(※2008年元旦に、一部の方にお礼として公開した作品です)
12月31日。
「何しとるん?」
台所で買い込んでおいた材料を準備していると、カウンターの向こうからリーダーが覗き込んできた。
「え?何って、お正月の準備に決まってるでしょ」
俺がそう言うと、リーダーは首を傾げる。
「・・・・・・・おしょうがつ・・・・・・・・・ああ!年巡かぁ」
「そっちではそう言うの?」
「うん。別に何もせんけど。そっか、こっちではお祝いするんやったなぁ」
興味深そうに俺の手元を見ながらそう頷いた。
「何作るん?」
「そんなすごいもの作らないよ。蕎麦の準備して、御節の準備と・・・・・・」
「蕎麦?」
「年越し蕎麦。長生きできるように、だったかな、意味は。
蕎麦の出汁をそのままお雑煮にするんだよね、俺が教えてもらったのは」
「へー」
そしてリーダーは煮えている鍋の蓋を開いて中身を確認していた。
そうか。
リーダーのいるところではお祝いはしないのか。
「・・・・・・・・・じゃあお年玉は期待できないな」
「“おとしだま”?」
「ううん。何でもない」
いつの間にやらリーダーが台所の中に入ってきて、目をキラキラ輝かせていた。
「・・・・・・・・・・・・・・やる?」
「教えてくれるん?」
「いいよ」
俺が頷くと、リーダーは嬉しそうに袖を捲る。
「田作り作る?」
「うん」
気がつくと、カウンターの向こうに太一君が座って覗き込んでいた。
「何してんの」
「だから御節の準備」
「何それ」
「だから・・・・・・・・・」
めんどくさくなってリーダーを見る。
リーダーは苦笑いしながら太一君に説明を始めた。
「へー。で、準備してんだ」
「そう」
「太一もやる?」
「・・・・・・・・・俺はいいや」
「何で?」
首を傾げたリーダーに、助けを求めるように太一君は俺を見た。
「・・・・・・・・あー」
俺はリーダーがいなかったときの事を思い出した。
太一君が1人で作るというので任せてみたら、ものっすごいカレーを作ってしまったのだ。
「うん。台所そんなに広くないからさ、太一君入ってきたら動けなくなるよ」
「ああ、そっか」
それで納得してくれたらしく、リーダーはにんじんを切り始めた。
「マボ、味見したい」
「あ、俺もしてーな」
いつの間にか増えていたギャラリーが、そう言って手を伸ばしてくる。
「ダメ!これは明日食べるものなの!」
「えー!!今食べたい!!」
「その口今すぐ針と糸で縫い合わせてやろうか」
「ごめんなさい太一君!!」
「これシゲが作ったの?」
「おん。松岡に教えてもらいながら・・・・・・・・ってあー!!!」
兄ぃの質問に嬉しそうに答えたリーダーの声が、途中で悲鳴に変わる。
「これうめー」
リーダーが作った煮しめを摘み食いしたらしい兄ぃが口をもぐもぐしながら呟く。
その瞬間、兄ぃと太一君の間を何かが通り抜けて、2人が硬直した。
「・・・・・・・・・・何で食べるん?」
「え、いや、美味そうだったから・・・・・・・・」
ものっすごい笑顔のリーダーから漂う黒い空気に、太一君が少しずつ兄ぃから離れていく。
折角作った料理が台無しになっては困るので、俺もこっそりと鍋を移動させた。
そして全部を移動させたと同時に、大喧嘩が始まった。
「まだあかん言うたやんか!!!」
「食べたかったんだよ!!別の減るもんじゃないし、いーじゃん!!」
「良くないわ!!」
台所から爆発音が聞こえてくる。
リビングから出た廊下でため息をつくと、太一君が横で苦笑していた。
「年巡ってさ、年の瀬って言って大事にしてるんだろ?こっち」
「うん。ったくもー・・・・・・・大晦日に何でこうなんだろね」
「まー、あのヒトも山口君も、いつでも変わんないヒトだからね」
「・・・・・・・・・・・・マボ、俺も味見したいよぅ・・・・・・・・・・・・・・」
そうやって伸びてきた手を、俺は叩き落す。
「ダメ。ちゃんと明日食べれるんだから、ガマンしろよ」
「・・・・・・はーい・・・・・・・・」
長瀬の返事と同時に、最大級の爆音が轟いて、一瞬、青空の下に放り出された。
「蕎麦に海老天載せるよね?」
「あ、欲しいな」
太一君の返事に、俺は揚げておいた天ぷらを取り出す。
「準備いいね」
「俺が食べたかったから、作っといたんだよね」
「なるほどね」
盛り付けをする俺を見ながら太一君は笑った。
俺は出汁をかけて、カウンターにどんぶりを置いていく。
「持っていってもらっていい?」
「いいよ。長瀬が腹鳴らして待ってるし」
「兄ぃもでしょ?」
「その通り」
そう言って残りにどんぶりにも出汁をかけて持っていくと、待ちかねた様子で全員テーブルにいた。
「はい、リーダー」
「おおきにー」
「食べていいっすか!!?」
「どうぞ」
「いっただっきまーす!!」
どうぞと言うが早いか、長瀬はどんぶりの蕎麦をがっつき始める。
その様子にリーダーも太一君も笑った。
兄ぃは気にせず食べている。
「美味いよ」
「ありがと」
「酒ねーの?」
「ダメやでー、お前ベロンベロンになるんやもん」
「えー。大丈夫だって」
「ぐっさん、年巡の日はいっつもお酒飲んでましたよねー」
「・・・・・・・・・・・・・・そういえばそんな噂聞いたかも」
「みんなが心配するほどにお酒飲んで、みんなにも飲ませるんで、
みんなその日は出来るだけ外に出る用事を作って出かけてたんですよー」
「あ゛ぁ!?それホントかよ!!」
「あ」
「長瀬アホだなー。言わなきゃいいのに」
長瀬が兄ぃにヘッドロックを喰らっているなんて珍しい光景を見ながら、
気付いたらあと1時間で今日が終わってしまうところだった。
「もうすぐ年明けるね。初詣は行く?」
「はつもうで?何だ、それ」
首を傾げる面々に、再び文化の違いに気付いた。
「年明けて、初めて神社とかにお参りに行くのよ。今年もよろしくお願いしますっていう挨拶だけど、
まぁ、新年恒例の行動というか、決意表明みたいなもんかな。今の人って信仰心薄いから」
「へー。行ってみたいけど、シゲヤバくね?」
「うーん。まぁ、松岡の傍離れんかったら大丈夫やと思うでー」
「あー、何か人怒らせちゃうとか何とかって言ってたやつ?」
「うん。大丈夫やと思うよ」
いつの間に持ってきていたのか。
冷蔵庫の奥深くにしまっておいたはずのビールがテーブルに並んでいる。
仕方ないなぁと思いながら、それを口にするのはやめておいた。
大晦日だし、たまにはこういうのもいいかもしれない。
「じゃあ年明けたら行こうよ」
「ええねぇ」
「寒くね?」
「屋台もいっぱい出てるよ」
「俺行きたいっす!!」
長瀬がハイハイと手を上げて主張する。
「シゲが行くなら俺も行こうかな」
「・・・・・・・・・・・・・・・じゃあ行く」
兄ぃの言葉に、あまり乗り気ではなかった太一君が了承した。
それを見てリーダーが笑う。
「何笑ってんの」
「え?何もないよ?」
「あ、ゆくとしくるとし始まった」
テレビの向こうで除夜の鐘が鳴る。
遠くの方で近所のお寺の鐘の音も何となく聞こえてきた。
「鐘鳴ってんな」
「煩悩を祓うっていう鐘だよ。108回鳴らすの」
「除夜の鐘ってやつ?」
「そう、それ」
テレビを眺めつつ、空気がしんみりしたものになる。
「今年の最後って事で、乾杯しようぜ」
そう言って、兄ぃがどこからともなくビールを取り出してきた。
こんなに買い置きしておいたっけと思ったが、どうでもよくなった。
リーダーと兄ぃと太一君、長瀬と暮らし始めてから、不思議なことばっかり。
あんまり追求しても疲れるだけだと気付いたから、もう気にしないけれど。
でも、それに慣れてきてる自分も大概不思議だ。
今まで真っ当な人生を送ってきたつもりだったのに。
そう思いながら、キンキンに冷えたビールのプルタブを開けた。
「じゃあ、1年の最後と、この5人で年越しを一緒に過ごすことを記念して」
そう言って、リーダーが缶を持ち上げる。
兄ぃも太一君も長瀬もそれに合わせて持ち上げたから、少し遅れて俺も持ち上げた。
「かんぱ〜い!」
「乾杯!!」
中身の入った缶がぶつかって、ガンと鈍い音が小さく響く。
同時にテレビで年明けを伝える声がした。
「お、ナイスタイミングじゃん!」
「すげー。こういう時だけ間が良いよね、リーダーって」
「こういう時だけってなんやねん」
うひゃひゃと盛り上がる天使と悪魔の皆様を見て、何となく笑みが浮かんでくる。
去年までは1人で過ごしていたけれど、こういうお正月も悪くないや。
「お、『はつもうで』ってやつ行こうぜ」
そう言ってリビングを出ていく同居人達の後を追って、俺もテーブルから立ち上がった。
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2008/01/01
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