嬉しいけれど
コン
小さな音がした。
その音に、井ノ原が本から目を上げると、視線の先、テーブルに座る准一が、床を見ていた。
「あれー?どうしたの、准ちゃん」
井ノ原は横になっていたソファから立ち上がって、机の傍に寄る。
「・・・・・・・・・」
准一は黙って床を眺めている。
「落ちちゃった?」
その視線の先にクレヨンを見つけ、井ノ原はそう言いながら拾ってやる。
「はい」
准一は差し出されたそれをどんぐり目で見ながら受け取る。
井ノ原は准一の頭を軽く撫で、ソファに戻った。
コン
そして再び音がした。
「?」
井ノ原が振り返ると、またも准一は床を眺めている。
そしてその視線の先にはクレヨン。
「また落としちゃったの?」
そう笑いながら井ノ原はもう一度拾ってやる。
准一はその一連の動きをじっと眺め、やはりクレヨンを黙って受け取った。
そして井ノ原は准一に背を向ける。
あまり近付くと泣かれるもんなぁ、と思いながらソファに向かおうとすると、再びコンと音がした。
「え?」
そして振り返る。
今度は准一は、床ではなく井ノ原を見ていた。
そして拾ってあげたばかりの床にはクレヨン。
「・・・・・・・・・?」
井ノ原は首を傾げながらも、もう一度拾ってやる。
そしてそれを准一に手渡した瞬間、准一がにっこりと笑った。
「おぉ・・・・・・・!」
その笑顔に感動して井ノ原が声を上げた瞬間、准一がクレヨンを床に落とした。
「・・・・・へ・・・・・・・・・・・?」
それは偶然というより、意図的に。
「何してんの、もー」
井ノ原は苦笑を浮かべながらそれを拾ってやる。
准一はそれを受け取ると、再び床に落とした。
というか、投げた。
「・・・・・・何てことするの、准ちゃん!」
そしてもう一度拾って渡してやると、准一もめげずにもう一度投げ捨てる。
「・・・・・・・・・・・じゅんい!!・・・・・・・・・・あ」
何度も何度も繰り返し、ついに声を上げた瞬間、井ノ原は親友から聞いたあることを思い出した。
『小さい子って、ちょっとした事、こっちから見るとくだらない事を繰り返すらしいぜ』
『えー?何でだよ、それー』
『たまたま幼児教育の話聞く機会があってさ、そん時に聞いたんだけど、
そうやって親以外の他人と関係を作ることができるかを確認するらしいぜ』
『へー』
『そういう時は、こっちが鬱陶しくても、子どもは嬉しそうなんだってよ』
「・・・・・・・・・・・・・・なるほど・・・・・・・・・・・・」
准一の行動の理由が解って、井ノ原は声を上げる事をやめた。
が。
(いつまで続ければいいんだよ!!)
延々と続く、いつまでも終わりそうもない准一の確認作業を、井ノ原は引き攣った笑顔を浮かべながらいつまでも相手していた。
「・・・・・・頑張るなぁ、アイツ」
「それだけ准一が可愛いんじゃない?」
坂本と長野は、それをほのぼのと眺めているだけだった。
2008/04/13
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