まさにトドメを刺そうとしたとき、パキンっと軽い音を立てて、持っていた得物が姿を消した。
「・・・・・・・・・。うっそぉ!!!?」
目の前には巨大な爪。
頭の中を走馬燈のように思い出が走り抜けた。
「シゲルくん!!!!」
ぼろぼろの姿に真っ青な顔色でマツオカが走ってきた。
「どないしたん、そんなぼろぼろで。大熊獅子くらい軽いもんやろ?」
ほえほえとジョウシマは首を傾げる。
マツオカの後ろから現れたやはりぼろぼろのタイチがぽつり、軽くないよと呟いた。
確かに大熊獅子は象級の巨大なパンダではあるが、爪が鋭く、かなりの手練でも倒すのは難しい。
「そんなんじゃないよっ!!メトシュラング壊れた!!」
「なにぃ!!!?」
マツオカの言葉に、俄かジョウシマの表情が変わった。
「見せてみぃ!!何でボクの最高傑作が壊れんねん!!」
「知らないよっ!!突然消えて、見たら切れてたんだから」
そう言って彼が常日頃から身に着けていた銀のブレスレットを突き出す。
それはマツオカが愛用していた、ジョウシマからもらったちょっと変わったタウ。
一部分が欠け、輪ではなく一本の鎖のようになっていた。
「ぬあぁ!!ホンマやん!!」
「何かパキンって音してたよね」
動揺して騒ぎまくるジョウシマの横からタイチが覗き込む。
「そうそう。最近調子悪かったし」
呼び出しがスムーズに行かなかったり、しっくりこなかったり、
と、動揺するジョウシマを見て何となく落ち着いたマツオカが独り言ちた。
「・・・・・・・・・・・・調子悪かったん?」
「うん」
「・・・・・・・・・もう限界かぁ・・・・・・・・・」
悲しそうに、ぽつり呟く。
「直らない?」
「あんなぁ、マツオカ。これ直したい?」
神妙な顔でジョウシマが問い返した。
「直したいけど・・・・・・」
「やったらな・・・・・・・・・」
「シゲル君なんて大っ嫌いだぁぁああ!!!!!!」
光速にも勝る勢いで愛用していたタウの残骸をジョウシマから奪い取り、
その額に的確に叩きつけたマツオカはどこかに走り去った。
「・・・・・・・・・マツオカからかって楽しい?」
「おん」
最上級の笑顔で頷くジョウシマにタイチはため息をつく。
「てかあんなん信じるなんて思わんやん」
「マツオカはタウに関しては素人なんだから解るわけないじゃん」
「やって、普通おかしいと思わん?たかだかタウ直すのに、
浮遊大陸ジパングの一番高い塔のてっぺんにある宝玉が必要だ、なんてありえるわけないやん」
そんな大陸こっちが見たいわ、とぶちぶち言う。
壊されたのに腹が立ったらしい。
(この人ホント腹黒いよなぁ)
マツオカが走り去った方を眺めながら、タイチはぼんやりと傷つきやすい弟分を哀れんだ。
「壊れたっちゅーことで、直さなあかんねんけど」
傍にある岩に腰掛けてジョウシマが言う。
その正面、ちょうどだん吉の車体で出来た影で、だん吉に寄り添う形でマツオカが体操座りの姿勢で落ち込んでいた。
「もういいよ・・・・・・・・・そんなとこにあるモノ使って直さなきゃなんないんならいらねぇ・・・・・・・・・」
「何言ってんだよお前。タウ直すのにそんなもん要るわきゃねぇだろ」
ヤマグチが不思議な顔してマツオカの傍に行く。
周囲には巨大な岩がゴロゴロと転がっていて、砂漠の中ではあるが日陰が多い。
どうやらこの場で夜明かしすることに決めたらしい。
だん吉の後部とつなぐような形でタイチとナガセがテントを張っていた。
「ウソっ!?だってシゲル君がっ!!」
「あのな、そんな浮遊大陸なんて存在しねぇって」
衝撃を受けるマツオカを楽しげに見つめるジョウシマに視線を遣り、マツオカの肩を叩いた。
「こんな事で落ち込んでたら、シゲとはやってけねぇぞ?俺はこの人と4、5年一緒にいるから解るけど、
この人、半分は優しさだけど、もう半分は腹黒さで出来てるんだからな」
「それどういう慰め方やねん」
「事実を言ったまででしょ」
砂漠のど真ん中で、すでに言葉でしか残ってないはずのブリザードを感じて、マツオカはショックから立ち直った。
「え、じゃあ直るの?」
「直るで。元は単なる刺青やから、刺青に戻して壊れた箇所刺し直せば元に戻るんよ」
「よかったぁ〜」
マツオカはほっとした表情を浮かべるが、少し間を置いて固まった。
「・・・・・・刺青・・・・・・?」
「?せやけど?」
「刺青はダメ!!」
「何でやねん」
「語ると長くなるからあえて言わないけど、刺青だけはダメなのよ!!」
少し後ずさりながら手と首を振り、はっきりと拒否した。
「やったら100字以内に要約してダメな理由話してぇな」
マツオカの手をとって傍に引き寄せ、自分の真ん前に座らせてジョウシマが笑う。
「え?えー・・・・・・・・・」
律儀にも、突然出された条件に合うような文章を考え始めるマツオカ。
こういうところ妙に素直なんだよな、コイツ
ヤマグチがそんなことを考えているうちに、こっそりジョウシマはマツオカの左腕をとった。
そして、反対の手でブレスレットの残骸を握り締めて、その左腕の上にかざす。
次の瞬間、マツオカの左腕、手首から肘の辺りまで、濃紺の紋様が広がった。
「えっと、シゲル君に出会・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
ぎゃぁぁぁぁああ!!!!? 何してんのコレぇ!!!!?」
ようやく気付いたマツオカが真っ青になって叫びをあげる。
「どうしたんすかー?」
テントを張り終わったのか、だん吉の影からひょっこりナガセが顔を出した。
そして、その後ろからタイチも現れる。
「わぁー!!マボ何それ!!かっけー!!!!」
「それもしかしてタウ!?」
凸凹コンビはそれぞれ違う意味で目を輝かせてマツオカに走り寄る。
「すごいすごい!!これシゲル君がやったの!!?」
「せやでー」
「これタウでしょ!!?しかも例のアクセサリーになるやつでしょ!!?見たい見たい!!!」
実はタウ技師でもあるタイチが特に目を輝かせていた。
ショックを受けているマツオカの腕を掴んで、眺めている。
「な・・・・な・・・・・・」
マツオカは言葉をなくして突如現れた我が腕の刺青を見つめる。
「大丈夫やで、マツオカ」
「だっ・・・・・大丈夫じゃないよ!!!明らかに大丈夫じゃないでしょ!!!俺は刺青入れたくなかったの!!
解る!!?今どうやって瞬時にこんな刺青入れたか知らないけど、俺はダメって言ったじゃん!!」
半泣きで抗議するマツオカをよそに、タイチに説明しながら着々と準備を進めるジョウシマ。
「ちょっと、聞いてんの!!!?」
「ん?何やった?」
「聞いてないのかよ!!もういいよ!!壊れたままでいいからこの刺青消してよ!!」
「あかんねん!!」
マツオカの言葉にジョウシマが声を上げた。
「・・・・・・・・・・へ・・・・・・・・・」
「その刺青はボクがマツオカのためだけにデザインしたんやで!?
確かに今までのコレはボク自身に刺青入れて創ったやつやけど、やからこそ壊れたんや!!
コレを完成させるにはマツオカに刺青入れて取り出さなあかんねん!!」
マツオカの両手をしかと握ってジョウシマは力説した。
「・・・・・・・・そうなの・・・・・・・?」
「せやで。やから、ええよな?」
「・・・・・・う・・・・・・・・・うん・・・・・・・?」
「お、勢いに負けて頷きましたマツオカ選手」
「アレは意味解ってねぇな」
傍で見ていたヤマグチとタイチが解説しながらやり取りを眺めていた。
「あれが通じるのはマツオカだけだよね」
「素直だってことだろ。いいことじゃん」
「タイチー、手伝ってやー」
「えー?俺高いよ?」
ジョウシマの呼びかけにタイチがその場を離れる。
「タウ刺しねぇ。久々に見るな」
クスクス笑いながらテントの中に入っていく3人を見遣った。
「どうしたんすか?ぐっさん」
「んー?タウを入れんのって、メッチャ痛いんだぜ」
「マジっすか!!?」
「マジ。願わくば俺はもう嫌だね」
ナガセが顔をしかめ、ヤマグチが手を合わせて何かを呟く。
それから少しして、マツオカの絶叫が砂の海原に吸い込まれた。
「・・・・・・・・・・あんなに痛いなんて聞いてない・・・・・・・・・」
「やってゆうてへんもん」
いまだ目を潤ませながら不貞腐れるマツオカに、けろりジョウシマが言い放つ。
「ええやん。これからは壊れへんで、それ」
ジョウシマの指差す先には、以前とは多少デザインの異なった銀のブレスレット。
「もう絶対壊さねぇよ」
「それはありがたいこっちゃ」
マツオカがぶすっと言う。その様子にジョウシマは笑った。
「・・・・・・・・あんたにもらったもんだから」
「ん?」
「何でもねぇよ!!」
最後の言葉が聞こえなくて聞き直したジョウシマに、松岡は突っ慳貪に返す。
そうしてジョウシマに背を向けて、日陰で剣術練習をしているタイチとナガセの方に走っていった。
「素直じゃないねぇ」
「ホンマになぁ」
代わりに現れたのはヤマグチ。
「それがおもろいんやけどな」
「アナタも人が悪いねぇ。やっぱ半分は腹黒さでできてるね」
「そういうお前も半分は腹黒さで出来とるやん。激痛を伴うこと教えてやらんかったんやろ?」
「まぁね。でもワザとじゃねぇよ」
クスクス笑いながらジョウシマの横に腰を下ろした。
「期待通り?」
「せやね」
ヤマグチの問いに、満足そうに微笑む。
「ボクの期待通りええ子に育ったわ」
「そういうところが腹黒いんだって。じゃあ、賭けには勝ったの?」
「そうなるねぇ。ボクの勝ちや」
ザマーミロ、マサユキ
ワザと汚い言葉を使って、楽しそうにジョウシマが笑った。
「可哀想に。手加減してやりなよ」
「ライオンはウサギを捕まえるのにも命懸けるんやで。弟やからって手加減できへんわ」
2人で笑いながら、走り回る3人に目を遣る。
「元気やね」
「元気だねぇ」
「ハプニングだらけの人生で楽しいわ」
「それ同感」
そんなジジクサイ言葉達は、タイチとナガセとマツオカが起こした爆音の中に消えていった。
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紫氏イジメは読んでて楽しいですが、書くのは難しいですね。
まだまだ隠しておきたいことを少しずつほのめかしていくのも難しいです。
ていうかこのシリーズ、毎回爆発で終わってる気がする。
2006/05/06
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