この砂の海では、昔で言う季節の変わり目に雨が降る。
雨は生き物に恵みを与えることなく、大地を侵して約1週間降り続く。
直に触れれば皮膚は爛れ、金属やコンクリートさえ溶かしてしまうそれは酸の雨。
父親曰く、前時代の人々が起こした数え切れないほどの世界大戦の後遺症だそうだ。
とにかく、そういったこととか自然の摂理とか、いろんな事を教えてくれた父親は、1週間前にあっさりと死んでしまった。
ミサイル一発。遺品なんてとんでもない。骨さえも残らず吹っ飛んでしまったのだから。
何とか逃げ延びた大人が言うには、議会の領地だったこのオアシスを軍が侵略したらしい。
それ以上の詳しいことは分からない。
もっと他に理由はあるんだろうけど、秘密主義の軍や議会が公表するはずもない、とのこと。
とにかく、それで俺が住んでいたオアシスは廃墟になってしまった。
それを教えてくれたおっさんもつい2、3日前に死んでしまった。
何とか生きてるのは俺と幼馴染だけ。
他のガキや大人なんて、もう生きてはいないだろう。
「なぁ」
「何だよ」
「ハラ減った」
ヤツがボヤいた。
「言わないようにしてんだから言うなよ」
小さくため息をついて空を見上げる。
どんよりと空は曇って、普段の雲1つない青空なんて想像できない。
確かにもう3日ほど何も食べてない。
何とか雨降りの合間にこの瓦礫の影に辿り着いたものの、激しくなった今では移動すらできない。
「・・・・・・・・・・俺たちここで死ぬのかな」
「そんなわけねぇって!!」
俺の呟きに幼馴染は声を上げた。
「せっかくここまで逃げ延びたんだから寿命全うするまで生き延びてやろうぜ!!」
「・・・・・・・どっからそんな考えが浮かぶんだよ」
「こういう時はポジティブシンキングでしょ!?お前の親父さんが言ってたじゃん!!」
「状況見て言えよっ!!こっからどうやって生き延びるんだよっ!?
ここから動けないし、どっかに行けたとしても食べ物は!?水はあんのかよっ!!」
「んなことこっから出てかねぇと判んねぇよっ!!」
まさに一触即発の状態。
腹が減ってイライラしてるのもあって、普段にも増してコイツの楽観主義がムカついた。
「テメェのそういうところがムカつくんだよっ!!」
「そりゃこっちの台詞だ!!」
こんな風に怒鳴り合ってたもんだから、人が近づいていたことに気づかなかった。
「お、ガキ2人」
その言葉に俺達2人は文字通り固まった。
「おーい、生存者発見したぜ!!」
目の前にいた男は誰かに呼びかけた。
そいつは耐酸のマントを着ていて、フードも被っているから顔は確認できない。
「子供だよ。坊主が2人」
男の背後から現れた奴もそいつと同じ格好をしていた。
「ホンマや」
覗き込んできたのは後から現れた方。
次の瞬間、俺らの背中の方が微かに光って、幼馴染が棒のようなもので目の前を凪ぎ払った。
「おわっ!?」
「すっげー、このガキ。錬金術使いやがった!!」
覗き込んだ男が慌てて仰け反ったのと対照的に、初めの男は嬉しそうに声を上げる。
「おい・・・・・・・・・」
「こ・・・・・・・・このヤロオ!!俺らに手ぇ出したら許さねぇぞ!!」
震えながらヤツは叫んだ。
俺は何にも出来なかった。
例え俺が動けたとしても、ヤツほど簡単に術を使うことは出来ない。陰陽道はこういう時不便だと思う。
それよりも何よりも、恐怖で動けない自分が悔しかった。
「ここじゃどうしようもあらへんがな。とりあえず移動しよか」
後から現れた奴が言った。
知らない言葉。あんな訛りは聞いたことがない。
「なぁ、ボクらは君らを殺そう思っとるわけやないねん。たまたま通りかかっただけや。とりあえずここから離れよ?」
「敵じゃ・・・・・・・ない?」
「せやで」
そいつはにっこり笑った。
横を見ると、ヤツも不安げに俺を見ていた。
自信はなかったけれど、確かに敵だったなら、こんな風に話かけてはこないだろう。
俺が頷くと、ヤツは錬成した棒から手を放した。
次の瞬間、情けないことに2人して気を失ってしまったのだった。
気がつくと毛布のようなものにくるまって横になっていた。
パチパチと火の弾ける音がして、そっちを見ると黒い髪の男が火をいじっていた。
その背中は猫が座った時みたいに曲がっていて、コレが猫背か、なんてくだらない考えが頭を通り過ぎる。
「あぁ、起きたん?」
俺の視線に気付いたのか男が振り返った。
さっきはフードで判らなかったけれど、とても優しそうな笑顔を浮かべている。
「・・・・・・・・・・あ、アイツは・・・・・・・・・・」
「もう1人の子?その子やったらあっちでボクの連れと何かしとるよ」
指さした方には小さい影と大きい影。
「錬成陣無しに錬成したんが気に入ったらしいで」
俺がそっちを見ていると、そいつが言った。
「食べるか?」
差し出してきたのは金属製のカップ。中身が湯気を上げていた。
「・・・・・・・・・・・」
「別に毒なんて入れとらんわ」
俺が受け取らずにいると、そいつは苦笑い。
用心しながら俺はそれを受け取る。
確かに、特に異常はなさそうだ。
シチューのようなスープで、空腹が限界だった俺は一気にそれを飲み干して、おかわりまでした。
それを見た男は爆笑していた。
「一応議会側に連絡はしといたから、雨が止んだら助けに来ると思う。さすがにこの雨の中来るのはリスク高いから来いへんやろ」
男はそう言った。
雨は止む気配を見せずしとしとと降り続いてる。
変なしゃべりをしてた奴は火の傍で本を読んでる。
俺は何だか気が滅入ってしまって、ぼんやり外を眺めていた。
このわけわからない2人が来たとき、何も出来なかった自分がムカついて、
自分が唯一使える陰陽道では対処できなかったと、心のどこかで言い訳してるのにもムカついていた。
そんな時。
「お〜い!!」
幼馴染が走ってきた。嬉しそうに。
「俺あの人に錬金術教えてもらっちゃったよ!!」
「そーかよ」
見るともう1人の男が笑いながら男の傍に腰を下ろしていた。
「どやってん?」
「おもしれぇよ。ちょっとコツ掴んだらズンズン上達しやがる」
そんな言葉が聞こえた。
「俺さ、ホントに基本しか知らなかったんだって、ショック受けちゃった」
「へぇ」
教えてもらったこと、解ったこと。
それを楽しそうに話すヤツに、イライラは最高潮に達した。
「だから俺、」
「うるせぇよ!!」
俺の上げた声に、ヤツは目を見開いて口を閉じた。
「だから何だよ!!俺たち、もう家もないんだぞ!!何でそんなに楽観的でいられるんだよ!!
お前のそういうところがムカつくんだよ!!ふざけんな!!」
そこまで言って、ヤツが眉間にシワを寄せたのが判った。
それが、哀れみのように見えて、さらにムカついて、その場から走って逃げた。
ちょうどそこは辛うじて残っていたそんなに高くないビルの階下だったらしくて、
奥に行けば行くほど瓦礫が多くなっていったけれど、俺は気にせずに奥に入っていった。
「こんな所におったん?」
奥の奥、もうこれ以上進めないという所まで進んで、その隅っこに座っていた俺は、その声に頭を上げる。
そこには猫背の男がいた。
「そこ危ないで」
「・・・・・・・・うるせぇ」
俺がそう言うと、俺が見える位置だけれど、そんなに近くない位置に腰を下ろした。
「・・・・・・・・・君は確か、このオアシスにいた陰陽師の息子やったかな?」
少し間があって、男が言った。
「・・・・・・・だから何だよ・・・・・・・・」
「あの状態じゃ、君の技術は役には立たんわな」
突然の核心をついた言葉に、俺は眉間にシワを寄せる。
「陰陽道は媒介が必要やからね。ミサイルには勝てへん。君が何もできなくて当然や」
「・・・・・・・・・・・・・・・・でも見えてたはずなんだ」
「見えた?・・・・・先視か?」
「そうだよ!!親父は先視だったんだ!!見えてたはずなんだよ!!俺だって先視なのに何にも見えなかった!!
親父は見えてたかもしれないけど、結局死んじまった!!
さっきだってそうだ!!あいつの錬金術は役立ったのに、俺は何にも出来ない!!」
ぱっと武器を作り出すこともできない。
火を起こすことも、式神を呼び出すことも、呪符という媒介がなければ何もできない。
そもそも、俺はそんな呪術なんて習ってもない。
「陰陽道なんて役立たずじゃないか!!こんなんじゃ・・・・・!!」
「大事なものも守れない?」
「・・・・・っ・・・・・・・・!!」
「1つ教えたる。先視は万能やない。視たいときに視たいもんが見れるもんでもない。完全な制御なんてできん。
でもな、完全でなくても、50%ぐらいなら、制御できる。それは訓練次第や。君の努力でそれは変わる。
それよりも、」
そいつは立ち上がって俺の傍に来て、顔を覗き込んで、言った。
「守りたいもんがあるなら強くなれ。理論や自分の置かれてる状況に文句言っても、それは言い訳に過ぎん。
自分の身につけた理論や技術がどんなもんであれ、それで守りきれるくらい強くなればいい」
「・・・・・・・でも・・・・・・・・・」
「でも何や?ボクはそうやってここまで生きてきた。君の場合、出来んのやなくて、やらんのとちゃうか」
反論できなかった。
言いたいことはいろいろあったけれど、それ全てを言葉にするボキャブラリーはなかった。
「・・・・・・・・強くなりたい?」
俺が何も言えずに黙っていると、そいつはそう訊いてきた。
「・・・・・・・・・・・・強く・・・・・・・・なりたい・・・・・・・・・・」
出てきた言葉はそれだけで、何でか解らないけど目も潤んだ。
「強くなりたい」
「・・・・・・・ならいいもんやるわ」
満足そうにそいつは笑って、ポケットの中から銀色に光る何かを俺に差し出した。
「・・・・・・・・なに・・・・・・・・」
「君が望む時に武器になる」
受け取ったそれは銀のブレスレット。蛇が繋がって輪になったような。
「とりあえず、それを使って生き延びてみぃ。誰かを守りたいならまずは自分を守らないかん」
俺は小さく頷いて、それを左腕に付けた。
「似合ってとるやないか」
そいつは満足そうに笑った。
次の日、雨は止んだ。
前日の夜、俺は恥ずかしながらも幼馴染に謝った。ヤツも謝ってきた。
そんなこっ恥ずかしいやり取りを、男2人がニヤニヤしながら見ていたのが気になったけれど。
そして、謎の2人とも別れることとなった。
「じゃあな」
「達者でなぁ」
感慨もなく去っていこうとする2人に、俺は声をかけた。
「名前ぐらい教えてよ!!」
俺のその言葉に、2人は驚いた顔をして、笑った。
「俺は紺碧だ!!」
「ボクは深緑。また、どっかで会おうや!!」
2人はそう笑って手を振って、砂の海原の向こうに消えていった。
その後、俺ら2人は無事議会の統治軍に保護された。
幼馴染とはしばらく一緒に施設で暮らして、ヤツは議会軍に入隊した。
以来会ってない。まぁ、どっかで楽観的に生きてることだろう。
俺はそのまま学校を卒業して、今に至るわけだけれど。
「ねー、何でマボはシゲルくんについてこうと思ったのさー」
鍋をかき混ぜる横、耳元でのナガセのでかい声が非常に耳障りだ。
「別にいいだろ。話すほどのことでもねぇよ」
俺がそう突っぱねるとナガセは膨れる。
「タイチく〜ん、マボがつれないー」
「ほっとけ、飯食えなくなるぞ」
タイチくんの一言にナガセが静かになった。
まさか言えるはずもない。
これは恥ずかしい思い出の1つだ。そして、大切な思い出でもある。
ナガセなんかに教えるのはもったいないでしょ。
あれから俺は、強くなるために頑張ったんだ。
だから、たまたま軍と議会との衝突に巻き込まれた時も、もらったタウ1つで生き延びた。
それを見せるために、必死になって探して、見つけた時のあの人の顔は絶対忘れない。
やっと来たか、という不敵な顔。
その時、一緒に来るかと差し出された手を、俺は迷わずとった。
いい加減なところとか腹黒いところが目に付いたり、この歳で指名手配になったりして、
時々、何であの時迷わなかったんだろうと思う時もあるけど、きっとついてく以外道はなかったと思う。
だから、何でついてこうと思ったかなんて説明するまでもないことなんだ。
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結が微妙だ。
とりあえず、紫氏とリーダーの出会いです。
この話は紫氏視点なので省きましたが、この後深緑さんと紺碧さんは賭けをします。
深緑、つまりシゲさんは紫氏に、紺碧は幼馴染に賭けます。
『この子供が成長し、自分の所に来て、それぞれの期待通りに育っていたら勝ち』という内容。
賭けたものはそれぞれの大事なもの。それは2人に共通のもので、現時点では紺碧が持ってます。
そんなことも露知らず、紫氏はまんまと追いかけてしまったわけですね。哀れ。
でもちゃんとシゲさんは自分を追いかけてきたこのお子様を大事に思ってるはずです。
2006/05/08
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