どうしてだれもかえってこないんだろう
ずっと、ずっとまってるのに
すぐにかえってくるよっていってたのに
どこにいったの?
どこにいるの?
さみしいよ
こわいよ
おねがいだから、
どこにもいかないで
窓も無い。
光が差してこないのに、薄っすらと明るい廊下。
それでも、その奥は、重く先の見えない闇が広がっている。
彼は今すぐそれに背を向けて逃げ出したい衝動に駆られた。
この先には、自分を縛り付けるものが居る。
行きたくない
胸を締め付けられるような感覚に、彼は眉を寄せた。
最奥の襖の前で、足を止める。
これで、もう、全てを終わりにしよう
彼はそう思い、襖を開けた。
「長瀬」
彼が名前を呼ぶと、部屋の隅でうずくまっていた青年が頭を上げた。
「・・・・・・・茂君」
「ひさしぶり」
泣きそうな顔をしていた青年に向かって、彼は穏やかに微笑んだ。
「・・・・どうしたの・・・・?滅多にここには来ないのに・・・・・」
嬉しそうに表情を緩めた青年は、近付いてくる彼に手を伸ばしながらそう訊いた。
「おん。長瀬の顔が見たくなってん」
青年を抱き締めながら、彼は答える。
「元気しとった?」
「・・・・・・あんまり元気じゃないよ・・・・・」
「何で?何かあったん?」
「・・・・・太一君が会いにきてくれないんだ・・・・・・・」
首に回された腕に力が入る。
彼は青年を抱き寄せて、それでいて、その顔から微笑みを消した。
「・・・・・それは寂しいなぁ」
「・・・・・・うん・・・・・・・・・寂しいよぉ・・・・・・・・」
鼻をすする音が聞こえた。
「・・・・・太一君、何で会いにきてくれないんですか・・・・・?」
「・・・・・・・・・」
青年の問いに、彼は一瞬止まる。
「・・・・・・・茂君・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・太一はな、全部終わらせたいんやて」
彼は、その言葉を口にした。
「・・・・・・?・・・・・・」
「ここから出て行きたい言うとったで。・・・・・・・・・それは、僕も同意見やけど」
「・・・・・・・・え・・・・・・・・・・?」
彼の言葉に青年は動きを止めた。
「聴いて、長瀬」
彼は青年の肩を持って、その目を見据えて、言った。
「ここから出て行こう?もうここにいるのはみんな限界や。
長瀬だって、ずっと床に臥せってるやんか。ここの空気はよくないねん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ここから出たら長瀬もきっと元気になれる。太一も会いにきてくれる。
山口も松岡も、みんなで笑ってくれると思うねん。だから、・・・・・・・・長瀬?」
黙ってしまった青年に、彼は言葉を止めて呼びかけた。
「長瀬、どない・・・・・・」
「・・・・・で・・・・・・?」
「え?」
「何でそんなこと言うの?」
頭を上げた青年の目には光が無かった。
「何で?何で!?ここにいればずっと一緒にいれるのに!!ずっと一緒にいるって約束したじゃん!!
なのに何でそんなこと言うの!?俺が嫌いになったの!?俺を置いていくの!?」
「・・・・・違、長瀬!聴いてや!そういうことやないねん!!お前を置いていきたいんやないねん!!」
「嘘だ!!嘘だ!!!みんなみんな置いてくんだ!!おれを置いてくんだ!!
みんな一緒って言ったのに!!おれずっと待ってたのに!!!うそつき!!!」
取り乱し始めた青年に、彼は必死に呼びかけるが青年には届かない。
「長瀬!僕は置いていかない!!一緒に、みんなで外に行こうって・・・・」
「・・・・・・みんな置いてくんだ・・・・・・・・俺が要らないんだ・・・・・・・・要らない・・・・・・要らない・・・・・・・・」
青年は俯いて、小さく呟く。
「・・・・・・長瀬・・・・・・・・・」
彼が心配そうに覗き込んだ瞬間、青年ははっきりとした言葉で言った。
「そんなこと言う茂君なんて、要らない」
その意味を理解する前に、彼の耳に耳障りな鈍い音が届いた。
椅子に座り、テーブルに肘をついて舟を漕いでいた彼は、不意に身体を襲った衝撃に思わず立ち上がった。
反動で椅子が倒れる。
何も無い空間にその音が響き渡った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・シゲ・・・・・・・・・・・・・・・?」
心に広がる空虚感。
そして焦燥感。
空間が歪み始めているのを感じた。
「・・・・・・・・・何やったんだ・・・・・・・・・・・・」
彼は焦った表情を浮かべて、呟いた。
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