『1つ、伝えておかなきゃいけないことがあるんだ』
視界には真っ青な空が広がる。
爽やかな風が走り抜けて、立ち上る紫煙を吹き飛ばしていった。
「何してんの」
その言葉と同時にばさりと音がした。
視線を足元に向けると白い翼。
すぐにそれは消え、浅黒い肌が視界に映る。
「昼寝?確かに屋根の上は日当たり抜群だし、程よく風が吹いてて気持ちいいけどね」
足元に立っていたのは山口。
「でも気持ち良さそうな顔には見えねぇよ?」
「睡眠邪魔されてん。機嫌も悪くなるわ」
「寝てなかったくせに」
体勢を変えようとしない城島の様子にため息をついて、山口はその横に腰掛ける。
「何言われたの、坂本に」
「別に」
「だったらそんな不機嫌オーラ出さないでよ」
「出してへんわ」
「嘘だね」
じっと見据えてくる視線に、城島はくわえていた煙草を手に取る。
瞬間、それは激しい炎を上げて燃え尽きた。
「・・・・・・・・・・・・・・ホンマに殺してやりたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そう呟いて、山口に背を向けるように城島は寝返りをうった。
「誰を」
城島は答えない。
「坂本?」
「ちゃうわ」
「・・・・・・・・・・・・・・何があったの?」
山口は屋根に手をついて、完全に横を向いてしまっている城島を覗き込む。
「・・・・・・・・・・・・・・前眞王が脱獄して行方を晦ましとるらしい」
ポツリと、城島が口を開く。
「ついでに、うちの書庫から『アダム』に関する文献が一切合切行方不明になっとるんやて」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マジで?」
先の話には動じなかった山口が、後者の言葉に顔色を変えた。
「ちなみにこれは超機密情報で、知っとんのは今の眞王と坂本と木村だけらしいで」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして2人とも黙り込む。
「・・・・・・・・・『アダム』はヤバくね?」
「・・・・・・・・・あのジジィ、何考えてんねん・・・・・・・・・・」
低く唸るような声に、山口は片眉を跳ね上げた。
「・・・・・・・・・・・・・いつもいつも邪魔して・・・・・・・・・・・・」
「シゲ」
山口が短く、通る声で城島を呼ぶ。
「瓦が融けてる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、しまった」
その忠告に慌てて起き上がると、横になっていたそのままの形に瓦が変形していた。
「うぁ〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やってもうたがな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
小さくため息をつきながら、瓦を元の姿に直していく。
『気をつけて』
その姿を苦笑いしながら眺めていると、ふとある言葉を思い出した。
「あぁ、そうだ」
所用で天界に来ていた坂本が、擦れ違った山口に声をかける。
「これからシゲ君と仲良くしてくつもりなら、気をつけて」
「は?何だそりゃ。寝首をかかれるなってか?」
「違ぇよ。あのヒト、今は頑張ってるみたいだけど、安定してないみたいだから、気をつけてないと死ぬぜ」
深刻だと思われる話を笑いながら坂本は告げる。
「訳わかんねぇんだけど」
「煉獄王は不安定な存在なんだよ。負の感情の塊だからさ」
「シゲが?」
「そう。歴代そうだったし。ま、しばらく一緒にいれば解ると思うけど」
言葉を濁す坂本に、山口が首を傾げた。
「暴走するってことか?」
「そんな感じ。いっそのこと初めから抑えとくといいんだろうな」
方法があるなら、と坂本は肩を竦める。
「まぁ、頑丈なアンタなら大丈夫だろうけど。一応忠告」
忠告者の笑いを思い出しながら、視線を横に向ける。
ちょうど城島が、新しく煙草に火をつけたところだった。
「また吸って・・・・・・・・・・・・・身体に悪いよ?」
「そう言いながらその手は何やねん」
手を差し出す山口に城島は苦笑いを浮かべる。
そしてその手に煙草を1本渡した。
「どうぞ」
指先に火を灯して差し出す。
小さく焦げる音がして、もう1本も紫煙を流し始めた。
「そう言えば坂本、アナタに頭下げてたじゃない。何してたの?」
自分が席を離れた間のことを訊く。
城島は首を傾げた後、少しして口を開いた。
「あんな、太一がこっち来たとき、襲撃受けたやんか。あれ坂本の部下だったんやけど、それの謝罪」
「どっちかって言うと俺らが謝る方じゃね?」
山口が紫煙を吐き出しながらそう言うと、彼は首を縦に振った。
「おん。僕も謝ってんけど、あっちも何か責任感じとったみたいやねん」
「へぇ・・・・・・・・・・・それで謝り合ったと」
その言葉に城島が無言で肯定する。
「あ、で、アナタが燃やしちゃったアイツらはどうなったの?」
「上(天国)行くか下(地獄)行くかは坂本が決めるんやけど、ことごとく下に送ったみたいやねん」
残念そうなその言葉に、山口は釈然としない表情を浮かべた。
「部下だったんでしょ?」
「おん」
「情状酌量とか無し?」
「う〜ん・・・・・・・・・・・何かなぁ、よう解らんのやけど、アイツの中で基準があんねん」
「はあ」
「基本的に坂本は放任主義やから、最低限の命令しかせんくて、それさえ守ってれば何してもいいんやって。
で、その命令も、理由を伝えれば違反しても構わんらしいねん」
「適当だな」
「でもあの子らは説明せずに違反してん。
しかもアイツ、死んでもうたらもう自分のモノやないとか言うてなぁ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「違反するわ、まぁ僕がやってもうたんやけど、死んでまうわでアイツの基準を下回ったらしい」
「そういう訳で、もう部下じゃないから容赦なく・・・・・・・・・・・・・・・・ってこと?」
「そんな感じ」
肯定の返事に小さく息をつく。
「アナタ達って大概変だよね。いつも眠そうにしてるのに仕事中はスイッチが入ったみたいにしっかりしてたり、
俺が一番って顔してるくせに部下を自分より大事にしてたり、部下に所有権を主張してみたり」
苦笑を浮かべて煙を吐き出す。
「アナタはアナタで機嫌がコロコロ変わるし」
さっきまで瓦溶かすぐらい怒ってたのに、もう元に戻ってるじゃない。
そう笑うと、城島が嫌そうな顔をした。
「僕も変人に入るんかい」
「何?変人じゃないとでも思ってたの?」
「うわー。腹立つわーその言い方。お前も大概変人やんか」
少しふてくされ気味の呟きに、山口は小さく笑う。
「そうかもね」
「『かも』やないわ」
つられたのか城島も苦笑してそう言った。
「ま、大丈夫でしょ。前眞王サマだろうと松岡には指一本触れさせねぇよ」
でしょ?、と同意を求めて自信たっぷりに笑う。
「もちろんやっちゅーねん」
その尊大な様子に、城島も苦笑混じりに口角を上げた。
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2007/04/15
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