「マボ、今すぐ俺と一緒に来てほしいんです」
誕生日から9日目。
夕飯の片付けが終わると同時に、ナガセは突然そんなことを言った。
「は?」
「捜し物が見つかったんです」
「良かったじゃねぇか」
明日が期限なんだろ、と首を傾げると、ものすごい勢いで俺の手を掴む。
「なん・・・・・・・・・」
「でもダメだった・・・・・・・・・!!」
泣きそうな顔をして、ナガセは声を上げた。
「・・・・・・・・・今ぐっさんがタイチ君を迎えに行ってます。狙われるのはマボとタイチ君だから・・・・・・・・・」
「狙われる?誰に?何で?ただの工学部の学生だよ、俺?・・・・・・・・・意味解んねぇ」
「説明はちゃんとします。でも一刻も早くここから逃げないと!」
そして、掴んでいた俺の手を勢いよく引っ張って、家から出て行こうとする。
「ちょっと待てよ、ナガセ!家ほったらかしじゃ・・・・・・・・・・」
「良いから!」
俺の主張は受け入れられることはなく、俺は外へ連れ出された。
「ナガセ!いてぇよ!」
引っ張る力は尋常じゃない。
これは人間が出せる力じゃないだろ、と思いながら、ナガセについていく。
痛いけれど、振りほどけないのだからついていくしかしょうがない。
「ゴメンね、マボ。それと、今から言うこと、信じられないかもしれないけど、信じてね。
マボは絶対に俺が守るから、安心してね!」
そう言いながら振り返ったナガセはいつになく真剣な顔をしていた。
そして、そのままの神妙な表情で、言った。
「実は俺、未来から来たんです」
Cry for the Moon
─ vorder ─
いまはむかし、竹取の翁といふものありけり
野山なる竹をとりてよろづの事につかひけり
名をば、さるきのみやつこといひける。その 竹の中に、もとひかる竹、一筋あり
あやしがりて、よりて見るに、筒の中ひかりたり
それをみれば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり
翁いふやう
我あさごとゆふべに、見るたけの中におはするにて知りぬ 子になり給べき人なんめり
とて、手にいれて、家にもてきぬ
もうすぐ1年になる。
1年前、満月の夜、近所の竹藪で、俺はアイツを拾った。
シチュエーションはもろに御伽話の『かぐや姫』だけど、当の本人はそんな可愛らしいものじゃない。
俺より少し背が高くて、彫りが深いというのか、精悍な顔付きで、ワイルドという言葉が似合いそうな男だ。
その割には甘い物が好きだったりする。
竹藪に倒れていたところを保護して以来、家にお菓子を欠かせなくなってしまった。
アイツはナガセと名乗った。
何であんなところにいたのかとかどこ出身なのかとか、何を訊いても答えはない。
ただ『居候させてほしい。長くて1年だけだから』とだけ言ってきた。
それから何だかんだといろいろあったけど、結局ナガセは家にいる。
物取目的じゃないみたいだし、俺が学校に行ってる間何をしてるかは知らないけど、それなりに何かはしているらしい。
今のところ特に問題も起きていないし、俺が何か害を受けたこともない。
だから、正直なところ、今となってはナガセが何者であるかなんて興味なかった。
ただ、帰ってきて、迎えてくれる誰かがいるということが嬉しかった。
アイツは俺のことを、子供の頃の愛称で呼んだ。
俺の名前を聞いて、
「じゃあマポですね!」
と、嬉しそうにそう言ったのだ。
そんなナガセが名前と好きなもの以外に教えてくれたのが誕生日だった。
どうやら、俺がアイツを拾った10日前がちょうど誕生日だったらしい。
最長1年の滞在なら、もしかしたらその日まで家にいるかもしれない。
もし家にいたら、その時はケーキでも作って祝ってやろう。
そんなことを思っていた。
もしかしたら1年もせずに出ていくかもしれないとあまり期待はせずにいたけれど、気付けば明日はもう11月の7日だった。
「もうすぐ1年経っちゃうなぁ」
その日の晩、ポツリとナガセが呟いた。
「そだな」
「・・・・・・・・・捜し物、見つかんないんだ」
俺が相槌を打つと、そんな呟きが聞こえてきた。
「捜し物?」
「そう。早く見つけないと、終わっちゃう」
テレビのリモコンを触りながら、ナガセはそう言う。
「期限は1年なんだ。それを越えたらもうオシマイ」
「だから『1年』?」
「うん」
「ふぅん」
初めてだった。
ナガセが期限のことをこうやって話してくれるのは。
それは主語が欠落していたから、あまり意味は解らなかったけれど何かを見つけないといけないらしい。
「それってどんなモノなんだよ」
「え?」
「その捜し物」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかんない」
「はぁ?」
俺は思わず洗い物の手を止めて、ナガセを見た。
「わかんないのに探してんのかよ。それじゃあ見つかんねぇだろ」
「見れば!」
俺の言葉に、ナガセは必死な顔をして声を上げる。
「見ればわかるんだ!!だって姿が変わってるかもしれないから!!でも見ればわかるんです!!」
突然のその態度に俺は呆気にとられて何も言えなかった。
そして何となく、その台詞をナガセ自身にも言い聞かせているようにも見えた。
「・・・・・・・・・ごめんなさい」
呆然としていた俺を見て、ナガセは我に返ったのか、俯き気味にそう言った。
「気にすんな。俺も悪かった。
・・・・・・・・・見つかると良いな」
「・・・・・・・・・うん」
ナガセは少ししょげた様子でテレビのリモコンを再びいじり始める。
「ナガセ」
洗い物を終えた俺は、手を拭きながらナガセを呼んだ。
「?」
「明日、誕生日なんだろ?ケーキ作ってやるよ」
「え・・・・・・・・・」
「元々作るつもりだったんだけどな。明日授業ないし」
俺の言葉に、ナガセの驚いた表情がだんだんと緩んでいく。
「ほら、お前、前タイチ君に会ってみたいって言ってただろ?だからタイチ君も呼んでさ」
「・・・・・・・・・いいの?」
「いいよ。お前も呼べる人がいるなら呼べばいいじゃん。前しゃべってたガタイのいい人とか」
知り合いだろ、と問いかけると、ナガセの顔が輝いた。
「ぐっさんもいいの?」
「いいよ。紹介してよ、その“ぐっさん”て人」
「うん!!」
俺の言葉に、本当に嬉しそうに頷く。
「あのね、ぐっさんはすごい食べるんですよ!俺もいっぱい食べるけど、ぐっさんも食べるの大好きなんです!」
「じゃあいろいろ作るよ。パーティにしちゃおうぜ」
「はい!!」
ナガセの嬉しそうな様子に、俺は思わずそんなことを言ってしまった。
でも、本当に笑顔が輝いていたから、それも良いかもしれないと考えを改める。
どうせもうすぐいなくなってしまうんだから。
別に見返りが欲しくてアイツを拾った訳じゃない。
もう会えなくなるなら、盛大に送り出してやればいい。
別れは悲しいものだけれど、楽しい思い出が残っていればいいのだ。
次の日、昼頃に先輩であるタイチ君に電話をかけると、同居人を連れて行く、と返答が来た。
「同居人なんていたの?」
『同居人なんて言うと聞こえも良いけど、平たく言ったら居候だよ』
「どんな人?」
『んー。何だろな・・・・・・・・・変人って表現が一番的確かも』
「あはは、“変人”って!じゃあ何でそんな人居候させてんの!」
『何となく、だよ。お前だって一緒だろ!』
「ふふ、そうでした。じゃあ18時頃にウチ来てよ。お酒は持参してね」
『おう、分かった』
電話の向こうでタイチ君が笑い混じりに頷いた。
ケーキが完成した頃、いつもより早めに帰ってきたナガセから、“ぐっさん”を紹介された。
「初めまして。ヤマグチです」
そう笑って差し出された手を握り返すと、彼はさらに笑みを深くした。
俺より背は低かったけれど、そのガタイのいい体型のせいか、俺より大きく見える。
少し浅黒い肌、金に近いくすんだ茶髪。
そして、どこかナガセに似ていた。
外見が、ではなく、根本的な何かが。
握手で触れた手が少しだけ冷たく感じたのも、ナガセと同じだった。
「ホントに俺もいいの?」
コーヒーを出すと、ありがとうと言いながらそれを受け取って、ヤマグチ君はそう首を傾げた。
ナガセはちょっと出てくる、と言って出かけたところだった。
「いいですよ。ナガセが連れてきたなら、別に変なヒトじゃないだろうし」
「・・・・・・・・・・まぁ、確かに変な“ヒト”ではないけどなぁ。信用しすぎじゃね?」
「疑っても仕方ないでしょ。今日はめでたい日なんだから、いいじゃない」
本当はいろいろ言えたけれど、めんどくさくなってそう答える。
言いたかったいろいろを総括してしまえば、正直なところそれが正しいのかもしれない。
「・・・・・・・・・・・そういうところは元々なんだな」
ヤマグチ君を見ると、懐かしそうに目を細めていた。
視線は俺を見ているようで、見ていなかった。
俺に似ている知り合いでもいるんだろう。
そんな理由をつけて、俺は深く考えないことにした。
ナガセ自体がそうなのだ。連れてきた人物もそういう存在であってもおかしくない。
ナガセを拾ってから、そんな癖が身についてしまっていた。
「ありがとな」
「は?何が?」
けれど、突然のヤマグチ君の言葉の意味が分からなくて、俺は首を傾げた。
「アイツを、ナガセを信用してくれて、ありがとう。
アンタが信用して、一緒に住まわせてくれたからアイツは落ち着いたし、強くなった。
アンタのお陰だ」
「・・・・・・・・・・・そんな大層なことしてないよ」
「アンタはそう思っても、俺がそう思ってんだよ。黙って受け取っときゃいいのに」
笑いながらそう言った。
「そんなもん?」
「そんなもんだろ」
ケラケラ笑う彼に、俺も思わず笑った。
「ただいまー!!」
その時玄関が開く音がして、ナガセの声がした。
「元気だなぁ、アイツ」
山口君の呆れたような苦笑混じりの呟きに、俺は黙って同意した。
「初めまして」
そうやって差し出された手を握った。
俺の横で、ナガセの肩が小さく揺れたのが見えた。
「これが居候」
「これってひどない?」
「ヒドくないよ、全然」
ジョウシマと名乗ったタイチ君の同居人は、明らかに棘を含むタイチ君の言葉にむっとした表情を浮かべた。
「マツオカです」
「今日はありがとぉ。ボクまでええの?」
「良いですよ」
柔らかい笑顔でそう訊いてきたジョウシマさんに、俺も笑い返す。
「ほら、入ろうよ、シゲル君」
「何でタイチが仕切るん?」
当然のように部屋に入ってきたタイチ君に、ジョウシマさんは不思議そうな顔をした。
「いつもこうなんですよ。どうぞ」
そう言って道を開けると、お邪魔します、とジョウシマさんが入ってきた。
「初めましてー」
そして、俺の後ろにいたナガセにそう笑いかける。
「初め、まして」
少し言葉に詰まりながら、ナガセは硬い笑みを浮かべた。
「ジョウシマです」
「ナガセです!よろしくです!」
けれど、次の瞬間にはもういつも通りの笑顔を浮かべていた。
シゲルっていうの?じゃあシゲル君だね!
そう笑いながらジョウシマさんと部屋の中に入っていく。
ヤマグチ君も同じように笑いながら、握手を交わしていた。
「・・・・・・・・・・・気のせい、か?」
もしかしたら初めて会う人だから、少し緊張していたのかもしれない。
そんな風に勝手に思い込んだ。
「じゃーん!」
自信作のケーキをテーブルの上に広げると、4人から歓声が上がった。
「お前こんな特技持ってたのかよ!」
「マボすっげぇ!!!」
「お店で売っとるのみたいやん!」
「ちょー美味そうだし」
「俺くらいになるとこれっくらい何て事ないよ」
嬉しくはあったけれど、少し照れくさくてそんなふうに答える。
「すごいよマボ!」
今日の主役であるナガセが俺を見てキラキラした笑顔を浮かべた。
「ありがとう!」
ちょっと遊び心で付けたチョコレートのプレートに書いてある名前を見て、そう笑う。
「どういたしまして」
俺は照れくさくはあったけれど、笑い返した。
「今日は奮発して酒いっぱい買ってきてやったから、朝まで飲むぞ!」
タイチ君がそう声を上げると、ヤマグチ君がそれに答える。シゲル君は横で苦笑を浮かべていた。
「こう見えてシゲル君、大酒飲みだから」
耳元で、タイチ君がそう呟いた。
「とりあえず、今日の主役はナガセだからさ。ハッピーバースデー歌う?」
「お、いいんじゃね?」
俺の提案にヤマグチ君が同意して、同時にシゲル君が適当に立てた10本のロウソクに火をつけた。
そして、ナガセを除いた4人で目を見合わせて、歌い始める。
Happy birthday to you!
初めは揃わなかった声が、ワンフレーズを越えると共に揃い出す。
Happy birthday to you!
音楽を習っていたというタイチ君が、低音のハモリを入れた。
Happy birthday dear Nagase!
自分の名前が入ったフレーズに、ナガセが頬を赤らめる。
Happy birthday to you!
歌い終わると同時に、4人で拍手をした。
ナガセが、何故か泣きそうに顔をしかめる。
「ほら、蝋燭消せよ」
ヤマグチ君がそう言ってナガセの肩を叩く。
「・・・・・・・・うん!」
そして、ナガセは一息に蝋燭の炎を吹き消した。
「おめでとう、ナガセ」
「誕生日おめでとう」
それぞれが口々にお祝いの言葉をナガセに送る。
ナガセはしかめていた顔をさらにくちゃくちゃにして、目を潤ませ始めた。
「何だよ、お前。泣いてんの?」
俺が笑いながら言うと、顔をゴシゴシ擦って、目の周りを赤くした。
「泣いてないよ!!でもすっごく嬉しくて目が潤んじゃいました」
ナガセはそう言ってにっこり笑う。
「よし!じゃあ飲むぞー!!」
「おー!!」
そして、タイチ君の掛け声とともに宴会が始まった。
ナガセは、この1年間で、一番の笑顔を浮かべていた。
本当に幸せそうな、そんな笑顔。
あと1週間ほどで、別れなきゃいけないのは寂しいけれど、それでもいいと思えた。
身元不明で拾って、変な同居生活を始めて1年。
今まで生きてきた中で一番楽しかったかもしれない。
お前に会えてよかった。
お前が生まれてきて、ここで一緒に笑えていることが、すごく嬉しいんだ。
Happy birthday, Tomoya !!
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29歳おめでとうございます!!
三十路にリーチですね(笑)東京最後の20台だなんて、そうは見えません。
相変わらず反抗期ですが、これからも素敵なボーカルで、天真爛漫な末っ子でいてくださいv
いつまでもついていきます!
相変わらず祝ってんだか祝ってないんだかわからないんですね。
いつもと展開を変えたら、続きが書きにくくなりました。失敗!
一応17日のリーダー誕生日に続きます。
今回もですが、もしお気に召していただけましたら、どうぞお持ち帰りくださいませ。
改めまして、おめでとうございます!!
2007/11/07
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