「怖いんです」
ぽつりと、彼はそう言った。
「変わらないでいることは不自然だって、解ってるんですよ」
彼は苦笑して、目の前の青年に言う。
本当は、間違ってるって解ってた。
おれの我侭がみんなを苦しめてるだけだってことも解ってた。
太一君が、歪んでるって言っていた意味も、本当は全部解ってたんだ。
「でも、怖いんです」
怖かった
誰もいない、真っ暗な世界で、たった独り
本当に迎えに来てくれるのか
置いていかれるんじゃないか
おれの事、忘れてしまうんじゃないか
「よくないって解ってるけど、駄目なんです。・・・・・・・・・・でも、怖くて堪らない」
そう思ったら、いてもたってもいられなくなかった
それで、待ってるって言ったのに、迎えにいった
だから約束を破ったのは俺が最初
「みんなおれを覚えていてくれてました。いえ、思い出してくれた」
でも、違った
姿形は同じ。
魂も同じなのに。
どこか違う。
それは苦痛だった。
「嫌なんです。解っていても、受け入れられない・・・・・・・・・・・。怖くて仕方ないんです・・・・・・」
変わってしまったみんなは、きっと約束を破った俺を許してはくれない。
おれを置いていってしまう。
そんなの嫌だ。
「お願いがあるんです」
彼は、泣きそうな顔で青年に言った。
「きっと、おれは耐えられない。みんなが変わっていくことに・・・・・・・・・・・・。
いつか、近い内に、俺は耐え切れなくなると思うんです・・・・・・・自分の事だから、判ります・・・・・・」
どうしても、不変であり続けることなんて、不可能だから
それが解っていても、それを認めたくないんだ
「耐え切れなくなったら、俺は狂う。多分、壊れると思うんです。
だから、お願いです」
彼は伏せていた顔を上げる。
「もし、俺が、狂ってしまったら、何をしてでも止めてください」
その言葉に、青年は微かに顔を顰めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは、『変化』やけど、ええのんか?」
「・・・・・・・・・いいです・・・・・・・・・変化することよりも、みんなが傷つく方が嫌です・・・・・・・・今は・・・・・・」
青年の言葉に、彼は小さく頷く。
「解った」
その答えを聞いて、彼は哀しそうに笑った。
やっぱり、俺は狂っちゃったね
茂君にそうお願いした時点で、本当はもう壊れてたのかもしれない
縛り付けることが出来ないはずの風を、『約束』で縛り付けて
絶対に逆らえない水を、何処へも行かないように閉じ込めて
そうして、俺を拒絶した火も縛り付けてきた
唯一傍にいてくれた大地も蔑ろにして
どれだけみんなを傷つけてきたんだろう
ごめんね
きっと、謝っても、許してはもらえないけど
ごめんなさい
もう、俺は大丈夫だから
『おれ』も、もう、大丈夫だから
解放するよ
俺なんか、放っておいて、自由に生きて
今まで縛り付けてきた分を、取り戻して
おれはもう、十分だから
打ち捨てられて、死ぬだけだったおれを、拾ってくれて、育ててくれて
一緒に過ごすことが出来て
それは途中で終わってしまったけど、でも、おれは幸せだった
だから、もう、いいよ
今まで、ごめんね
そして、ありがとう
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