進んだ時間は戻らない
それは数年に1度あるかないかの忙しさだった。
「坂本君!!追加書類っ!!」
「こっちもあるよ!!」
井ノ原と健が山のように書類を持ってくる。
一方で処理済みの書類が坂本の部下達に渡されて、彼らも大慌てで走っていく。
「ふざけんな!!誰だ、こんなに溜めた奴は!!」
こめかみに青筋を浮かべながら書類に目を通す坂本が怒声を上げた。
「悠緑王です!!」
新しく書類を受け取った部下の1人がそう報告して去っていく。
「・・・・・・・っ大野かっ!!」
それなら仕方ないと思いつつもやはり腹が立つのか歯をギリギリ言わせる。
悠緑王は怠惰を司るため、基本的にやる気がない。
しかも本人自体もぼんやりした性格なのと相まって、かなり無気力な王なのだが。
何があったのか、いきなりやる気を出して、溜めていた書類をすべてチェックして坂本に回してきたのだ。
そして起こったのがこの事態。
「何でいきなりやる気出すんだー!!」
坂本はそう叫んで頭を掻く。
その時、坂本の机の正面にあるソファに座る准一が目に入った。
そう言えばここ数日飯食ってないな
ふとそれに思い当たる。
基本的に、数日間食べなくても気にはならないが、子どもはどうなのか判らない。
自分の事なんて何百年も昔のことだから覚えているはずもなく。
子ども好きな三宅が放っているし、本人も気にしていなさそうなので大丈夫なんだろうと思っていた。
「どうもー」
その時、のんびりとした声とともに部屋の戸が開いた。
「おわー、すごい書類の山っすねぇ」
「坂本君、溜めはったんですか?」
茶髪の青年とメッシュを入れた黒髪の青年が部屋の中に入ってくる。
「お、堂本兄弟。ちょうどいいところに」
「「兄弟じゃありません」」
坂本の言葉に声をハモらせる2人。
「お前ら暇だろ?」
「何ですか、いきなり。あ、これ眞王からです」
茶髪の方が坂本に書類を手渡す。
「確かに暇ですけども」
2人は顔を見合わせて、ねぇ、と頷き合った。
「折り入って頼みがあるんだ」
坂本は席を立ち、准一の元に歩いていく。
そして准一を抱き上げると、黒髪の青年に手渡した。
「「「?」」」
「落ち着くまで預かってくれ」
「はぁ!?」
その言葉に黒髪が声を上げた。
「頼むよ、ホント落ち着くまでほったらかしになっちゃうから」
「や、ちょお待っ」
「ええですよ」
反論しかけた黒髪の言葉を遮って、茶髪が了承する。
「待って光一さん。何でそうやって何でもほいほい引き受けるんですか」
「いやいや、俺はいつでもお前のためを思って行動してるんですよ、剛君」
「いつも口から出任せじゃないですか」
胡散臭そうな視線を茶髪に向け、そして黒髪はため息をついた。
「大したこと出来ませんけど」
「頼まれてくれる?」
「全責任は光一君が引き受けてくれるそうなんで」
「そうそう・・・・・・・・・・って何でやねん」
「ノリツッコミにしては甘いで」
「ダメ出し!?」
騒ぐ2人をよそに、訳の解っていない准一を抱き上げる。
「准一、しばらくこのお兄さん達とお留守番しててな」
「おるすばん?」
「そう。俺とか井ノ原とか健は忙しいから、一緒にいられないんだ」
「・・・・・・・・まーくんも?」
「そう」
「いのっちもけんくんも?」
「うん。しばらく会えないけどごめんな」
「・・・・・・・あえない・・・・・・・」
最後の言葉で意味が分かったのか、准一は俯く。
そして目を潤ませて、口をへの字に結んだ。
「・・・・・・・・・・まーくんといのっちとけんくんにあえないのやだ」
ぐすぐす言い出した准一に、坂本は情けなく眉を下げる。
その瞬間。
「じゃあ、もうサクサクいきましょねー。別れは長引くほど辛いそうですよ。ということで、預かってきますねー」
坂本が准一に何かを言う前に、茶髪が准一を取り上げる。
そして反論させる暇も与えず、2人は准一を連れて部屋から出て行った。
扉の向こうから、ぎゃぁあああん、と泣き声が響く。
「・・・・・・・・っ!」
部屋から出て行こうとする坂本。
その首元を井ノ原が掴んだ。
「はい、お父さん、よく頑張りましたー。准ちゃん迎えに行く前に仕事終わらせましょうねー」
そして問答無用で机の前に引き戻した。
* * * * *
「まーくん!!」
迎えに行くと、准一が飛び込んできた。
「准一!」
坂本はそれを満面の笑みで受け止めて、抱きしめる。
「まーくん!じゅんな、おるすばんできたで!ちゃんといいこしてまっとったんやで!」
嬉しそうに准一が坂本に預けられていた間のことを話す。
それをうんうんと聞きながら、何となく感じた違和感に坂本は首を傾げた。
「坂本君、すんません」
そう茶髪が言って、2人が頭を下げる。
「?」
「僕らのしゃべりがうつってしまいました」
そしてようやく坂本は感じていた違和感の正体に気付いた。
「こーいちくんもつよしくんもいっぱいあそんでくれたんよ!おにごっこしてな、かくれんぼもしてん!つよしくん、ねるまえにいっぱいおはなししてくれたんよ!」
テンションマックスで話し続ける准一に、まぁ、可愛いからいいか、と深く考えないことにした。
訛っていない家族の中で、1人訛ってしまった理由。
2006/05/10
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