screening game








気付いたら、小さな部屋の中にいた。
「・・・・・・何や、これ」
小さく呟いて周りを見回す。
その部屋の造りも内装も中世ヨーロッパ風。 ただし窓はなく、扉は1つしかない。
暖炉には火が灯り、彼はアンティークと思われるソファに腰掛けていた。
その横のソファには顔見知り。
「山口、山口」
その人を揺さぶって名を呼ぶと、その眉間にシワが寄った。
「ん・・・・・・・・あ・・・・・・・・?・・・・・・・茂くん?」
「よかったぁ」
まだ眠たそうではあったが、山口は目を開いた。
「・・・・何。ここどこ?」
「知らんがな。僕もさっき気付いたとこやもん」
山口の問に城島は肩を竦める。
「なんか薄暗いな」
部屋を見て回ろうと思ったのか、山口が立ち上がった時、唯一の扉が音を立てた。
「はぁ〜い、ど〜も〜」
場違いな明るい声とともに入ってきたのは物語に出てきそうな黒いローブを着た男達。
3人ともフードは被っておらず、顔を曝け出していた。
1人は何故か楽しげに笑っていて、1人は人の良さそうな笑顔で、もう1人は無愛想だが背は高くモデルのよう。
城島と山口が、その明るい声に呆気にとられて見ていると、3人は空いているソファに腰掛けた。
「どうも。初めまして、城島茂さん、山口達也さん」
「ようこそ、『スクリーニングゲーム』へ」
「ワタクシが審判を勤めさせていただきます、ウェルです」
楽しげな男が笑顔で名乗る。
「同じく俺はブロードで、こっちがヒール」
人の良さそうな笑顔を浮かべていた方も名乗り、無愛想な方はその紹介に合わせて軽く頭を下げた。
「・・・・・・・へぇ」
「何ですか、これは。ドッキリですか?」
山口が胡乱気に返答し、城島が笑顔で訊いた。
「いいえ。ドッキリじゃありません。ちなみに夢でもないですからねっ」
何が楽しいのか、ウェルと名乗った楽しげな男が楽しそうにそれに答える。
「やったら、そのスク・・・・・何とかゲームって何やの」
「スクリーニングゲーム。簡単なゲームです」
無愛想なヒールが初めて口を開いた。
「ここには、この部屋の他に9つの部屋があります。その部屋それぞれに異なったトラップが仕掛けてあります」
「罠・・・やね?」
「そうですね。それをクリアすればその次の部屋に進むことができます」
「・・・・・・・全部クリアすれば、ゲームセット、ってことか」
「その通り!貴方達がそのプレイヤーなんです!」
ウェルが妙なハイテンションで話を引き継いだ。
「では、改めて説明を」
「これから貴方達2人には9つ全ての部屋を回ってもらいます」
「それぞれの部屋にあるトラップ全てをクリアすればゲームは終了し、貴方達は元の世界に戻れます」
「そこでゲームオーバー、つまり死んだ場合、そのまま我々が常世へご案内いたします」
にっこりと、3人は微笑む。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ルールは解った。で、まず訊きたいんやけど」
「はい。何なりと」
「ここどこ?」
「では天井をご覧ください」
ブロードの言葉にヒールが指を鳴らした。
2人が上を見ると、そこに広がっていたのは、よく見る航空写真。
「え・・・・・・・・?」
「お解りいただけました?」
ウェルがにっこりと笑う。
「ここは実際の世界の鏡像の世界です。空に鏡を置いて、それに写った世界だと考えてください」
「つまり、この世とあの世の境界です」
「・・・・・・・・・まぁ、これで我々の正体はお解りですよね、城島さん」
ヒールが口の端を持ち上げて、言った。
「他にご質問は?」
「・・・・・・訊く必要もねぇな」
今まで黙っていた山口が呟いた。
「何故です?山口さん」
「俺もシゲも参加しねぇってこと。こんなふざけたゲームに参加できるか」
ソファに踏ん反り返り、幾分か怒りを込めた口調で山口は言う。
「その通りやね。はよ元の世界に帰してや。僕ら待っとるヤツラがおんねん」
城島も山口の言葉に便乗して参加を拒否した。
「へぇ〜。その待ち人って、こんな方々ですかね?」
ニヤリ笑ったウェルが指を鳴らすと、2人の正面の壁が波打った。
そしてそこに映し出されたのは、ここと似たような造りの部屋。
「・・・・・・っ!!!長瀬!!?」
「太一!!!松岡も!!!?」
映ったのは2人を待っているはずの人物。
何が何だか判らない、といった様子で部屋の中をウロウロしていた。
「何で!!!?」
「いわゆる人質ってやつですね」
動揺する城島と山口の様子を見て、ブロードが笑った。
「いるんですよね、参加拒否する人。俺達は参加の是非を訊いてるんじゃなくて参加する前提で話してるんですよ」
「ちゃんとゲームに参加するようにこういった制度が取られているんですが。
 それでも参加しない、と言うなら、貴方達の代わりに彼らを常世にお連れしますよ?」
たちどころに2人の顔に怒りが浮かんでいくのを見て、楽しげにウェルが言った。
「貴方達が大人しく参加すれば、ゲームが終了した時点で彼らは元の世界に戻っていただきます」
ヒールの言葉に、今にも掴みかかろうとしていた山口を抑えて城島が口を開く。
「それは、ホンマやな?」
「えぇ。この身に誓ってそれは約束いたしましょう」
「こちらとしては貴方達お二方に参加していただければそれで良いんですから」
ブロードの笑顔に、城島は眉間にシワを寄せた。
「・・・・・正直腹立つけど、参加したるわ」
「・・・・・・・・・」
城島の言葉を受けて、山口が舌打ちして顔を背ける。
「では、審判兼監視ということで、城島さんにはブロードが、山口さんにはヒールが担当させていただき、
 俺は人質3人の監視役とさせていただきます」
「その都度、質問があれば我々がお答えしますので、何でもお訊きください」
ウェルがそう進行し、ブロードが微笑んだ。
「それでは、スクリーニングゲームを始めましょう」






















「ふざけんなよ!!!何で音声だけなんだよ!!!!!!!!!」
聞こえてくる知り合いの悲鳴のような声に、長瀬は声を上げた。
「『何で』もなにも、そういうルールなんだから、仕方ないでしょぉ」
ゲーム開始とともに怒り爆発な人質その1に、ウェルはかなりウンザリしていた。
「ああ、もう、長瀬!!そんな事に文句つけても仕方ねぇだろ!!!」
今にも殴りかかっていきそうな長瀬を、さっきからずっと抑えているのは松岡だ。
「だって、マボ!!声だけじゃ、リーダーとぐっさんが無事かどうかも判んないんですよ!!!」
「それはそうだけど、ここから出れない以上、俺らには何も出来ねぇんだよ!!!」
もうすでに何十回と繰り返されたやり取り。
心配が絶頂に達していた松岡はキレた。
「何遍言えば解るんだよ!!このアホ!!!心配してんのはお前だけじゃねぇんだよ!!!」
「じゃあ何でマボはそんなに落ち着いてられるの!!」
「俺だって心ぱ」
「松岡、長瀬。ちょっと黙れよ」
2人の口論を、静かに、太一が遮った。
「「でも・・・!!!」」
「リーダーと山口君の声が聞こえないだろ」
「「・・・・・・・・」」
怒るでもなく、事実だけを言った太一の言葉に、2人は大人しくソファに座る。
「いやー、さすが国分さん。落ち着」
「お前も」
嬉しげに、そして親しげに話し出したウェルを太一は睨みつけた。
「黙れ」
「・・・・・・ハイ」
その気迫に負けて、ウェルは口を閉じる。
(おっかねー・・・。人間ってこんなに怖かったっけ・・・)
こっそり肩を竦めながら、心の中で呟く。
(言わなくて正解だったかも)
彼にしか見えないゲームフィールドの様子を覗きながら、ため息をついた。
(元の世界に戻れるのはどっちか1人だけだ、って)


















何とかトラップをクリアした2人は、ふらふらながらも、次へと続く扉を開いた。
「・・・・・・・・なぁ、達也ぁ」
「・・・・・・・・・・何?シゲ」
「・・・・・・・・これ何個目?」
「・・・・・・・・・4つ目?」
「・・・・僕もうあかんかも」
ぐったりした口調で、城島は呟いた。
「・・・・・・・・・・・・そんなこと言わないでよ」
そうして辿り着いたのは第4の部屋。
飾りも何もない、妙に天井が高い部屋で、そもそも入り口以外の出口がない。
「・・・・・・・・何だよ、この部屋」
「さぁ、第4の部屋です。2人とも、上の方をご覧ください」
ブロードの声とともに、2人は頭を上げた。
視線の先、遥か頭上には扉があると思われる凹みが見える。
「あそこが出口です」
「はぁ!?」
「壁登れってか!!?」
「いいえ」
驚きの声を上げる2人に、ヒールが冷めた様子で言う。
「じゃあどうするんだよ」
「始めれば判りますよ。では、スタート!!!」
ブロードの掛け声とともに天井がぱかっと開いた。
そして。
「伏せろぉぉおお!!!!」
山口がそう叫んで横にいた城島を突き飛ばし、無理矢理伏せさせる。
それとほぼ同時ぐらいに、開いた天井から大量の水が落ちてきた。
「シゲ!!!」
直前、山口は城島の腕を掴む。轟音とともに2人は水に飲み込まれた。






「決着つくかな?」
どこか楽しげに、ブロードがヒールに訊いた。
「・・・・・さぁな」
興味無さ気にヒールは答える。その視線は足元の水に注がれていた。
「何でそんな不貞腐れた顔するんだよ。仕事でしょ?」
「うっせ。この顔は地顔だ」
ヒールが眉間にシワを寄せた瞬間、水面に2つ、影が現れた。
「ぷはっ!!」
息を乱して山口が頭を出し、同時に城島を浮かび上がらせる。
「シゲ、無事?」
ゲホゲホとむせ返る城島を気遣いながら、山口は宙に浮いてこちらを見ていた2人を睨みつけた。
「いきなり何すんだ!!こっちは聞いてねぇぞ!!」
「これもトラップの一端だから、言えるわけないでしょ」
「・・・・・・・・ゲームが終わったらマジで殺してやる、この色白め・・・・・・・」
低い声で呟いて、近くにあった例の凹みに泳いでいく。
ぐったりしている城島を引き上げて、一息ついた。
「シゲ、シゲ、起きて・・・・。大丈夫?」
「・・・・・・・何とか・・・・・・・」
大きく息をつきながら城島が答える。
「・・・・・良かった・・・・・・・・。あぁ、でも扉があるぜ。ここも俺らの勝ちだ・・・・・・」
まだ壁にもたれている城島を置いて、傍にあった扉に手をかける。
そして。
「・・・・・・・・・あれ・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・?・・・・・・・・・どうしたん?」
「・・・・・・・・開かねぇ」
山口が力いっぱい押したり引いたりしているが、扉はビクともしない。
「・・・・・・スライド式とか?」
「・・・・・・や、そうでもないみたい」
体当たりで壊そうにも、頑丈すぎてぶつかった箇所の方が痛い。
「おい!!!どういうことだよ!!!!!」
半ギレ状態で山口が怒鳴る。
監視員の2人が呼ばれてようやく動き出した。
「さっきの注水はデモンストレーションだったわけですよ」
ブロードがやはり笑いながら言った。
「ちょっと底の方見てもらえます?さっきまで床だったとこですね」
ブロードが水中を覗き込んで指差す。2人が訝しげにその先に視線を移した。
揺らめく水面のその向こうに、小さなレバーのようなものが見える。
「見えました?アレがドアを開けるレバーです。アレを引いている間、扉が開きます」
そう言って、ニヤリ笑った。
「・・・・・・・・・どっちか1人は出られへんってことか」
少し間があって、城島が呟く。
「理解が早いですね、城島さん。その通りです」
それに答えてヒールが言った。
「あえて言いませんでしたけど、このゲームではどちらか1人しか元の世界に帰れません。
 帰れるのが勝者。敗者はもちろん、そのまま死ぬということになりますね」
「・・・・・・・なんでそれ黙っとった」
『言ったら2人とも死のうとするでしょ?それじゃ困るんですよ』
絶句する山口と対照的に怒りを露わにする城島を、ブロードは笑った。
その声は、直接頭に響き渡る。
『例えば、そこの山口さん。・・・・・・・・・・判るでしょう?』
だから今アナタだけに聞こえるようにしてるんですけどね、と付け加える。
城島の顔が凶悪なものに変わる。それを見ていた山口が不安げに覗き込んできた。
「茂くん?」
「・・・・・・・何でもあらへんよ」
もう一度ブロードを睨みつけて、城島は視線をそらす。
「僕が扉を開ける。山口は元の世界に帰れ」
そして、山口に言った。
「なっ・・・・何言ってんの!!アナタ、カナズチで泳ぐこともままならないのに、潜れるわけないでしょ!!」
「せやかてどっちかが行かんと開けられへんやろ!!僕はお前に死んでほしないねん!!」
どうしようもできないイライラに任せて城島は声を荒げる。その言葉に山口が真っ赤になった。
「っざけんな!!」
城島の胸倉を掴む。
「俺だってアンタが死ぬのはクソ喰らえだ!!俺1人で生きてどうしろってんだよ!!アンタが生きろ!!」
そのまま城島を扉の方に投げ、山口は水に飛び込んだ。
「っ達也ぁ!!!!」
慌てて水面を見るが、すでに手の届かないところに潜っていってしまっていた。
「・・・・・・っ・・・・・・僕1人でどないせぇっちゅうねん・・・・・・・・」
呆然と水面を眺める城島の後ろで、笑い声が聞こえた。
「良かったじゃないですか」
振り返った先には満面の笑み。ヒールの姿はそこにない。
「元の世界へ帰れるんですよ?・・・・・・・・彼の犠牲のお陰でね」
「・・・・・・・・っ!!!!」
次の瞬間、ブロードは吹っ飛んだ。
「ふざけんなや!!!オマエが唆したんやろぉがぁ!!!!」
ブロードを殴った右手を震わせて叫ぶ。
「残念ながら、俺は彼には何も言ってないよ。言ったのはヒールだ」
「どっちも変わらんわ!!!」
城島がもう一度殴りかかろうとした瞬間、ゆっくりと、扉が開いた。
「・・・・ほら。開きましたよ、扉」
「・・・・・・・っ・・・・・・・・」
「行かないの?閉まっちゃうよ?」
楽しそうに笑いながら、ブロードが扉を指差した。
「・・・・・・・・・・・」
「せっかく山口さんが開けてくれたのに?」
「・・・・・・・・・・・」

―――――― アンタが生きろ

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ゆっくりと、城島は扉に向き直った。
しばらく見つめて、少しずつ閉まり始めるそれに向かって足を進める。
「・・・・・・・それでいいんですよ」
扉に手をかけた城島に向かって、ブロードは満足そうに呟いた。
























もう息が続かない。

あの人は扉の向こうに出て行っただろう、そう踏んで、山口はレバーから手を放した。

息を吐く。
体が浮上し始める。
視線の先には青く揺らめく水面。それが少しづつ近付いてきた。

これで終わりか、とぼんやり思った。




まぁ、あの人とあいつらが助かるならいいか。




そう思いながら、水面に顔を出す。
彼の上、少し離れたところに驚いた表情を浮かべてヒールが浮いていた。
しかし、その視線は彼を見ていなかった。
(おいおい、俺の担当なら見てろっての)
ちょっと呆れ返りながらその視線の先を見る。
そして、驚いた。
「シっ・・・・・・・・・シゲ!!!?」
その視線の先、彼が開けて、彼の人が通り過ぎ、そして閉まったと思っていた扉はまだ開いていた。
それだけではなく、閉まろうとしている扉を支えているのは、行ったと思っていた城島だった。
「何やってんだよ!!!!!」
その場で思わず声を上げる。
すると、気付いた城島から怒声が飛んできた。
「何やっとんねん、達也ぁ!!!!はよせんかいボケェ!!!肉体労働はお前の仕事やろ!!!!!!」
その怒号につられて山口が慌てて扉に向かって泳ぎ出す。
岸に着いたと同時に急いで扉のそばに走りこみ、タックルの要領で城島ともども扉の向こうに突撃した。
城島が手を離した途端に扉が閉まり始める。
閉まっていく扉の隙間から、城島が笑顔で立てた親指を下に向けた。

そして、扉は完全に、第4の部屋とその向こうを、分けた。












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