ワゴン車はコンクリートの平屋の建物の前で止まっていた。
入口の扉が開いていたので、すでに入ったところだろう。
「ここまでの道にトラップ仕掛けといたから、多少は時間稼ぎ出来とるはずや。車ボロボロやし」
「・・・・・・・・・・・・・・何仕掛けたのさ」
そう呟くが、秘密、としか言わない城島に、太一はため息をついた。
「誰がいたんだっけ?」
走りながら、話題を変えるように太一が尋ねる。
「長野、剛、准一、そんで坂本」
「げっ!坂本君がいるの!?」
悲鳴に近い声を上げて太一が振り返る。目が合った城島は曖昧な笑顔を浮かべた。
「ただ、いつから起きとんのか知らんけど、そろそろ限界だと思うねん」
「もしいたら長瀬が相手しろよ。俺なんて一瞬で捻り潰されちまう」
「そんなに強いんですか?」
ヤダヤダと肩を竦める太一の横で、少し楽しそうに長瀬が尋ねる。
「う〜ん。眠たなってくるとめっちゃ凶暴になるけど、それまではいけるやろ」
頼んだで、と城島が肩を叩く。
「何かよく分かんないけど、がんばります!」
突き当りに下りの階段があり、迷わずそれを下っていく。
と、降りたところに目的の集団がいた。
「うわ!追いつかれた!」
遮るものの何もないだだっ広い空間の奥で、扉を開けようと何かをしている。
その中の、ワゴンの助手席にいた青年が声を上げた。
「長瀬!行けっ!」
「了解っす!」
太一の掛け声一つで長瀬が走っていく。
「わ!来た!長野君急いでよ!」
「そんなこと言われてもできることとできないことがあるよ!時間稼いでよ坂本!」
「・・・・・・・まーくん寝とる・・・・・・」
壁にもたれてしゃがみ込む男を揺らしながら関西弁の青年が答えると、運転手が怒りの声を上げた。
「剛、起こして!」
その声に二人の青年は一瞬ビクリと飛び上がり、助手席の青年が男の肩に手を翳す。
「俺のせいじゃねーからな!」
青年が叫ぶと、翳した掌に青白い火花が飛ぶ。そのまま勢いよく男の肩に触れた。
バチンという耳障りな音ともに、男が勢いよく頭を上げる。
「いってえ!!」
男は目を見開いて飛び上がった。
「何すんだよ剛!!」
「長野君が起こせって言ったんだよ!茂君たちが来たから!」
その言葉に勢いよく振り返る。
瞬間、飛び出して長瀬の蹴りを弾き飛ばし、そのまま踵を喰らわせて叩き落とした。
着地までの短い時間を使って長瀬は体勢を立て直し、追い縋ってこようとした坂本と距離をとる。
「強いっすね!坂本君!!」
「なかなかやるじゃん、長瀬!」
二人とも楽しげな表情を浮かべて対峙する。
何とも言えないピリピリした空気が漂い始めた。
「リーダー!太一君!ここは俺がやるんで、早く行ってください!」
「お!それは困るな!こちとらお前だけを相手にしてるわけにはいかないからな!」
坂本はそう言って駆け出した。
一瞬で長瀬との距離を詰め、無意識に身体を引いた長瀬をふっ飛ばし、その反動を使って二人に迫る。
咄嗟に銃を構えた城島が、その引き金を引こうとした瞬間、坂本の姿が消えた。
「!!?」
「行って!!」
驚いて固まる城島と太一に、坂本に体当たりを仕掛けた長瀬が叫ぶ。
同時に太一が城島の肩に触れ、空間を飛んだ。
扉とは少し距離を置いて着地する。
その時、突然に扉が開いた。
「行くよ!!」
運転手が叫び、二人の青年もその後を追う。
「待て!」
太一が勢いよく走り出し、扉の向こうに消える。
城島は持っていた銃の弾を確認してから駈け出した。
扉の向こうには階下へ続く階段があった。
先に降りていく数人の足音が、次第に一つになる。
最後に跳び降りるような音がして、盛大な着地音がした。
「いってぇ!」
暗闇の中から悲鳴が聞こえる。
「どうしたん太一!」
その声音に、城島は急いで階段を駆け降りた。
一番下には尻餅をついた太一がいた。
「大丈夫か?」
「一番下に飛ぼうと思ったら飛べなかった。キャンセラー(能力無効化装置)がかかってるよ、ここ」
「ホンマ?それは好都合やな」
太一に手を差し出しながら、城島がニヤリ笑う。
「何で?」
「正直言うと、長野の能力苦手やねん」
「何言ってんの。人間キャンセラーのクセに」
「物理的な攻撃はどうしようもないねんて・・・・・・・・・・・よっ!」
勢いよく引っ張り上げ、二人で走り出す。
「意味分かんない。俺はアンタ飛ばせるのに」
「アイツは使い方が上手いんよ」
そして突き当たりの扉を開けた。
「追い付いた!」
奥に向かって走る姿に、城島は迷いなく発砲した。
「撃ってきた!?」
関西弁の青年が泣きそうになりながら悲鳴を上げる。
電子機器が所狭しと並んでいる室内を、飛んでくる弾丸を避けながら走った。
「あ〜!もう!めんどくさいなぁ!」
運転手は立ち止まるが、すぐに舌打ちして走り出す。
「キャンセラーあるなんて聞いてないよ!」
「上は使えたのに!」
止めどなく城島が降らせる弾丸の雨を避けながら出口に向かう。
不意に射撃が止んだ。引き金が軽い音を立てるだけで、何も出てこない。
「こんなときに!」
拳銃のマガジンを取り替えた時だった。
「・・・・・・・・・・・博っ、ごぉ君!!伏せぇ!!」
関西弁の青年が天井を見て突然に叫ぶ。
瞬間、耳をつんざくような轟音を轟かせて天井が爆発した。
「!!」
爆発の威力は凄まじく、そのまま床を突き抜けて階下をも破壊する。
もうもうと上がる土煙の中を二つの影が落下していく。
「まだまだぁ!!」
嬉々とした声とともに再度爆発音が響いた。
そのまま二つの影は地下深くへ消えていった。
土埃が治まる前に瓦礫の一部が吹っ飛ぶ。
「剛、岡田、生きてる?」
「・・・・・・・・・・・何とか・・・・・・・・・・・・・・・あ、岡田目ぇ回してらぁ」
青年の言葉を受けて、運転手が立ち上がる。同時に周囲の瓦礫が粉砕された。
「今のでキャンセラーが壊れたみたいだね。爆発は山口君で、やられたのは坂本か」
空いた大穴の中を覗き込んで運転手が呟く。
不意に、彼らの正面で何かが穴の中に飛び込んだ。
「あっ!茂君降りてった!!」
「俺たちも行くよ!届け先はこの下にあるんだから!!」
運転手はそう言うと、青年二人を抱えて穴の中に飛び降りる。
能力で落下速度を加減しながら着地すると、その真横を何かが通り過ぎた。
驚いて振り返ると同時に凄まじい激突音が響く。
衝撃で瓦礫が吹っ飛び、小さな崩落が起こった。
「・・・・・・・・・・・坂本!!?」
壁にぶつかったモノを確認して、運転手が血相を変えて走り寄る。
ぐったりとして動かない男を揺さぶり、名前を叫ぶ。
「起きてよ坂本!!ダメだよ寝ちゃ!!・・・・・・・坂本君がいなかったら・・・・・・・・・」
しかし男は動かない。運転手は泣きそうな顔をして、男の腹のあたりに顔を埋めて声を上げた。
「お雑煮が食べれないじゃないか!!」
瞬間、男の手が運転手の頭を叩く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・言うに事欠いて、お前・・・・・・・・・・・俺の安否より雑煮か!」
「当り前じゃない!お節は作ってるの見たけど、お雑煮は見てない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんなに食いたきゃ自分で作れ。もう無理。寝る」
そう宣言して目を閉じた男の前に人影ができる。
運転手が顔を上げると、そこには山口が立っていた。
「最初っから眠たかったみたいだな」
「坂本に何したの」
「反撃してくる前に爆破しまくった。距離を取って持久戦に持ち込めば、俺でも何とかできる」
「…あ〜あ、予定が狂っちゃったよ」
腕時計を眺めてそう呟き、運転手はゆらりと立ち上がる。
そして左手を振るうと、ふわりのその身体が中に浮いた。
「憂さ晴らししないとやってらんないよ」
「それはありがたい。久々に制御装置外して、ウズウズしてるんだよ」
そう言って山口は構えを取る。次の瞬間、二人は同時に距離を詰めた。
ワイヤーガンを何とか使いこなしながら城島が穴の最下層に辿り着くと、
途中で抜かされた運転手と大崩落の原因がドンパチを繰り広げていた。
「・・・・・・・・恐ろしいこっちゃ」
瓦礫で身を隠しながら、周辺の様子を見る。
すると、一番奥の扉の方に走る二つの影があった。
城島は身を低くしてそれを追いかける。
小柄な影二つが扉を開けようと弄っているところに気配を消して近寄って、片方の後頭部に銃口を突き付けた。
「ひっ」
「さて、ボクの言いたいことは解るな?」
凄味を込めたその言葉に、銃口を向けられた助手席にいた青年は、恐る恐るポケットからカードを取り出した。
それを受け取ってじっくりと両面を眺めるが、銃口はずらさない。
「レプリカはいくつ作ったん?」
「・・・・・・・・・それは知んねぇ」
「じゃあ作った人を怨むんやね」
ガチャリと撃鉄が起こされる音が頭蓋を震わせる。
青年はごくりと息を飲んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・俺のは本物じゃない」
「どれが本物や」
「本物は・・・・・・・・・・・・」
その時、鈍い音を立てて扉が開く。
「えっ?」
扉にもたれて固まっていた関西弁の青年が突然支えを失って、背中から扉の向こうに倒れ込んだ。
「うぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
開いた向こうは階段になっていたらしく、青年の悲鳴がだんだんと遠ざかっていく。
「准一!!?」
城島がその悲鳴に気を取られた瞬間、青年が城島の拳銃を弾き飛ばす。
「しまっ・・・・・・・・・!!」
「茂君に恨みはないけど、ここでちょっと寝てて・・・ぎゃっ!」
青年は火花を散らせた拳を振り上げて、突然上から降ってきた何かに押し潰された。
「リーダー!行けっ!!」
「すまん太一!!」
上から降ってきたのは、松岡を連れた太一だった。
二人が青年を押さえつけている内に、城島は階下へ走った。
「ズルい!2対1なんてぜってぇ勝てねぇし!!」
「あ〜、健も何かそういうこと言ってたなぁ」
「いやいや、俺ら2人攻撃は得意じゃないから、お前ならいけると思うよ」
太一の下敷きになったまま、不貞腐れる青年を二人は笑いながら宥める。
「ただ、ここにいたら俺らがヤバいから、避難しようぜ。山口君と長野君、本気だもん」
太一はそう言うと、青年に手を差し出し立ち上がらせる。
「まぁまぁ。あとはあのなんちゃってノーマル兄弟同士の勝負ってことでいいんじゃね?」
「准一ぃぃい!!!」
「わぁああ!!来たぁあ!!」
必死で奥に向かって走り続ける青年を城島が追う。
「『来た』ってなんやねん!!実の兄に向って!!」
「実の兄でも怖いもんは怖いねん!!必死すぎるわ!!」
「止まらんかい!!」
「それだけは無理ぃ!!」
「止まらんと撃つで!!」
「弟撃つなんてありえへん!!」
次の瞬間には銃声が響く。青年は慌てて頭を手で抱えて体勢を低くした。
「マジで撃ちよった!!」
「兄ちゃん、言うことはほとんど嘘やけど、たまにはホンマの事も言うで!!」
「ほとんど嘘なんか!!それはそれでショックや!!」
青年は突然、OAラックの陰に隠れる。
それを追いかけようと少しだけスピードを落として、城島は盛大にひっくり返った。
「ぎゃっ!?」
「ごめん、茂君!聴力が人より良いくらいしか取り柄のない俺やけど、仕事はちゃんと達成したいねん!」
引っかけた足を軸足にして、跳ぶように奥へ走る。
城島が体勢を立て直した時には、最奥のカードリーダーの前にいた。
「わ!やめぇ!!」
「これで依頼達成や!!」
勢いよく、持っていたカードをリーダーに通す。
小さく軽い電子音が鳴り、備え付けのパネルに光が灯る。
【アクセス認証シマシタ。『ギガントヘイル』ヲ起動シマス】
「・・・・・・・・・・・・・・へ?」
その電子音声とともに、カードリーダーの後ろにあった壁が音を立てて開いていく。
開ききって初めて照明が灯る。
そこにあったのは、10階建のビルサイズの重機のようなものだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・な、何やねん・・・・・・・・・・・・これ・・・・・・・・・・・」
引き攣った笑いを浮かべて後ずさる青年の後ろで、城島も表情を強張らせていた。
【起動モード、自動運転。目的地、首都。起動レベル、オールグリーン。稼働シマス】
地響きのような音を立て動き出したそれは、見た目によらない速度で天井を壊し、階上に向かう。
仲良くダッシュしてギリギリ天井の崩落を回避した二人は、一つ上の階に戻り、叫んだ。
「撤収!!」
「はよ逃げてぇ!!」
その言葉を聞いたのか、やり合っていた山口達が手を止める。
そして轟音とともに現れた巨大な機械に顔を蒼褪めさせ、二人の傍にやってきた。
「何あれ!!」
「何だよあれ!!」
「知らんがな!とにかく逃げるで!」
トランシーバーを取り出している城島の横で、運転手が顔色を変える。
「坂本忘れてた!」
その言葉に一斉に該当の方向を見る。
ちょうど巨大な機械が下の階から完全に出てきたところだった。
「坂本!」
【熱探知機ニ反応アリ。排除シマス】
電子音声が響き渡り、蜘蛛のような形のそれは、件の人物の方に向かっていく。
運転手が走り出そうとしたその時、突然にハウリングのような音が鳴り始めた。
「なに!?」
あまりの高音に、城島を除いた全員が上部を見上げる。
ぽっかり空いた崩落後の穴の向こう、瞬く星とともに覗き込む影が一つ。
次第に強くなっていく金属音に耳を押さえるが効果がない。
しかし城島だけは意味が分からないといった様子でキョロキョロしている。
「みんなヒドイよ!!」
上の方の影が叫ぶとともにハウリングが大きくなる。
「井ノ原くん起きないし、誰も呼び掛けに返事してくれないし!!ここまで歩いてきたんだからね!!」
凄まじい金属音が頭の中を引っ掻いていき、堪らずしゃがみ込むが、城島は呆然としていた。
次第に耳鳴りがし始め、城島はテレパシーが暴走していることに気付く。
そして。ガンガンと鳴り響く金属音が最高潮に達したのは、影が絶叫した瞬間だった。
「ちょームカつく!!」
瞬間、目の前に火花が散るような感覚に襲われ、城島を除く3人が小さく悲鳴を上げた。
「・・・・・・・・・・・・うるせえんだよ健!!!」
耳を劈くような金属音を打ち消すように、腹の底から響く怒声が響き渡る。
「キンキンキンキン、犬じゃあるまいし、吠えてんじゃねえ!!!」
次の瞬間、凄まじい轟音を上げて巨大な機械がひしゃげ、爆発した。
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