ごめんね
ごめんね
きっと、アナタがいきたかったよね
でもお願い
俺のサイゴのワガママを聞いて
俺は、アナタに幸せになってほしいんだ
俺は十分幸せだったから
だから、お願い
俺の分まで ────
【スケイプゴゥト】
白いカーテン、白い壁。
その部屋は時間が止まってる。
無機質に一定のリズムを刻む機械音だけが耳に響いて、頭がおかしくなりそうだ。
「ごめんな」
彼は絶対に、その言葉を口にする。
この部屋に来る度に、この部屋の主に向かって、謝罪の言葉を。
その言葉に返事が戻ることはない。
だって、部屋の主、つまり長瀬が目を覚まさなくなってから、もうすぐ1年が経とうとしてるんだから。
それは結構大きな事故だった。
トラックが歩道に突っ込んで炎上したのだ。
それに巻き込まれたのが長瀬とリーダーだった。
5人で飲みに行った帰り。
山口君と松岡が2人で先頭を行き、その後ろに俺、それより少し後ろをリーダーと長瀬の2人が歩いていた。
ほろ酔い気分で、松岡の冗談に爆笑していた時、後ろから甲高いブレーキ音がした。
振り返ると同時に空気がビリビリ震えるほどの衝突音と、一拍置いての爆音。
後ろにいたはずの2人がいないことに一番初めに気付いたのは山口君だった。
火を吹き始めたトラックに、山口君は側にあった消火器片手に走っていった。
その一方で松岡が救急車と消防車を呼んだ。
間もなく救急車も消防車も到着して、2人は助けられたけど、意識不明の重体。
そして、目を覚ましたのはリーダーだけだった。
「リーダー」
声をかけても振り返らない。
「行こう。もうすぐ約束の時間だから」
動こうとしない彼の腕を引っ張って病室を出る。リーダーは抵抗することなくついてきた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・なぁ」
病院から出た時、彼が口を開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・何であの子やったんやろ」
「・・・・・・・・・・理由もクソもないよ。アイツは打ち所が悪かった。それだけだ」
そう言って手を離す。
「アイツはアンタの代わりに死んだ訳じゃない」
「まだ死んでへん!」
「確かに身体は生きてるけど、意識はないだろ!
・・・・・・・っいつまでああやって無理矢理生かしておくつもりだよ!!そんなことしたって誰も喜ばない!!」
感情的に声を上げる。
リーダーはあからさまに俺から目をそらした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「え?」
リーダーが俯いて何か呟いたけど、何を言ったのかは判らなかった。
そのままリーダーは俺を置いて歩き出す。
少しして俺はその後を追った。
長瀬は、俺たちの中では一番年下で、実際に兄弟だったのはリーダーだけだったけど、
山口君も松岡も、俺も、みんなアイツを弟みたいに可愛がってた。
天真爛漫で、良い意味で自由で、まっすぐだったし、素直だった。
アイツに出会ったのは高校の頃だ。
俺が2年で、リーダーと山口君は3年だった。
その時、本当に同好会のレベルだったけど、3人でバンドを組んでた。
それに入ってきたのが1年の松岡と長瀬だったのだ。
声が通るからと長瀬をボーカルに置いて、たった1度、文化祭で歌った。
それだけなのに、妙に気が合って、未だに連絡を取り合ってた。
今だって、都合がつけば頻繁に会って酒を飲んだりしてる。
ただ、ここ1年は、長瀬がいないだけだ。
約束の店の暖簾をくぐる。
そこにはすでに山口君と松岡がいた。
「久しぶり」
焼酎片手に皿の肴をつまみながら、山口君がこちらに気付いた。
「遅かったね」
「病院寄ってきたから」
その言葉に松岡が納得したような顔をした。
「とにかく飲もうぜ」
俺とリーダーが席に着くと、山口君は生ビールを4つ注文する。
この1年で、4人での乾杯に慣れてしまった。
「もうすぐ長瀬の誕生日じゃん」
明後日だよね。
酒が回り始めた頃、松岡が言い出した。
「アイツ今あんな状態だけどさ、みんなで祝わない?」
「病院で?」
「ま、飾り付けておめでとうって言うくらいしかできないと思うけど」
「いいんじゃね?俺は賛成」
肩をすくめて笑う松岡に、山口君が手を挙げる。
「それくらいなら良いかもね」
俺が賛成の意を示すと、松岡がリーダーを見た。
「僕もええと思う。でも僕、その日出張でこっちにおらんねん。出資はするからやったってくれんかなぁ」
残念そうに笑う。
「じゃあやろう」
途端に空気が盛り上がる。
あれやこれや、盛大に祝う計画が少しずつ形を成していく。
この1年、沈みがちでこんなことした覚えがない。
これでリーダーが踏ん切りをつけてくれるかもしれない。
そんな事を考えていた。
長瀬を生かし続けてるのはリーダーの希望だ。
事故の後判ったことだけど、長瀬はドナーカードを持っていた。
でも、リーダーは絶対に首を縦に振らなかった。
長瀬には他に家族がいなかったから、リーダーが同意しなければどうしようもない。
だからそのまま、長瀬は病院にいるのだ。
「珍しいね」
帰り際、俺の言葉にリーダーは首を傾げた。
「何が?」
「毎年空けてたじゃない、長瀬の誕生日。どんなに忙しくても」
「今回はしゃあないねん。学会やし、僕の論文発表の席やから、欠席も出来ひんやろ」
「そうなんだ」
山口君と松岡は帰る方向が違うから、店を出ると同時に別れた。
俺も、駅まではリーダーと一緒だから、2人並んで歩いていく。
「・・・・・・・・・・・・・・・寂しいな」
ポツリ、リーダーが沈黙を破る。
「・・・・・・・・・僕はまた1人になってもうたんやな、て、こないだふと思ってん」
苦笑を浮かべながら、そう話し始めた。
きっと酔ってるんだろう。
こんな話をしだすことは滅多にないから。
「1人じゃないじゃん」
「でも家族はおらんやんか」
「そんなこと言ってたら、また山口君に怒られるよ」
「山口はここにおらんもん。おったらこんなこと言わへんて」
俺の言葉にクスクス笑う。
「怒らんといてな」
そう言ってから、リーダーは小さな声で、呟いた。
「・・・・・・・・・・代わりに僕がいきたかった」
「馬鹿なこと言わないでよ」
そう、思ってるんだろうって、ずっと判ってた。
それでも俺はその言葉を一蹴した。
「明後日、祝うんだから。当日に渡せなくても、プレゼント、用意しといてよ」
リーダーの背中をバンと叩く。
「しっかりしてよ。アンタが沈んでるとアイツも沈むんだよ」
意識がなくても変わらないんだから。
俺がそう言うと、リーダーは苦笑を浮かべた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・そやね。ちょっと落ち込んどったみたいや」
いつもと変わらない笑顔。
「学会、頑張ってきなよ。噛まないようにね」
皮肉を込めた言葉を送る。
「おん。せいぜい練習して行ってくるわ」
じゃあな。
そして、リーダーはそう言って手を振って、反対側の改札の向こうに消えていった。
それはいつもと変わらなかったはずなのに、少し何かが引っかかるような気がした。
誕生日当日は半日有給をもらった。
いきなりということもあって1日は休めなかったから。
まぁ、1日休んで何をするかというと、きっと午前中は寝てるだろうし。
3人で集まるのは昼過ぎだ。
前日、仕事帰りにプレゼントを見に行った。
服や靴を見たけれど、これが役立つ日が来るのか判らないと思うと買えなくて、すぐに店を出た。
そして何となく寄ったCDショップで、アイツが好きだと言っていたグループの新曲を見つけた。
─── 俺、この人たちの歌、好きなんですよ
そう言ってCDを貸してくれたときの笑顔が頭の中に思い出される。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
屈託のない笑顔で、どんなに下らない事でもアイツは笑ってた。
初めて出会った時も、遊び半分の練習の時もアイツは笑ってた。
というより感情表現が素直なんだと思う。
嬉しい時は笑って、悲しい時は泣いて、腹が立ったら怒って。
思わずそのCDを手に取って、レジに並んでいた。
意識がなくても、耳は働いてるんだから、聞くことは出来るだろう。
結局、リーダーだけじゃない。
みんな、アイツに戻ってきてほしいんだ。
その日の夜、夢を見た。
どこか知らないところ。
といってもこの地球上にそんなところはないだろうけど、真っ白な世界に俺はいた。
どれだけ歩いても、景色は全く変わらない。
それでも俺は歩いていた。
しばらくいくと、リーダーがいた。
何か言ってるみたいで、口は動いていたけれど、何を言ってるかはわからなかった。
声は、聞こえなかったから。
リーダーが指差す。
その先に、ポツリと影が見えた。
──────── 何?
そう訊くと、リーダーはにっこり笑って口を動かす。
『 ナ ガ セ 』
口の動きは、そう言っていた。
思わず、走り出していた。
影がどんどん近くなる。
それは、膝を抱えて座っていた。
近付くにつれて、姿がハッキリしてくる。
そして。
──────── 長瀬!!
俺は叫んだ。
それは頭を上げた。
驚きの表情を浮かべ、そして、泣きそうな顔をして、立ち上がった。
──────── 太一君!!
長瀬は嬉しそうな、でもどこか悲しそうな顔をして俺の名前を呼んだ。
──────── どうして此処にいるの!?此処は太一君は来れないんだよ?
──────── 知らないよ。リーダーが教えてくれたんだ。
──────── リーダーが?
──────── そう。お前こそこんなところで何してんだよ。帰るぞ。みんな待ってる。
そう言って、俺が手を差し出すと、長瀬は俯いた。
──────── ・・・・・・・・・俺は此処から動けないよ。
──────── 何でだよ。
──────── そういう約束だから。
──────── でもお前、そこに縛られてるわけじゃないじゃん。行けるよ。
躊躇っている様子の長瀬の腕を、俺は掴んだ。
──────── 行くぞ。
長瀬は小さく声を上げたけれど、特に何の問題も無く、そこから動き出した。
──────── ・・・・・・・・・何で?
不思議そうな声を出した長瀬に、俺は振り返って言った。
「みんなお前に戻ってきて欲しいんだよ」
そこで、夢は終わった。
当日は雨だった。
朝からシトシト降り続いていた。
我ながらクサいと思ったけれど、空が泣いてるみたい。
半日有給のツケで仕事に追われながら、どんよりとした空を眺めてそう思った。
昼少し前から携帯が頻繁に鳴っていたけれど、忙しくて出ることが出来なかった。
会社を出て、ようやく気付いた。
山口君と松岡から。
かけ直そうと思った時、ちょうどかかってきた。
「はいはい」
電話に出ようとした時。
『 じ ゃ あ な 』
不意に声が聞こえた気がした。
「?」
受話ボタンを押しながら振り返る。
そこには誰もいなかった。
「もしもし。どした?」
気のせいかと思い、そのまま電話に出る。
『もしもし!?太一君!?』
電話の向こうから慌てた様子の松岡の声が聞こえてきた。
「俺だけど、どうしたんだよ」
『早く病院来て!!』
「は?何で?」
『長瀬が・・・・・・・・!!』
松岡が言ったその次の言葉に、俺は返事をせずに電話を切り、病院に向かって走り出した。
病院の入り口。
ガラスの自動ドアをくぐり抜けて、エレベーターに乗り込む。
病室の階を押すと、ゆっくりと箱は動き出した。
階段の方が早かったかもしれない。
じりじりと心の隅っこが焦げるような感覚。意味もなく焦っていた。
浮き上がるような感覚と共に電子音。
ゆっくり開く扉をこじ開けるようにしてエレベーターから降りた。
走らないように、けれど早足に病室に向かう。
ナースセンターの看護士に頭を下げると、早く行ってあげてください、と言われた。
病室の前に背の高い人影。
「松岡っ」
「太一君!!」
小走りにこちらにやってきて、松岡は俺の手を掴んで引っ張る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホントなのかよ」
「自分の目で確認してよ」
俺信じらんないよ。
そう呟き、扉を開けた。
「・・・・・・・・・・・・・太一君?」
ベッドの上。
何度呼びかけても答えのなかった長瀬が、座っていて、こっちを見て、俺の名前を呼んだ。
「・・・・・・・・・・・・長瀬」
「太一君、久しぶり」
ニカっと、前と変わらない笑顔で、笑った。
一番初めに気付いたのは松岡だったそうだ。
アイツはたまたま仕事が休みで、少し騒がしくなるからと、許可をもらいに早めに来たらしい。
看護士としばらく雑談をして、病室に行ったら、長瀬が名前を呼んだ。
それで慌てて俺と山口君に連絡をしたらしい。
突然のことに医者も困惑していたそうだ。
とりあえず簡単に検査をしたらしいが、どこにも異常は見つからなかった。
奇跡としか言いようがない、と医者は首を捻っていた。
本人も混乱してるだろうからと、精密検査は明日に延期された。
「これ」
俺は買ったCDを差し出した。
それを受け取って、長瀬は嬉しそうな、けれど不思議そうな表情を浮かべた。
「今日はお前の誕生日だからな」
「すげぇよ、お前。誕生日に目覚めるなんて」
山口君がそう言って、長瀬の頭をかき回した。
「わっ」
「リーダーは今はいないけど」
松岡が俺と山口君にクラッカーを渡して笑った。
「「「おめでとう、長瀬!!!」」」
ぱぁんっ、と軽い破裂音をさせて、紙テープが宙を舞う。
紙吹雪がヒラヒラと落ちていく。
「お帰り」
そう言って笑うと、長瀬は本当に嬉しそうに笑った。
それを反映したように、さっきまでの雨も止んでいて、垂れ込めた雲の隙間から爽やかな蒼が覗いていた。
おかえり
そして、おめでとう
君を、みんなが待ってた
誕生日おめでとう
君がここにいることに、心から、感謝しよう
Happy birthday, Tomoya !!
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28歳おめでとうございます!!
ゴリラと言われながらも可愛らしい末っ子気質で、これからも天真爛漫でいてください。
と、まぁ、祝ってんだか祝ってないんだかわからないんですけど、実は続いてます、これ。
(実は、といいつつ、バレバレですよね)
一応17日のリーダー誕生日に続く(つもりの)お話です。
というか、小説の書き方が判らなくなって、散文化してますね・・・・;;
よろしければお持ち帰りください。
改めまして、おめでとうございます!!
2006/11/07
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