それは、何ともくだらない諍いから始まった。







「ねぇ、シゲルくん」
不意に、正面に座ってスープスパゲッティーを食しているジョウシマに、タイチが話しかけた。
「んー?何やぁ?」
その呼びかけにタイチの方に顔を向けたジョウシマの頭上を大皿が飛ぶ。
「この前訊こうとしたことなんだけど」
どこからともなく陶器が豪快に割れる音と怒声が響いた。
「おん」
ジョウシマは傍のグラスワインに手をつける。
タイチもその辺の皿からチキンを取ってきて口に運びつつ。
「シゲルくんって赤目なの?」
ビールの空き瓶が2人の頭上を走り、豪傑そうな男の顔面にぶち当たった。
どこからか聞きなれた声で、やりぃ、と声がする。
「俺なりにいろいろ考えてみたんだけどさ、結論としてはそれしかないかなって思うんだよね」
「ほう。やったらその推論を聞きたいなぁ」
楽しげにジョウシマは目を細める。
背後にあったはずのテーブルが宙を舞った。
店の隅で店長と思われる男が遠い目をして体操座り。
「どうしてその結論に至ったか、って事?」
2人はイスから立ち上がり、ジョウシマは隣のテーブルのまだ手をつけてないワインボトルを、
タイチはピザの乗った大皿を手にテーブルの下に座り込む。
「ところで野菜も食べたない?」
「あそこのテーブルに無傷のサラダがあるよ」
「タイチも食べる?」
「食べる食べる」
「やったら取り皿も貰ってくるわー」
そう言ってその場を離れ、飛び交う諸々の物を器用に避けながら、
少し離れたテーブルにあったサラダのボウルと小皿、フォークを手に戻ってきた。
「はい」
「ありがと」
ジョウシマがテーブルの下に戻った途端、ビール瓶を顔面で受けた男が怒りの声を上げた。
「人をバカにすんのもいい加減にしろよテメーら!!俺を誰だと思ってんだ!!」
「んなもん知るかよ」
「デカブツ?」
「俺のステーキ食べれないもんにしたのアンタだろ!!!」
バカにするような表情を浮かべながらとぼけるヤマグチ・マツオカと、本気で怒るナガセ。
その手にはそれぞれワイングラス(とナガセはピザが一切れ)。
3人とも、さらに怒った男とその取り巻きも目が据わっており、明らかに酔っている。
「んなこと知るかぁ!!!俺には10万の賞金がかかってんだぞ!!!」
そう言って男は懐から手配書を引っ張り出す。
そこには柄の悪い顔をした、目の前の男の顔写真と、確かに10万の賞金がかけられていた。
「殺されたくなかったら有金全部置いてけ!!」
おどろおどろしく男が叫び、大振りの斬首刀を現した。
「わー。すごいタウだネー。」
「ぎゃははっ、その賞金安くね?」
「そんなことより俺の肉返せ!!!」
特に驚くことなく、さらにビビリもしない3人に男の顔が赤くなっていく。
「テメェ!!!下手に出てりゃぁいい気になりやがって!!!!!!!」
お決まりの台詞を口にしながら3人に向かっていく。
その取り巻きも次いでタウを出現させた。
「お、忘れとった」
突然テーブルの下でジョウシマが気付いたように手を叩く。
そして、ワインを指につけ、それで何か紋様を描く。
錬金術に似ていたが、それに秀でたタイチでも、それがどういった紋なのか解らなかった。
「よっ」
小さな掛け声とともにその紋の上に手を付く。
その瞬間、男が振りかざしていた斬首刀が消滅した。
「なぁっ!!?」
「隙ありっ!!」
「おぶっ!!?」
驚いて動きの止まった男の腹にマツオカが蹴りを決めた。
反動で勢いよく吹っ飛ぶ男。 取り巻きを巻き込んで壁に激突した。
「あら。手加減したのに飛んじゃったよ」
予想外に吹っ飛んだ男を見て、マツオカが呆然とする。
「ぐう・・・・・・くっそぉ!!!表に出やがれぇ!!」
意外にも丈夫だったのか、少し表情は歪めていたものの、何ともなかったようだ。
「望むところだぁ!!」
ナガセがその挑発に乗って外に出て行く。
楽しげに、マツオカとヤマグチもその後についていった。


「今何したの?」
「んー?店の中でタウ出されたらヤバイやろ?タウ発現制限したんよ」
「ふーん」
テーブルの下で成り行きを眺めていたタイチとジョウシマの会話が再開される。
「あ、本題に入る前に、ボクらも店出る?」
「そだね。出よっか」
のそのそとテーブルの下から這い出て、
2人は店の隅で遠い世界に行ったっきり帰ってこない店主に近づいた。
「マスター、すんませんねぇ。ボクらの連れが」
「・・・・・・もう馴れましたよ」
あはは、と力なく笑う店主。
「これ、少ないと思いますけど、勘定込みで」
ジョウシマが革袋に入った何かを店主に渡す。
その後ろで、タイチが店の内装を、騒ぎが起こる前の状態に練成していた。
「こんなもん?マスター?」
一気に店内を直して、タイチが店主を振り返る。
「・・・・・・おぉ・・・・・・!!すばらしい・・・・・!!」
店主は目を潤ませて呟いた。
「細かいところはさすがに判りませんので、これで何とかしてください」
2人はやんわりと微笑んで、ご馳走様、と店を後にした。





「今の袋何?」
「砂金」
「・・・・・・・・・そんなのどうしたの」
「・・・・・・・・・。えへ」
タイチの視線に一瞬視線をそらせて、ジョウシマは可愛らしく笑った。
「・・・・・20代も後半に近付いたおっさんがそんな事しても可愛くないよ。むしろキモイ?」
「・・・・・・・・冗談やのに・・・・・・」
「練成したんでしょ」
「おん」
少し離れた広場で酔っ払いたちが騒いでいた。
「あの3人も物好きだね」
「久々の酒やからねぇ」
「ってかマツオカとナガセはいいの?未成年なのに」
「ええんやない?」
タイチの疑問に適当に答えながらジョウシマは足元にベンチを練成した。
「ほんじゃぁ聞こうか?」
「そーだったね」
イスに腰掛け、自分の横をポムポム叩くジョウシマが指示する場所に腰を下ろした。
「まずね、あの時目が赤く見えたんだよね」
「ほぉ」
「でも戻ってきたとき元の色だったじゃん?今の薄茶。だから気のせいかな、と思ったんだけど」
BGMのように爆音が響く。
爆風が激しく走り抜け、砂埃が舞い上がった。
「それで、今のタウ限定の発現制限とか、金の練成とか、俺らの常識や技術では出来ないはずだよね」
タイチはジョウシマを見た。
「タウが何なのかよく判ってないのに制限なんて出来ないし、
 そもそも1つの理論だけを制限することなんて理論的に出来ないしね。
 金の練成も、元素変換は同一周期内の限られたもの同士でしか出来ないから不可能なはず。
 でも、やってたよね、さっきもこの前も」
「やったねぇ」
「あと、ヤマグチ君とマツオカとナガセのタウ。あれ、何でアクセサリーになってるの?
 タウは呼び出し用の呪印を刺青として入れてるんでしょ?俺もそうだし、ヤマグチ君もそういうの持ってる。
 でもマツオカもナガセも持ってないし、ヤマグチ君も刺青は1つしかないよね。
 代わりに持ってるのは呪印に似たアクセサリーだけでしょ。
 しかも3人ともそれはシゲルくんから貰ったって言ってるし、俺は、ある話を聞いたことがある」
「どんなん?」
「“赤目の民は2次元のものを3次元のものに変換する事が出来る。逆もまた然り。
それを応用したものがビコと呼ばれるタウである”」
タイチの言葉にジョウシマがおもしろそうに目を細める。
「そんなの売ってることなんて有り得ない。そしたら、それを渡した本人が造ったとしか思えない。
 そう考えると他のことも説明できる。赤目は俺らの常識とは違う理論を持ってたんだから」
「やから、ボクが赤目やと思ったん?」
「そー考えると説明つくから」
自信はないけどね、とタイチは肩を竦めた。
「おん、筋が通ってて理論的な見解やね」
嬉しそうにジョウシマは頷く。
「やっぱあの時タイチを助けといてよかったわー。こんなおもしろいんは久々や」
ニコニコと笑いながらジョウシマは立ち上がった。
「確かに、タイチの予想通り、ボクは赤目の民の生き残りや。ビコの事も正しいで」
「じゃあ何で目赤くないの」
「さぁ?死んだ族長曰く、遺伝子異常やって。やから今生きとれるんやけど」
ちなみに弟の目も赤ないで、とジョウシマは笑った。
「あの時目の色が赤くなったのは?」
「怒ったりすると体内の恒常性が変化して、虹彩の色素が赤に変化するんやて」
「他の人は知ってる?」
「ヤマグチは知っとる」
スラスラ答えるジョウシマをちらり見て、タイチは少し間を置く。
「・・・・・・・・・最後にもう1つ、訊いていい?」
「何や?」
「何であの時俺を助けたの?俺、議会の赤目殲滅部隊隊長だったんだけど?」
「知りたい?」
不敵な笑みを浮かべて、ジョウシマはタイチの目を見据えた。
「・・・・・・・・・いいや」
「何で?」
「何となく解ったから」
「じゃあボクも訊こうかな。ボクが赤目と判明したけど、ボクを殺すん?」
その問いに、タイチは息を呑んでジョウシマを見た。
彼は恐れているというよりも、楽しんでいるように見えた。
ただ、やるならやるよ、という空気が見えて、小さくため息をつく。
「・・・・・・・なんでそんなに好戦的なんだよ。まだ何にも言ってないじゃん」
「そういえばそうやね」
「てか、別に殺さないよ。殲滅戦に参加したのは命令であって、個人的な怨みでも何でもないし。
 赤目だろうが角が生えてようが、シゲルくんはシゲルくんで、他の何者でもないじゃん。
 ・・・・・・・・・・それに、今の俺じゃシゲルくんには勝てないからね。無意味なケンカは売らないよ」
その答えに満足したのだろう。少し間があって、クツクツと咽喉で笑い始めた。
「・・・・・ホンマにおもろいな、自分」
「アンタほどじゃないよ」
タイチが不敵に笑い返すと、ジョウシマは満面の笑みを浮かべた。
「疑問は解決した?」
「まだ納得いかないところもあるけど、それは追々力尽くで訊いてくことにする」
「物騒な・・・・・・」
「自分も歩く人間兵器のクセに。そういえばそろそろ止めないとね、あれ」
話を切って、タイチが乱闘騒ぎの箇所を指差す。
「・・・・・・・・・・・そういえばさぁ、アレを憲兵に突き出したら賞金もらえるよね」
「・・・・・・・・・・・自分が指名手配って解っとる?」
ひらめいた、という顔をするタイチにジョウシマが苦笑しながらツッコミを入れた。
「指名手配って言っても名前だけじゃん。そもそもこんな田舎じゃ知ってる奴いないって」
酔っ払った3人にぼこぼこに伸されている男は金蔓にしか見えてないらしい。
「俺も参加してこよっと」
楽しそうに腕を回しながらタイチは乱闘の方に走っていく。
それを眺めながらジョウシマはこっそりと周囲500mに結界を張った。






まもなく、本日最大級の爆発とともに、ちょっぴり焦げた下2人と、笑顔の上2人が戻ってくることだろう。







「・・・・・・・うん。選択は間違えてなかったみたいやで、紺碧」
星が瞬く空を眺めながらジョウシマは苦笑した。









おそらく、明くる日の夕食は、今日にまして贅沢なご馳走となるに違いない。








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なんと言う説明の長さ・・・。
長男と三男の会話をメインにお送りしました。
ちなみに、シリアスじゃないですよ。

*1 この世界では魔法、錬金術、科学、陰陽道等、諸々の力は『理論』と考えられてます。
 同じものを異なった理論で考えているんです。だから全部ごっちゃに存在してる。

*2 金練成の話で出てきた『周期』ですが、化学記号が並んだ表( 元素周期律表 )の横の並びのことです。
 金はAuなので、白金(Pt)もしくは水銀(Hg)からしか練成できない、ということになります。

*3 赤目の話で出てきた『恒常性』とは、簡単に言うと体温や体液のバランスのことです。
 厳密に言うとちょっと違うかもしれない・・・・・・・。

2006/03/19





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