お前が、あの時
僕の代わりになってくれたのは知ってるよ
でもな、ごめん
僕は彼女のもとにいきたかった
お前も彼女も、それを望んでいないと解っていたけれど
僕は、────────────
【レッドラム】
何度かけても繋がらない。
無機質な、機械仕掛けの女声が留守番電話への伝言を要求するだけ。
「繋がった?」
リノリウムを踏みつける音と共に松岡がやってくる。
「いや、ぜんぜん」
小さくため息をつきながら携帯を閉じた。
「多分リーダー忙しいんだよ」
「学会発表とか言ってたしな」
「そうなの?」
「前の日にウチに来てさ。そう言ってた」
ふぅん。
感心した様子で松岡が唸る。
「長瀬は?」
「もー元気だよ。腹減ったって、1年間寝てた奴が言う台詞じゃないって」
苦笑を浮かべながら松岡は肩を竦めた。
俺も同じく苦笑を浮かべるしかなかった。
高校からの後輩の長瀬が、トラックの炎上事故に巻き込まれ、意識不明になって1年。
打ち所が悪かったのか。
外傷はほとんど無かったが、もう目覚めることはないと言われていた。
それでも、目を覚ますと信じて、ずっと病院で生かし続けていたのは茂。
彼も同じ事故に巻き込まれて、意識不明だった。
でも、目覚めたのは茂だけ。
今でも、あの人の背中には、引き攣れた火傷の痕が大きく、消えずに残ってる。
それだけ酷い事故だったのだ。
だってトラックの運転手は即死だったのだから。
その、目覚めないと言われていた長瀬が、1年後の誕生日である今日、突然目を覚ました。
医者は、奇跡としか言えない、と首を捻っていた。
どう考えても、これは奇跡だ。
茂の願いが通じたのかもしれない。
「一番喜ぶだろう人物がいないって、ちょっと残念だよね」
その日の夜、祝いと称して3人で飲んだ時、太一が笑った。
「連絡つかねぇんだよ」
「今日は人前で喋るのでいっぱいいっぱいだったんじゃない?」
「あの人喋るの苦手だもんね」
その様子を想像してそれぞれが笑う。
今までとは違う、楽しい酒。
心の隅っこにあった心配事も、今日突然に解決されてしまったから。
「あの人、喜びすぎて泣いちゃうんじゃない?」
「かもなー」
「でも、良かった」
しみじみと、松岡が呟く。
「やっぱ5人じゃないと寂しいよ」
「・・・・・・・・・・・そうだな」
今日はまだ仕方ないけど、やっぱり5人でいるのが一番楽しい。
近いうちに5人で集まろう。
そう約束を交わしてその日は別れた。
次の日になっても、相変わらず電話が繋がらない。
携帯にかけても自宅にかけてもあの人が出ることがない。
電話に出るのはやっぱり無機質な機械の声。
少し、不安だ。
けれど茂には時々こういうことがある。
あの人は全くもって引きこもりだ。
こちらが連絡しないと連絡をしてくることもない。
昔からその傾向はあったけれど、ここ5年くらいで一段と酷くなった気がする。
一時は鳴りを潜めていたのに、長瀬の姉が死んでから、また始まった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・いつものことか」
気にはなるものの、妥協して携帯電話を閉じた。
ふと見上げると、抜けるような蒼。
気にしすぎだと自分を納得させて、仕事に戻った。
けれど。
『茂君知らない?』
昼休み。
あの人の同僚で、俺の友人でもある奴からそう電話がかかってきた。
「学会の発表じゃないのか?お前の方がよく知ってるだろ」
『学会?冗談止せよ。あの人、人前で喋るの嫌いだっての、お前が一番よく知ってるだろ?
昨日の学会は俺が共同研究者として発表に行ったんだよ』
電話の向こうから苦笑が漏れる。
俺はそれどころじゃなかった。
「ちょっと待てよ、坂本。そしたらシゲは昨日何してたんだよ」
『だからお前に電話したんだろ?昨日、茂君は出社してないんだ。連絡もない、無断欠勤だよ。
そして今日も来てないんだ。連絡もないし、連絡も取れない』
「自宅もか?」
『もちろんかけたさ。でも出ないんだ。あの人の家、住所は判るけど、行ったことある奴いないし』
こっちも手が離せないから、行こうにも行けないんだ。
そうして聞こえるため息。
「俺に行けってか?」
『その方が早いと思ったんだよ』
俺はそれに返答する前に、歩き出していた。
「判った。見に行ってくる。俺も電話が通じなくて、気になってたんだ」
『頼むよ』
通話を終えると同時に上司に断って早退した。
車のエンジンをかけると、何故だか落ち着かない気分になった。
頭の片隅で嫌な想像が沸き起こる。
首を振ってそれを払拭し、アクセルを踏み込んだ。
そんな事あってたまるか
想像した自分に腹が立つ。
妙な焦燥感を打ち消すために、茂の家に向けて車を走らせた。
あの人は一軒家に1人で住んでいる。
もともとは長瀬と長瀬の姉と、彼で住んでいた。
5年前長瀬の姉が死んで、去年長瀬がああなって、1人で住むようになった。
何回か遊びに行ったけれど、5年前から、彼の部屋は本当に物がない。
必要最低限の家具だけ。
それもパイプベッドだったり、金属製の棚だったり、無機質な物が多い。
長瀬の姉が生きていた頃はまだぬくもりがあるような物もあったのに。
─────────────── 処分してん。全部。
1度だけ、訊いたらそう返ってきた。
何故、とか、どうして、とか、訊けなかった。
そう訊いて、返ってくるだろう答えを聞きたくなかったから。
インターホンを鳴らす。
少ししても返事がなくて、扉をノックするがやはり返事はない。
ノブを捻るが、当然鍵はかかっている。
長瀬から預かっていた鍵を使って、扉を開けた。
「シゲ」
人の気配のない家の中。
俺の声だけが響く。
玄関には靴が1足。あの人が3日前に履いていたもの。
この家の中に茂はいる。
「上がるぞ」
一応声をかけた。
1歩踏み出した廊下がひどく冷たい。
整頓された室内。
冷蔵庫のモーター音がやけに響いている。
音が、ない。
じわじわと無音に脳が浸食されていく感覚。
あまりの静けさに時間が止まっているようだ。
息が、詰まる。
階段に足をかけた。ぎしりと悲鳴が上がる。
それに構わず足を進めた。
たかが十数段しかない階段なのに妙に長く感じる。
ギシギシと床が鳴る音が耳障りだ。
上りきる。
階段からすぐ右手の部屋。
きっちりと閉められているその扉のノブに手をかけた。
カチャリ、音がして、開いた扉の向こう。
──── あぁ
心のどこかが、ほら見ろと笑った気がした。
「・・・・・・・・・・・・・・・シゲ?」
鞄も上着も床に放り出して、最後にあった時の格好そのままの姿で、茂が倒れていた。
「おい」
ピクリとも動かない。
「シゲ、起きろよ」
揺さぶって声をかける。
仰向けにしようと力を入れたけれど、妙に重く感じた。
しっかりと閉じられた目。青白い顔。
怖くなって、少し笑いながら口元に顔を近づけて、
頭の中が真っ白になった。
頭の働きが回復する前に、携帯電話を取り出してナンバーを打っていた。
即繋がる電話。
相手がしゃべり出す前に俺は叫んでいた。
「助けてくれ!親友が息してないんだ!!」
電話の向こうが状況を確認してくるのに答えながら、茂の胸を殴る。
肩で携帯を支えて、いつだかにどっかで習った心臓マッサージを繰り返した。
こんな風に動ける自分に、頭の片隅で感心する。
今俺が体験してることが自分のことと思えない。
泣きそうになりながら必死で呼びかける自分が滑稽に思えた。
ほら見ろ。思った通りじゃないか。
いつか、こうなると思ってた。
小さく、本当に小さく、茂が空気を吸い込んだ時、遠くからサイレンの音が聞こえた。
何本もの管が繋がれた状態で運ばれていく姿を目だけで追いかけて、コンクリートの壁を殴りつけた。
人気のない廊下。
傍にあったソファに座り込む。
さっき、医者が言った言葉はもう、ほぼ死刑宣告。
『君が見つけたのは心停止してすぐだったんだろうけど、脳に酸素がいかない状態が少し長かった』
『脳へのダメージが大きい』
『もう、目覚めない可能性が高い』
太一が引き攣った笑みを浮かべた。
「ウソでしょ・・・・・・・・!?」
信じられない、と言うように。
「何で!?そんな様子、あの時はなかったじゃない!!」
泣きそうな顔で訊いてくる太一から、俺は目を逸らす。
松岡は言葉を失っていた。
つい昨日までこの状態だったのは長瀬の方だ。
意識もなく、繋がれた機械の手助けがあって、やっと生きてる。
「・・・・・・・・・・・・・」
松岡は何か言いたそうな顔をしたが、それを言葉にすることはなかった。
黙って茂の病室に入っていった。
「・・・・・・・・・・・・俺、帰る」
太一は真っ青な顔をして、扉に背を向ける。
引き止めることは出来なかった。
「俺ね、ぐっさん」
茂の状態を伝えると、少し間を置いて、長瀬は突然そう言った。
「リーダーには幸せになってもらいたかったんです」
長瀬は俺の顔は見なかった。
まっすぐ前、白い壁をじっと見つめて、言葉を続ける。
「ほら、俺、姉さん以外家族居なかったでしょ?
それが、姉さんとリーダーが結婚してさ、家族が増えたじゃないですか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺、すっごく嬉しかったんです」
懐かしそうに、長瀬は目を細める。
「姉さん、リーダーと結婚してから、ホントに幸せそうだった。
だってリーダー、姉さんのこと、本当に愛してくれてたもん。
血も繋がってないのに、俺のことも、本当に大切にしてくれて。本当の家族みたいに・・・・・・・・・」
声が震えた。
「だから、姉さんが死んだ時、すごく悲しかった。
唯一の家族だった姉さんがいなくなったのもそうだけど、・・・・・・・・・・リーダーが、姉さんの後を追おうとしてたから。
どんな言葉を伝えても、茂君はこっちを見てくれないから・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・あの事故は、本当に偶然だったけど、俺、茂君に死んでほしくなかった。
俺達姉弟に幸せをくれたあの人が、悲しんだまま死んでいくなんて、嫌だったんです」
長瀬は両手で顔を覆って、それを言った。
「だから俺はあの人の代わりに死んだはずだったんです」
「あの事故で死ぬはずだったのはリーダーだった。でも、俺はリーダーを死なせたくなかった。
・・・・・・・・・・・・・・だから、代わりに俺がいくから、リーダーを助けてって、お願いしたんです・・・・・・・・」
─────────────── 僕の代わりにアイツがいってもうた
昏睡状態から目覚めた時の茂の言葉。
何を馬鹿なことを言ってるのか。
そう言って取り合わなかったけれど、それは、本当だったのか。
「でも、リーダーは俺を迎えに来た。リーダーじゃ出来ないから、太一君まで呼んで・・・・・・・。
そうやって来れないはずの人を無理につれてきたから、俺の約束が切れてしまったんです。
・・・・・・・・・だから・・・・・・・・・・リーダーは・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
鼻をすする音が響く。
例えば、長瀬が言っていることが本当だったとして。
判ったことは唯一つだけ。
茂は戻ってこない。
それでも諦めきれないのは長瀬という前例があるからに違いない。
機械音と人工的な呼吸の音だけが響く病室で、その姿を見ていると泣きそうになった。
「・・・・・・・・・・・誕生日前に何やってんだよ」
届かないと解っていたけれど、言わずにはいられなかった。
長瀬の退院は17日に決まっていた。
茂の誕生日。
プレゼントにと買っておいた、あの人の好きな高価な酒はもう役に立たない。
瓶入りのそれを開けてコップに注いだ。
キツいアルコール臭が鼻に届く。
それを何かで割ることもなく、一気に呷った。
咽喉が灼ける感覚。
旦那を亡くしてアル中になる主婦の感覚はこんなもんだろうか。
何杯目かを飲み干して、突然眠気が身体を襲う。
けして心地よいとはいえない眠気に身を任せて、無理矢理意識を手放す。
こんなことをしても何にもならない。
現実逃避に過ぎないことは解っているのに、毎晩繰り返していた。
酒を呷って眠る。
だから、もしかしたら、それも悪酔いの末の幻覚だったのかもしれない。
茂の誕生日の前日、俺は、夢を見た。
気付いたら真っ白な世界にいた。
果てしなく白が続いて、何もない。
それなのに歩いていた。
しばらく行くと黒に近い灰色のラインが足下に引かれていた。
躊躇わずそれを踏み越える。
少し白が揺らいだ気がした。
そして視線を上げる。
さっきまでなかったのに、そこには椅子に座った人影があった。
見慣れた猫背気味の背中に脈が速くなる。
──── ・・・・・・・・・・・・シゲ?
小さく名前を口にすると、その人は驚いた顔をしてゆっくり振り返り、そして笑った。
──── ・・・・・・・・長瀬もこんな気分やったんかなぁ
──── 何、してんの・・・・・・・・・・
声が掠れた。
変わらない笑顔。夢だと判っていても信じられなかった。
──── 何で自分ここにおるん?
──── ・・・・・・・・・・・・・・・知らないよ どこだよ、ここ・・・・・・・・・
──── 長瀬がおったところ 本当は初めから僕がおらなあかんかったところ
──── 何だよ、それ
──── 罰やって
──── 何の
──── 彼女の後を追おうとした罰
──── ・・・・・・・・・・・・・・シゲ、俺、そういうこと、よく解んないけど、俺は、アナタに帰ってきてほしい
俺の言葉に、茂の表情が歪んだ。
「俺さ、本当は、アナタが彼女の後追うかもって思ってたんだ。
でも俺は何にも出来なかったね。止めることも、一緒に悲しんであげることも。
・・・・・・・・・・・こんな役立たずだけど、俺は、やっぱ、アナタがいないとダメだ。
俺だけじゃないよ。太一も、松岡も、長瀬だって、5人じゃないと、ダメなんだよ。
いつも一緒にいるわけじゃないし、遊びに行くわけでもない。
会わない時はぜんぜん会わないけど、それでも、俺達は、アナタという存在が必要なんだ。
だから、俺達は、・・・・・・・・・・俺は、アナタに帰ってきてもらいたいよ、シゲ」
それまでくぐもったように聞こえていた声が、鮮明に聞こえた。
こんなこと、現実じゃ絶対に言わないけど、でも、本心はそうなんだ。
恋人とか、家族とか、そういったものに対する感情とは違う、気持ち。
「・・・・・・・・・・・・無理、や」
「どうして」
悲しそうに呟いて彼に近付いて、俺はその手を掴んだ。
「だって、こんなに近くにいるのに」
「僕はあのラインは越えられない」
茂が指をさしたのは、さっき越えた消炭色のライン。
「やってみなきゃ判らない」
そう言って、俺は彼を引っ張った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理や、あかんて・・・・・・・・・・・・・・」
「無理じゃないよ」
今じゃなきゃダメだと思った。
茂の気持ちが揺らいでる。
今、連れ出さなきゃ
例えこれが夢だとしても、夢の中で出来なかったら、現実で出来るはずもない。
俺の足がラインを越えた。
茂が足を止める。
「行けん」
「行けないことない」
俺は、愚図る茂の腕を引っ張った。
「あっ」
そして。
ぱ き ん
何かが砕ける音がした。
「・・・・・・・・・・・え」
茂の足はラインを越えていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・ ───────── ?」
彼は突然振り返って、誰かの名前を呼ぶ。
『 し あ わ せ に な っ て 』
聞いたことのある声。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん・・・・・・・・」
茂が膝をついてそう呟いた。
ふわり。甘い匂いが微かに鼻に届く。
『 彼 を よ ろ し く ね 』
──────────── あぁ。
その声の主に思い当たる。
「わかってるよ」
俺の言葉に、声の主は笑ったような気がした。
妙にすっきりした気分で目覚めた。
時計を見ると、デジタルのそれは今日の日付と時間を示していた。
11月17日 10:30
もともと休みをもらっていたから、昼近くということに別に焦ることもないけれど、
今日退院の長瀬を迎えに行かなければならない。
のそりと起き上がって着替えて、11時ごろに家を出た。
妙にリアルな夢だった。
これで茂が目覚めたら奇跡だ。
そうなったら俺はあの人の命の恩人とやらになってしまうのだろうか。
「・・・・・・・・・・くだらねー」
その考えを笑い飛ばして車も飛ばす。
最後の声は、きっと長瀬の姉だ。
「・・・・・・・・よろしくって、保護者じゃあるまいし」
もし、本当に彼女だったとして、相変わらずな様子に俺は苦笑した。
彼女は生前、彼と結婚した理由を、放っておいたらどうなるか不安だから、だとか言っていたのだ。
平日ということもあって、道は空いていた。
予想よりも早くついたから、今日は誕生日だから、先に茂の元へ足を向けた。
集中治療室からは出たものの、やはり以前の長瀬と同じ状態。
意識はないだろうけれど、夢のことが思い出されて少し気恥ずかしくなる。
いくら夢の中だといっても、何とクサいことを言ったんだろう。
病室の扉を開ける。
相変わらずの音。機械の音しかしない室内に入った。
カーテンが開いていて、昼間の光が部屋の中を明るく照らしていた。
「よう」
答えは返ってこないけれど、声をかけた。
「夢の中にアナタが出てきたよ」
しっかりと閉じられた瞳に俺は話しかける。
「俺、アナタにすごいこと言っちまったよ。あれじゃあプロポーズだよな」
自分で言っておいて苦笑。
「でも何かすっきりした。言いたいこと言えたし。
最近、アル中並みに酒飲んでたけど、何か止めれそうだよ。
そうそう、今日は長瀬の退院だからさ、一応報告。
・・・・・・・・じゃあ・・・・・・・・また来るよ」
そうして、俺は背を向けた。
病室の扉に手をかける。
その時。
「・・・・・・・・・・・や・・・・・・・・・・・・・」
声がした。
咄嗟に振り返る。
その、視線の先。
「・・・・・・・・・・・・・・シ、ゲ・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クッサいこと・・・・・・・・言いよって・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・あんなこと・・・・・・・言われ・・・・・・・・・・たら・・・・・・・いけんやろ、が・・・・・・・・」
茂が、こっちを向いて、そう呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・嘘・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺は思わず持っていた車の鍵を落とした。
カシャンと小さく金属音が響く。
「・・・・・・・・・何や、それ・・・・・・・・せっかく戻ってきたっちゅーに・・・・・・・・・」
酸素マスクの向こうで、口が三日月を描いた。
薄茶色の目がうっそりと細められる。
「・・・・・・・・・・・・・っ!!」
俺はそのまま病室を出て、ナースステーションに飛び込んだ。
「茂が起きた!!」
そう叫んで、もう一度飛び出す。
ナースステーションが一瞬の間を置いて騒ぎ始めた。
そのまま喫煙室に向かい、そこで太一と松岡に電話をかける。
2人の携帯に留守電を残して、長瀬の病室に向かった。
途中、走らないでと注意されたけれど、そんなこと気にしてられなかった。
長瀬の病室 ────── 大部屋に移動していたのだけど ────── に飛び込むと、
いきなりのことに、退院の準備をしていた長瀬が面食らった顔をして俺を迎えた。
「茂が起きたんだよ!!!」
その言葉に、長瀬は一瞬呆けたが、すぐに顔をクシャクシャにして泣き始めた。
それからすぐに、太一と松岡がやってきた。
「ちょっと奇跡続きすぎじゃない?」
太一はそう皮肉ったが、少し涙ぐんでいた。
人工呼吸器が外された茂に、長瀬が抱きついて、泣いていた。
松岡は感極まって何も言えないようだ。
「シゲ」
泣きながら、ごめんなさいと良かったを繰り返す長瀬の背中をポンポンと叩く茂を俺は呼んだ。
「?」
首を傾げて、茂はこっちを向いた。
「おかえり」
ありがとう。
帰ってきてくれて。
「んで、誕生日おめでとう」
もう一度、生まれた君に、心から、お祝いの言葉を。
「・・・・・・・・ただいま。ありがとう」
気恥ずかしげに、茂はそう微笑んだ。
誕生日おめでとう
アナタが今、ここに生きていてくれることに、心から感謝したい
アナタがこの世に生を受けたこの日に、両手いっぱいの愛を込めて
Happy birthday, Shigeru !!
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36歳おめでとうございます!!
加齢臭がしてようが、腹がたるんできてようが、素敵なおっさんのアナタが大好きです。
ギター弾いているときとバラエティーの時の表情がまったく違うところも大好きです。
これからも、エロカッコいいギタリストとして、東京のおかんとして、素敵なおっちゃんでいてください。
どこまでもついていきます!
と、いうことで、ベイベ誕から続いてきたお話は完結です。
相変わらす祝ってませんけどね;
後半部分を数回書き直すという、超難産なお話でしたが、思った通りの仕上がりになったと思います。
ベイベ誕のスケイプゴゥトはそのままscapegoat(身代わり)という意味で。
レッドラム(redrum)はmurder(殺人)の逆読みで、殺さない、という意味があるそうなので。
何となく題から内容を想像された方もいらっしゃるかも知れないですね。
では今回もよろしければお持ち帰りください。
改めまして、おめでとうございます!!
2006/11/17
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