初めにいたのは茂君と山口君だった。

茂君が俺を拾って、山口君が松岡を連れてきた。

そして俺が長瀬を拾った。

それからずっと5人で暮らした。




でも、あっけなく、終わりは訪れた。










何があったかなんて判らない。
いつも聞くのは、ずっとずっと、遠い昔の話。
そんな頃の記憶なんて覚えてるはずがない。
お前はその生まれ変わりだといわれても、俺は俺でしかないのに。



それなのに、前世にしがみついて不変を望むなんて、歪んでる。















目の前には古書の山。
旧時代の遺物が埃を被って、今もなお残り続けてる。
気の遠くなるくらいの時間探し続けても、目的のモノは見付からない。
5人もいたんだから、日記でも何でも、少しは残っててもいいはずなのに。

俺は何度目かのため息をついた。

「太一」
声がして、振り返る。
同時に部屋の明かりがついた。
「こんなところで何しとん」
「・・・アンタに関係あること?」
振り返った視線の先には、今一番会いたくなかった人。
「別に。太一が何処行こうと、僕には関係あらへんね」
「なら放っといてよ。ていうか、近づかないでって言わなかった?俺」
「・・・せやったな」
俺の言葉に声のトーンが少し下がった。
「長瀬が探しとったで」
「・・・・・・あぁ。そう」
「行かへんの?」
「行かない」
「・・・・・・・誰よりも望まれてるのに?」
その言葉に、俺は返答できなかった。
「“智也”は、“太一”を待っとんで?」
「・・・・俺はあいつの願いは認めない」
「想いは理解できても?」
「こんな一方的な意思疎通なんて理解じゃない!!」
焚き付けるような言葉に思わず声を上げてしまう。
「そもそもこんな不変は歪んでる!!何で!?何で生まれ変わっても変わらない!?何でずっと此処にいるんだよ!!」
「僕らの繋がりに違和感を感じるん?」
「・・・・・・違和感・・・・・?」
「そう。違和感を感じるなら、それは絆ではなく呪いやんなぁ」
彼は穏やかな口調でそう言いきった。
「“智也”が望むのは変わらない絆。不変。だから長瀬は変わらない」
傍の机の上にあった小さな本を手にとりながら、言葉は続く。
「『母』の祝福は長瀬を魂のレベルで此処に結び付けとる。だから何度生まれても此処に生まれる。
 そして時は止まり、身体が限界を迎えるまで変わらないまま。
 寿命を迎えれば身体は消滅し、同時に新たな生を得て、また此処に生まれる。
 だから長瀬はずっと此処におるんよ」
手に取った本をパラパラ、適当にめくる。多分、読んではいない。
「まぁ、それは僕らも同じやね。此処の外で生まれるだけで」
パタン、と、音を立てて、本は閉じられた。
「僕ら5人は『母』の一部をもらったんよ。5つの力を、その特性と共に。
 その力を通して僕らは『母』ともリンクしとるし、僕ら同士もつながっとる。
 せやから、長瀬の意思は僕らに伝わる。これが太一の言う一方的な意思疎通や」
彼は、傍の机に寄り掛かる。
長い時間そこに在るはずの机は、ギシリと、音を立てた。
「確かに、こんな恣意的な繋がりなんぞ、不自然やねぇ。
 僕ら、いや、『吹き抜ける風』の僕には、重荷や。だから、僕は呪いっちゅーとるけど」



それに縛られる本人が必要ないというのなら、それは単なる柵でしかない。



そんなこと、ずっと昔から解ってる。



だからこそ




「・・・・・・・・・・・・・何でそんなに詳し」
「太一は」
俺の疑問を遮って、それは言葉にされた。








「呪いを解きたいん?」








「・・・・・・悪い?」
「・・・悪かないで」
そう言って、仕方ないな、と言うように小さく笑った。
「そっかぁ。太一も解きたかったんやねぇ」
「だから何だよ!!」
「僕もやねん」
その顔はとても穏やかで。
「・・・・・・え・・・・・・・」
一瞬何を言ったのか解らなかった。
「でも太一のする事には手を出さへんから、安心したって」
茂君はにこにこと笑っていた。
「それとなぁ、1つ訊きたいねんけど」
彼はそこにあった本をもう一度手に取った。
「太一は絆も要らへんの?」
「・・・・・・・・どういうこと」
「多分やけど、僕らは呪い以外のものでもつながっとるんよ。
 やから、もし呪いが消えても、生まれ変わったらまた出会うやろうな。
 それも嫌か?」
「・・・・・・・・・・・・」
言葉が出なかった。



そんなこと、ないよ。



嫌なんかじゃない。




その絆をなくしたくないから呪いを解きたいんだよ。




でも、そんな事、言わない。






「・・・・・・・・・・アンタに言う必要はないよ」
突っ慳貪に返すと、彼は小さな笑いを漏らした。
「そうやね」
そう言って、俺に背を向けた。
「邪魔したな」
そのまま部屋から出て行く。
俺は動けないままその背中を見送った。















本当は、縋り付きたい。




どれだけ探しても、方法なんて見付からないんだ。




縋り付けばあの人はきっと受け入れてくれるだろう。




だって、あの人は優しいから。




だから長瀬のことも俺らのことも見捨てられないんだ。




放浪の宿命を背負う『吹き抜ける風』だから、誰よりも此処から出て行きたいはずなのに。


















彼を解放したい。


















俺らのためにずっと此処にいたあの人を解放したい。




それしかあの人の優しさに報いる方法はないから。





その結果に、この絆を失っても、構わないから。










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