ぼんやりと窓の外を見ていた助手席の青年が、突然運転席側の外を身を乗り出して見た。
「長野君!来た!!」
反射的に運転手はそちらを見る。
進行方向に、暗闇の中斜面を下ってくる人影が見えた。
徐々に近付いてくるその影は、こちらに顔を向けると、ニッと笑って真っ黒のゴーグルを着ける。
そして拳大の何かを投げつけた。
「閃光弾や!!」
それまで黙っていた関西弁の青年が声を上げた。
同時に車内にいた全員が目を瞑る。
車の真ん前でそれは炸裂し、目が眩むほどの光を放った。
目を閉じていても感じていた光量が消えて、ようやく目を開く。
同時に小さく何かが切れるような音がした。
「長野君!何かトラップ踏んだかも!」
「こっちがメインだったか・・・・・・・・うわっと!!」
正面から飛んできた岩のようなものを急ハンドルで避けながら、運転手はさらにアクセルを踏み込む。
「博っ!スピード出し過ぎやっ!」
「そんなこと言ってたらやられちゃうでしょ!運び屋として失格だよ、岡田!」
「そんなこと言われても・・・・・・!!」
関西弁の青年が座席にしがみ付きながら涙目になっている。
「それに、こんなこともあろうかと対策はちゃんとしてあるよ!」
再び飛んできた何かを避けながら、運転手は一瞬ブレーキを踏んだ。
「ぎゃあ!!」
「うひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
関西弁の青年の悲鳴と助手席の青年の笑いが車の中に響き渡る。
「何てったってこの車!!」



「あー!!!あかん長瀬!!あの車レンタカーや!!」
城島の制止を受けて、妨害用に石を投げていた長瀬の動きが一瞬止まる。
その隙を狙ってワゴン車は二人の方に突っ込んできた。
「壊したら修理費用が全部ウチに来るで!!」
「そんな無茶な!!」
「長野なら絶対やる!!」
悲鳴を上げながら突っ込んでくるワゴン車をギリギリでかわす。
ワゴン車は見事なハンドル捌きで体勢を立て直し、走り去っていった。
「あー!!逃げられた!!!」
「こちら城島!逃げられた!!・・・・・・くっそ・・・・・・・・・・・・あ。長瀬!ボクを連れて走れるか!?」
トランシーバー越しに状況を報告してから、何かを思いついたように城島は長瀬に声をかける。
「えっ!?あ、できるよ!!」
言うが早いか、長瀬は体勢の整っていない城島を担ぎ上げるとワゴン車に向けて走り出す。
走るというよりも力を使って跳んでいるのだろう。
思わず上げたくなる悲鳴を呑み込んで、城島はポケットの中に仕込んでいた太い銃を取り出す。
「長瀬っ!近付いたらボクを車に向かって投げてや!!」
「ええ!!?それは無理っす!!ぐっさんに怒られる!!」
「ええから!!」
「・・・・・・・・・・・・っあぁあーーー!!!もう俺知らないっすからね!!」
長瀬はそう叫ぶと、城島を勢いよく投げた。
「ひっ・・・・・・・」
落下の重力を受けて悲鳴を上げそうになり、城島は力いっぱい歯を噛み締める。
失敗したと後悔しながら、それでも持っていた銃をワゴン車の屋根に向かって打ち込んだ。
「レンタカーナンバーやからって何もせんと思うなよ!」



ドンっという鈍い音ともに、天井から巨大な釣り針のようなものが突き出てきた。
「ぎゃあ!何か出てきたー!!」
「まさかレンタカーナンバーに攻撃してくるなんて!レンタカーじゃないのばれたか!」
関西弁の青年が悲鳴を上げる中、後部座席の男が楽しそうに声を上げる。
「俺出るぞ!」
「ダメだって、坂本!!」
そう言うと、運転手の制止も聞かず、時速100キロで走る車の窓から外に飛び出した。
「まーくん!!?」
関西弁の青年の悲鳴とともに、天井でドスンと音がする。屋根の上に着地したようだった。
「もー!!まーくん人間離れしたことせんといてー!!」
重みで凹んだ天井を避けるように頭を抱え込んだ青年はただひたすら叫んだ。



「はぁい、茂君」
ハートマークでも付きそうな口調で突如屋根の上に現れた人物は城島に笑いかける。
「さ、かもと・・・・・・・・」
車の屋根に引っかかったフックから伸びるワイヤーロープにかろうじて繋がっていた城島は、
掠れる声で男の名前を呼んだ。
「茂君、これ取りに来たんだろ?」
屋根の上にしゃがみ込み、ワイヤーで引っ張られている城島に向けて、胸に下げていたカードを見せる。
「そ、の、通り!」
「じゃあ俺に勝ったらあげよっか」
男はそう笑い、下げているカードをヒラヒラ揺らした。
「・・・・・・・・・・・勝つ?ボクが?お前に?」
冷や汗を滲ませながら、城島は問い返す。男は楽しげに頷いた。
「はは!そんなこと天地がひっくりかえってもできるわけないやろ!」
「そんなの分かんねーじゃん」
「ボクはそんなことのためにここにしがみついたわけやないで?依頼品はカードやってことやね」
「は?」
意味が理解できないと眉をひそめた男に、今度は城島が微笑み返した。
「ボク等が受けた依頼は、『届け屋が届ける物を奪い返す』。物が何なのか知らんねん」
「あっ・・・・・・・・・・しまっ・・・・・・・・・・・・・・」
「大事な情報ありがとう、坂本!また後でちゃんともらいに行くから待っとり!!」
そう言うと、城島はあっさりロープから手を離す。
走り続ける車から引っ張られる力を失った城島は、ものすごい勢いで離れていく。
「あっ!!シゲ・・・・・・・・」
咄嗟に手を伸ばした男は、しかしギリギリ届かなかった。
「っ!!」
慌てて飛び降りようとしたところで、闇に慣れた目が誰かが受け止めたのを確認する。
「まーくん大丈夫!?」
足元から声がかかり、呆然と後方を見ていた男はハッと我に返る。
「おう。戻るわ」
そう言うと、足取りも軽く窓から車内に戻っていった。










目標はカード状のもの。恐らく運び屋全員が所持しているものと見られる。
  6つの内5つはレプリカだと思われるが、区別がつかないため全てを奪還するものとする

イヤホン越しに聞こえてくる声にチラリと相手を見る。
首にぶら下げられているカードが目についた。
相手の回し蹴りをしゃがむことで避けて、立ち上がりの勢いをつけて胸元に手を伸ばす。
「うおわ!」
その手の目的に気付いたのか、相手は身を引き、その流れでバク転をして太一を蹴り上げた。
スレスレのところでそれも避けるが頬に掠り、微かに血が滲む。
気にせずに足払いをかけて相手の軸手を払い、バランスを崩したところを蹴り飛ばした。
勢いよく吹っ飛んだところを追撃しようとして、手を止める。
「松岡ぁ!!」
別の青年と山口とともに対峙していた松岡が隙を見て傍に来る。
「あと頼む。リーダーと長瀬迎えに行って、直接目的地に向かうわ」
「了解。長瀬殴っといて」
「俺の分も含めて10発やっとく」
笑いながら松岡の肩を叩くと、太一の姿が掻き消えた。
触れられた瞬間に伝わった情報を元に、体勢を立て直してきた相手に対峙する。
「松岡ぁ!!」
「来いよ糸目!!」
「糸目は関係ねぇ!!」
相手はそう叫びながら松岡に突進してきた。
繰り出される蹴りや拳をガードしつつ、大振りで繰り出された攻撃の隙を狙って左手を振りかぶる。
その一撃への対応に相手の手が動いた瞬間、わざと左手の狙いを外して右の拳を顔面に叩きこんだ。
「ぐはっ!」
吹っ飛んだ勢いを利用して、カードを掴んで引き千切り、とどめに蹴りを一発入れる。
「兄ぃ!!」
傍にあった大木に背中から突っ込んで動かなくなったのを確認してから山口を振り返る。
その声に、山口は相手をしていた青年を適当に往なすと、藪の中に背後の飛び込んだ。
それを追いかけようとする青年を引き留めるように、松岡は青年に攻撃を仕掛ける。
「ちょっ!?ズルい!」
「全然ズルくねぇよ!」
「ズルいよ!最初は3対2で、相手が代わる代わるなんて、体力的に不利だし!」
「スポーツじゃねぇんだからしょうがねぇだろ!」
青年の抗議の叫びに答えたのは山口だった。
大音量でエンジンを響かせ、ロードレース用の巨大なバイクが突っ込んでくる。
「わぁ!!」
松岡は青年から距離を取るとタイミングを見計らってバイクに飛び乗った。
「じゃあな!健!!」
「何だよそれ!!」
山口の後ろに座った松岡が笑顔で青年に手を振る。
青年が慌てて吹っ飛ばされた以後動かない男を揺さぶるが、全く反応はなかった。
「起きろよ井ノ原!!俺車運転できないんだぞ!!寝てんじゃねぇよ!!」




「兄ぃ、健のカードは?」
「見当たんなかった。ま、アイツのが本物なら目的地には来るからいいだろ」
猛スピードでバイクを走らせながら山口は答える。
「お前、井ノ原に何したんだ?」
「殴ったときにちょっとした念波送っといた。今ごろ素敵な夢を見てるんじゃない?」
「ははっ、かわいそうに」
言葉とは裏腹に楽しそうに笑う山口に、松岡もニヤリと笑う。
「もうあっちは到着してるのかな」
「多分な。坂本がやる気出す前に到着しねぇとヤバいかもしんねぇ」
山口はそう呟くと、さらにアクセルを握り締めた。








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