今の俺が実際に体験した記憶で、一番古いのは、此処に来た時の事だ。
確か此処の外にいた。
同じくらいの年齢の子と遊んでいた時だ。
鬼ごっこをしていたような気がする。
俺は逃げていて、近くにあった神社の裏に隠れていた。
後ろで足音がした。
でも、そこに現れたのは、鬼役ではなかった。
背の高い、着物を着た男。
知らないはずなのに、懐かしいと思った。
ようやく来たのか。
そう思った反面、酷く逃げ出したくなった。
嬉しいのに、憎らしくて、どっちが理由なのか解らない涙が出た。
『太一君』
そう呼ばれた瞬間、俺は妙にその名前がしっくりくるように思えた。
それは俺の名前じゃなかったのに、俺の名前よりも、『俺』の名前に思えた。
それが俺の名前だったんだと、そう思った。
『迎えに来たよ』
そいつはそう言って手を差し出してきた。
あぁ。またか。
そう思いながらも、俺はそいつの名前を呼んだ。
知らないはずなのに、何故かすっと出てきた。
「長瀬」
俺が呼ぶと、嬉しそうに目を細めた。
『行こう?』
俺は、迷わずその手を取った。
その後は、判らない。
通り過ぎるごとに、壁に火がついた。
パチパチと火の爆ぜる音が後ろから耳に届く。
耳障りだと思った。
頭に浮かぶのはさっきの光景。
赤と白。
許せない。
もう我慢出来ない。
そう思って走る自分を、酷く冷静に見つめている自分もいた。
どれだけの時間、この道を拒否し続けてきたのだろう。
今の自分が此処に来た頃は、何度も通った気がする。
突き当たりに襖が現れた。
長い間来ることはなかったけど、でも忘れない。
点々と床に着いている血の跡は消えつつあるけれど、まだ場所を示してくれていた。
その先にあるその襖を勢いよく開ける。
「長瀬ぇ!!」
部屋の中、真ん中辺りにぼんやりと長瀬が座っていた。
まだらに赤く染まった着物を着て。
「・・・・・・・・・・・・っ太一君!!」
俺の姿を見て、長瀬が腰を浮かせた。
「太一君・・・・・・・・・太一君・・・・・・・・・・やっと来てくれた・・・・・・・・・・・・・!!」
嬉しそうに笑って、俺の方に両手を伸ばして。
その姿を見て、頭に血が上るのが判った。
「ふざけんなお前!!!!」
衝動的に走り寄って、その胸倉を掴んだ。
「何て事すんだよ!!何で茂君にあんな事してんだよ!!」
「?・・・・・・何で怒るの・・・・・・だってあれは茂君じゃなかったもん」
「茂君じゃないわけあるかっ!!」
「・・・・・だってあんな事言わなかったもん。此処から出ていけだなんて、前の茂君なら言わなかった!」
「そんなのわかんねぇだろ!!昔と今じゃ違う!!
時間の流れと共にみんな変わってくんだよ!!不変なんて有り得ない!!!!」
そう言った瞬間、長瀬の表情が歪んだ。
「何でそんな事言うの!?何で!?ずっと一緒って約束したのに!!!!」
泣きそうな顔。
縋りつくように長瀬は声を上げる。
痛い。
胸が張り裂けそうだ。
泣きたいくらい、苦しい。
でもこれは俺の気持ちじゃない。
そんな約束なんて、『俺』は知らない。
「んなの知るかっ!!俺はそんな約束してない!!」
俺の言葉に長瀬の顔が歪んだ。
「・・・・・・・・ヒドイ・・・・・・・ヒドい!!やっぱりみんなおれを置いてくんだ!!
嘘ついて、おれを騙して・・・・・・・・・・・おれが要らないから置いてくんだ!!!!帰ってくるって約束したのに!!!!」
「何だよそれ!!ヒトを延々とこんな処に縛り付けておいて、挙げ句の果てにそんな事・・・・・・・・・。
お前がみんな悪いんだろ!!!!」
まるでガキの喧嘩だ。
そう解っていても口は止まらない。
「そうだよ!!お前がいなきゃ俺もこんな処で何度も何度も繰り返す事なんてなかったんだ!!!!」
「・・・・・・・・・・・っ・・・・・・太一君なんて大っ嫌いだぁ!!!!」
瞬間、周囲から、俺に向かって木の枝が伸びてくる。
慌てて長瀬から手を離し後ろに下がるが、枝は追い縋ってきた。
それを手の一振りで焼き払う。
「・・・・・・要らない・・・・・・要らない・・・・・・・・そんな事言う太一君なんて要らない!!」
「俺だってお前なんて要らねぇよ!!!!」
火がついても木は動きを止めない。
長瀬の意志に従って、何本もの鋭い枝が俺を貫こうと襲ってくる。
炭にしても灰にしてもきりがない。
不意に走り抜けた感覚に気を取られた瞬間、枝の一つが右肩に突き刺さった。
「うぁあ!!」
思わず声を上げる。
痛い
イタイ
でも痛いのは俺じゃない
痛いのは、俺じゃないんだ
・・・・・・・・・・・・・・あぁ
茂君が、逝ってしまった
痛い
痛いよ、茂君
こんな苦しい思いして逝ってしまったの?
アナタを、解放したかったのに
出来なかったね
絆とか
約束とか
もう、どうでもいいや
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