔の事。
全ての、始まり。
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