蜃 気 楼









強い日差しと照り返しが眩しくて目を閉じた。

屋根の隙間から覗く空は雲一つ無い快晴で、白い壁がよく映える。
じりじりと焼かれて噴き出す汗を拭って、俺は足を止め振り返った。
なだらかな下り坂の遙か下には青い海と白い家並み。
壁の白と影の黒がはっきりとしたコントラストを描き出している。
グラデーションのない原色の世界に、小さく息をつく。

どれくらいここを彷徨っているだろう。

時間感覚なんてとうの昔に狂ってしまった。
そういえば前もこんなふうだったかもしれない。
初めてこの町に来た時も、俺はこの場所で息をついた。



どれだけの時間歩き続けたかも判らない。
初めて来た町で、道に迷ったのは初めてだった。
自慢じゃないが、方向感覚は結構鋭い方だ。
地図は一目見れば自分の位置を確認できるし、地図がなくても大体の道並みで推測もできる。

だから道に迷うなんて夢にも思わなかった。

少し前から擦れ違う人もいない。
そもそも人の気配が感じられない。
誰かに道を訊こうにも、人がいなくては訊くこともできない。
見たことがあるような気のする曲がり角を何度も曲がって、
気付けば本当に自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。

じりじりと焼ける太陽。
光を遮ってくれそうもない、雲一つ無い空は憎らしいほどに青い。
「・・・・・・・・・・・・・誰か出て来いよ・・・・・・・・・・・・」
ぽつり呟いてしゃがみこむ。
石畳を歩く小さな虫さえいない。

太陽の光でみんな蒸発してしまったんじゃないか。

そんなことを思いながら、頭を上げた。
そして、立ち止まっていても仕方ないから、再び歩き出す。
真っ直ぐに続く道は少し上り坂。
しばらく行くと、下の方の町が見えるようになってくる。
振り返ると白い家並み。
何故かそれにも人の気配を感じることができず、少し怖くなって視線を前に戻した。



何度か四つ角を曲がり、段差の低い階段を越えて、目の前少し先に、開けた場所が見えた。
人がいるかもしれない。
そう思って足を速める。
近づくにつれて、白い壁が反射する光が強く入ってくる。
眩しくて目を細め、それでも進み、ようやくその広場に足を踏み入れた。
「・・・・・・」
そこには確かに俺以外の誰かがいた。
でもそれは明らかに異様だった。
妙に細長い、人の形をした黒いシルエット。
その顔の部分に張り付いていたのは、舞踏会だかでよく目にするリアルなお面。
何体もいた“それ”は、俺を一斉に見た。
何ともいえない緊張感が走り抜ける。
そして、俺が一歩後ずさった瞬間、“それ”らは一斉に俺の方に歩き出した。
「っ!」
怖くなった俺は躊躇うことなく元来た方に走り出す。
同時に背後の足音も走り出した。



何度角を曲がっただろう。
いくら走っても足音は遠くならない。
息が切れる。
体力に自慢がある俺でも、さすがに辛い。

意を決して、突然現れた角を曲がった。
「・・・・・・・・うっそ!?」
勘は外れ、そこを少し行った先は突き当たりを右に行くしかない道。
これじゃあ後ろの御一行を撒けない。
そう思って足が緩んだ瞬間、死角から腕を掴まれる。
「!?」
「こっち」
俺の手を掴んだ奴はそう言って俺の手を引っ張った。
そして迷うことなく道を進んでいく。
右に曲がって左に進み、真っ直ぐ行ってまた左。
気づけば後ろのご一行様の姿どころか足音も聞こえなくなっていた。
「おい」
前を走る奴に声をかける。
それでも振り返らない。

少し茶色い、僅かにウェーブのかかった短い髪が揺れる。
白いシャツに白いズボン。
まるでこの町そのもののような色彩のそいつは黙って走り続ける。
「なぁ」
俺はじれったくなって、掴まれていない方の手でそいつの肩を掴んだ。
するとそいつは足を止め、こちらを振り返った。
そいつの顔には白いお面。
縁日で見るような狐のお面が張り付いていた。
「アンタ誰って訊きたいけど、その前に、助けてくれてありがとう」
俺の言葉にそいつは首を振った。
「あれ、何な」
「あかんよ」
俺を追いかけてきた訳の分からないものが何なのか訊こうとした俺の言葉を遮って、そいつは言った。
「ここはお前のおる場所やない。帰り。ここにいたら、ああなってまうで」
その声に、俺はドキリとした。


その声は久しく聞いていなかった、友人の声。

何年も前に、俺の目の前から消えた、親友の。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・シゲ・・・・・・・・・・?」
俺の呟きに、そいつは俺の傍に近寄ってきた。
そして仮面に手をかけて、顔から外す。
仮面の下には、久方ぶりに名前を口にした親友の笑顔があった。
「元気でな、タツヤ」
驚きで声を出せずにいた俺の肩を、シゲはドンと押した。
俺はたたらを踏んで、一歩下がる。
その瞬間、シゲの姿は消えていた。





そして、未だに俺はこの町を彷徨っている。
帰れと言われたけれど、ここにいればシゲに会える気がして、諦めきれない。

あの時の事は俺の夢かもしれないし、本当の事なのかもしれない。




それでも俺は、あの姿を探していた。








初リセッタオンリー!

これはネズミの海をうろうろしていたときに思いつきました。
ネズミの海の入り口付近のイタリア風の町並を見て。

結局シゲさんの警告も空しく、ぐっさまは“ああ”なってしまったわけですね。
お面お化けは失った人を求める亡者になってしまった人間です。

またまた訳の分からないお話でした。

2007/03/18



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