受話器越しに笑い声が聞こえる。
電話の相手も、どうやら気分が良いらしい。
『じゃあ、いつもの通りでよろしくね』
「こちらこそ、よろしく頼むわぁ」
そして通話を切る。
彼は受話器を下ろし、鼻唄を歌いながら部屋を出て行った。
Take and Retake
真っ黒な空には雲一つなく、白く輝く月もなく、キラキラと無数の星が瞬いている。
吐き出す息で空気を白く濁らせながら、太一は呟いた。
「ありえない」
「何が」
「寒いし、眠いし、お腹空いたし、大晦日だし、蕎麦食べてないし、もうちょっとで年明けるし、あと・・・・・・・」
「もういいよ」
少しうんざりしながら山口は遮るが、本人はまだ満足いかないようだ。
「ていうかマジ寒すぎ!何で外で仕事しながら年越ししないといけないわけ!帰ろうかな!マジで帰っちゃおうかな!」
声を上げながら立ち上がった太一を、山口は見上げながら口を開く。
「報酬ゼロになるぞ?」
シゲのことだから。そう続けると、太一は真顔になって座り込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・冗談だよ」
「良い心掛けだ」
山口は片手を息で暖めながら太一にカイロを差し出した。
「シゲが持ってけって言ったのはこういうことか」
「山口君要らないもんね」
ガサガサと袋を開け中身を振っていると、どこからともなく声がした。
【 こちらダレト。目標動き出しました 】
その声に、太一は山口を見る。山口の持っていたトランシーバーは、しかし黙り込んだままだ。
「こちらカフ。トランシーバーどうした?」
【 ファウが持ってる 】
太一の問いかけに、声の主が直接二人の頭に話しかけた。
「ファウは?」
【 目標追いかけてった。ワゴンくらい俺でも追いかけられるって!勘弁してほしいよもう! 】
思念の送り主は怒っているようだ。
笑いを噛み殺す山口の横で太一が青筋を立てている。
「あんのバカ!」
吐き捨てるように言いながら勢いよく立ち上がる。
「迎えに行ってくる」
「バカ?」
「アイツは知らない」
怒りをあからさまに滲ませた声音でそう言うと、次の瞬間にはその姿は掻き消える。
咽喉を鳴らして笑いながら、山口はトランシーバーのスイッチをいれた。
「何かいる」
スモークガラスの向こうを振り返って、助手席に座る黒髪の青年が呟く。
「何がいる?」
「車とかバイクじゃない。つーか金属類じゃない」
運転手の問いかけに、彼は背もたれに乗り上げて後ろを見る。
しかし動くものの姿は何もない。
運転手も確認したのか、何もないけどと呟く。
「あ、ちっちゃい機械持ってる。電波出てるから携帯かな」
「それは困るね。ジャミング強めに出しといて」
「坂本君が起きるよ」
「いいよ。いい加減起きといてもらわないと」
運転手は爽やかな笑顔で言うと、突然にハンドルを切った。
急激な進路変更にタイヤが悲鳴を上げ、一番後ろのシートを独占して横になっていた男も小さな悲鳴を上げた。
「・・・・・・・ふわぁっ、何で急に曲がるん!?」
運転席の後ろに座ってウトウトしていた青年が驚いて声を上げる。
「ちょっと怪しい人がついてきてるみたいだからさ」
運転手は楽しげにそう言うと、思いっきりアクセルを踏み込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・頭打った・・・・・・・」
小さな悲鳴を上げた後部座席の男が頭を擦りながら起き上がる。
「おはよう坂本」
「・・・・・・・・・・・・・・まだ暗いじゃねーか・・・・・・・」
「だってまだ年明けてないもん」
寝惚け眼の彼に運転手は楽しげに声をかける。
「・・・・・・・はぁ?」
「まーくん、仕事」
関西弁の青年がそう説明すると、少しの間を置いて手を叩いた。
「おう。そういえばそうだったな」
ふわぁと大きな欠伸をしてから車の後方を見る。
「何だよ。早速鬼ごっこになっちまったのかよ」
「あ、あれ長瀬君じゃん」
助手席の青年が振り返って口を開いた。
その言葉に男は窓ガラスに顔を近付けて後方を見る。
「・・・・・・・・・・・・・・マジだ。あはは!何、生身で車追いかけてんの?バカじゃねーのアイツ」
腹を抱えて笑いだす男に、助手席の青年はつられて噴き出した。
「うひゃひゃ、さすが長瀬君」
「でも今100キロ近く出してるんだけど」
「俺と同じってことだろ」
運転手の苦笑いに男は楽しげにそう言った。
「出ようか?」
「いや、まだいいよ。キングとクイーンが出てきてない」
運転手はそう言うと、さらにアクセルを踏み込んだ。
「大好きな知能戦だからね。負けらんないよ」
【 こちらベレト。調子はどう? 】
今まで静かだったインカムが喋りだす。
「仕掛けは無事終了したで。あとはお客さんを待つばかり」
【 お疲れさん。そうそう、予想通りファウが暴走中 】
笑いを滲ませたその言葉に、城島は笑いながら歩き続ける。
【 とりあえずカフとダレトが帰ってきたら迎えに行かせるよ 】
「いや、もう集まるんはやめとこう。二人が戻ったら先に予定地行っといて」
雑音混じりに他の通信が入ってきたのを確認してそう返す。
【 了解 】
通信が切れると同時にもう一つの回線を繋ぐ。
【 ・・・・・・・・・・・・・・ちら・・・・・・・ァウ・・・・・・・・・・・・・・ま目ひょ・・・・・・・追・・・・・・・・・・・・・・中 】
「こちらギメル。追跡中止。A地点で待つ」
【 えっ?A?りょ・・・・・・・い 】
雑音だらけの中に了承の言葉を認め、通信を切る。
そして城島は走り出した。
「ジャミングっつーことは森田がおんな。総力戦かいな」
くっくっと笑いながら、低木の植木を飛び越える。
そして雑木林を駆け抜けて、小高い丘の上に出た。
その眼下には、視界を左右に突っ切るように一本の道が走っている。
「リーダー!」
背後から軽い着地音とともに聞き慣れた声がした。
「待った?」
「いんや、今来たとこ」
小走りに近付いてくる姿を笑顔で迎えて、再度夜景を見渡す。
道の遥か向こうから、猛スピードで走ってくるワゴンが1台見えた。
その姿を確認すると、トランシーバーの共通回線を開き、口許に持ってくる。
「さぁ、ゲームを始めよか」
城島は楽しそうに唇の端を吊り上げた。
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