背の高い姿が1つ。
その横、それに比べれば低い影が1つ。
そしてその少し後方にやはりでかいのと小さいのが2人並んで歩いていた。


「すげー。俺こっち来たの初めてなんだよねー」
小さい影はきょろきょろしながら周囲を見回す。
「うわ、いい匂い!何あれ!!」
「あれはたい焼きです!」
「食べ物?」
「食べ物です!」
たい焼きの旗を掲げる店に走っていく長瀬と長野。
それを胡乱気な目で見守る太一。
何度目かのその光景に、松岡はこっそりため息をついた。















「で、何でわざわざこっちに来たん?」
松岡がいない今、城島が四苦八苦しながらいれた紅茶を坂本の前に置く。
「特に用はないよ。様子見にね」
出されたお茶に手を着けながら坂本は言った。
「長野のはわざと?」
「・・・・・・・・・・・・・・・半々、かな」
「半々?」
「ケーキを食った真犯人は健で、俺は冤罪。アイツちゃっかり俺のせいにしやがってさ。
 でも俺はそれを長野に言ってない。だから半々」
「何でそんな事してんだ」
笑いながら言う坂本に、山口がため息1つ。
「たまにはどっか連れ出してやろうかと思って」
紅茶を一口。
少し渋かったらしく、一瞬眉間にシワが寄る。
「アイツまだ世界狭いし、地界には来るけど俺のとこにしか来ないし」
「で、わざわざ怒りを買って連れ出した、と」
「そう。普通に誘っても来ないからさ。ちょっと気分転換に」
苦笑しながら肩を竦めた。
その言葉に、山口はなるほど、と息をついた。
「気分転換?何で?」
「・・・・・・・・・アイツさ、食に対する執着心が強すぎるんだよ。煮詰まってくると特に食べまくるんだ。
 いい加減にしないと、ちょっと・・・・・・・・・・・・・・」
「そんなにマズいん?」
「あぁ。このままじゃ・・・・・・・・」
「このままじゃ?」
深刻そうな坂本の様子に、城島と山口も深刻そうな顔をして次の言葉を待つ。
「ウチの食料庫にあるもん全部食われちまう」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
恐ろしい、と言わんばかりの青い顔の坂本。
予想外の言葉に、城島と山口は胡乱気な顔で閉口した。

















「よく食えますね、そんなに」
あるオープンカフェでテーブルに座っていた長野の前にカップが1つ差し出された。
その先には松岡。
「ありがとう」
それを笑顔で受け取った。
「腹壊さない?」
「大丈夫だよー」
長野の横に腰掛けて、松岡は自らのカップに口を付けた。
「太一と長瀬は?」
「あっちでまだ悩んでます」
指差した先には、レジの前で小さい影と大きい影が並んでもめている。
「・・・・・・・・・ていうか、言ってもいい?」
「何?」
松岡が財布を眺めながら訊く。
「このまま食べ歩いてたら目的のケーキが買えないですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その言葉に、長野の表情が固まる。

4人は長野が食べるのを楽しみにしていたというケーキを買いに来たのだ。
長野の話からすると、それはどうやら期間限定品だったようだが、まだ販売中だろうと思われたので。
もちろん軍資金は城島のポケットマネーである。

「確かにリーダーからは2万もらったけど、もうそろそろケーキ代も考えないと」
「・・・・・・・・・あぁ、そっか。こっちはお金があるんだっけ」
なるほど、という表情で長野がため息をついた。
「別にケーキなんていつでも買えるし、作れるから、今買わなくてもいいのかもしれないっすけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・我慢できないんだよね」
小さな呟き。
「え?」
「食べても食べても満腹にならないんだなぁ、俺」
苦笑いを浮かべて長野は言った。
「昔はね、あんまり食べなかった。ていうか、お腹空かなかったからさ。食べる方が珍しいくらい。
 まぁ、天使も悪魔も、ある程度は食べなくても死なないから大丈夫なんだけどね」
「じゃあ何でこんなに食べるようになったんすか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・サンドイッチが美味しかったから」
「うえ?」
予想外の返答に、松岡は声を上げる。
「サンドイッチが美味しかったの。・・・・・・・・・・・・・・・・・坂本君がくれたんだ、それ。
 見ず知らずの敵と食べたそれが、それまで生きてきて食べてきたものの中で一番美味しかった。
 ・・・・・・・・・・・・それから食べることがすごく楽しくなって、止まらなくなっちゃってね。
 それまで食べてこなかった反動なのかもしれないけど、どれだけでも食べられるんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうなんですか」
「これでもね、いい加減にしなきゃって思ってるんだよ。・・・・・・・・・・・・でも、止まらない」






あの時。

『食べる』ことが楽しかったから。

生きてるって実感できたから。

自分を一つの意思がある存在として、認めてくれたから。




美味しそうに食べると、彼が嬉しそうに笑ってくれるから。






「・・・・・・・でも、俺それ解るかもしんない」
「・・・・・・・え・・・・・・・・?」
松岡の言葉に長野は驚いて顔を上げる。
「俺、茂君たちと暮らし始めるまで、1人暮らしだったんですよ。高校の頃に両親死んじゃったから。
 だから、それまで1人で飯食ってたんですけど、楽しくないんだよね。美味しくないの。
 味付けは完璧のはずなのに、何食べても美味しく感じない。
 だから食べる量も少ないし、お腹空かなかったんですよ。
 でも、茂君たちと一緒に飯食うようになって、最初の飯がすっげぇ美味かった。
 そしたら、俺も食べる量増えたんです。さすがに長野さんみたいな量は食えないけど」
はは、と笑いながら松岡は言った。
「別に止めなくてもいいんじゃないっすか?だって食べるのって楽しいじゃん。
 食べるだけで幸せになれるのに、それを止める理由なんてどこにもないって、俺は思いますけど」
ちょうどその時、太一と長瀬がぎゃあぎゃあ言いながら戻ってきた。
「マボー!!太一君が殴ったー!!」
「お前が我侭言うからだろ!!」
騒ぐ2人に、松岡がため息をついて傍に寄って行く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・こっちもいいもんだね、坂本君」
その後姿を眺めながら、長野ははにかんだ笑顔を浮かべた。

















その帰り道。
「ケーキはいいや」
そう言った長野に、3人は不思議な表情を浮かべた。
「いいんですか?」
「うん。美味しいもの食べれたから、今日は、ね。また今度井ノ原に買ってきてもらうよ」
妙にすっきりしたような顔で長野は笑う。
その内容に、松岡の表情が少し曇った。
「・・・・・・・・・・・・・一つ訊いてもいいですか?」
「うん?」
「長野さんって、こっちに来たことなかったんですよね?」
「うん。ていうかさん付けじゃなくていいよ」
「あ、はい。・・・・じゃあ、どうやって井ノ原と知り合ったんですか?」
長野は黙って片眉を跳ね上げる。
「アイツは天使でも、悪魔でもないんでしょ?で、長野・・・・君はこっちに来たことない。
 知り合うキッカケが判らない。・・・・・・・・アイツがて」
「坂本君経由だよ」
松岡が最後まで言ってしまう前に、長野は言った。
「井ノ原は天使でもないし、悪魔でもない。俺は坂元君に頼んで、井ノ原に買ってきてもらったんだよ。
 坂本君はこっちに来たことあるし、どういった経緯かは知らないけど、坂本君と井ノ原は知り合いだし。
 坂本君経由でもらったこっちの雑誌に載ってたのが美味しそうだったから頼んだんだ。
 君の想像は、多分間違ってる」
淡々とした長野のセリフに、松岡は一瞬泣きそうな顔をして、それでも表情を緩めた。
「・・・・・・・・・そ・・・・・・う、ですよね」
少し納得できないような顔をしてはいたが、松岡はそう言って、前方を歩く太一の横に並んだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・何で言わないんですか?」
小さい声で、長瀬が訊いた。
「井ノ原君って、長野君とこに時々来てた、ケルベロスの人ですよね?」
「そうだよ」
「人間だって、騙してるんですか?」
長瀬が険しい顔で長野を見る。
「騙してないよ。俺は嘘は言ってない。俺は井ノ原が人間だとは言った覚えないし。
 井ノ原は天使でもないし、悪魔でもない。魔獣でしょ?それが松岡君の選択肢の中には入ってなかっただけ」
長野は小さくため息をついた。
「騙してるって言うなら、それは井ノ原の方じゃない?・・・・・・俺は騙してるとは思わないけど。
 でもこれ以上隠してるのは良くないと思うんだけどね。この状況じゃ、隠せば隠すだけ、困るのは井ノ原なのに」
「・・・・・・・マボ、井ノ原君のこと疑ってきてます」
「でも俺らが口を出すことじゃないよ」
2人は前方を歩く長身の彼に視線を向けた。

















手ぶらで帰ってきた長野を、坂本は不思議そうに眺めた。
「お前、ケーキはどうしたんだよ」
「んー?今日はいいの。いろんなもの食べてきたし」
「食い歩き?」
「そんな感じ。美味しかったよ」
「・・・・・・・そりゃ良かった」
満足そうな長野の顔を見て、坂本は微笑んだ。
「じゃあ俺ら帰るよ。仕事が溜まっちまうし」
「松岡ー。幾ら残ったん?」
そう言って坂本が立ち上がると、城島は松岡を見た。
「え?えー・・・・・・・・・582円」
「坂本、1万9千418円」
そして笑顔で手を出した。
「え?」
「2万も奢ってやるほど僕は気前良くないで?」
「食べたのは長野じゃねぇか!!」
「長野はこっち来たことないんやから、金なんて持ってへんやろ?
 そしたら保護者が払うのが道理ってもんや」
「!!!!」
にっこり微笑んだ城島に、坂本は言葉をなくす。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いつの間にあんなにケチになったんだ、シゲ・・・・・・・・・・・・・・」
山口が哀愁を漂わせて小さくボヤく。
「・・・・・・・・・・・・さぁ・・・・・・・・・・・・・」
「でもあれって俺らが食べた分も入ってるんですよね?」
「・・・・・・・・・・・坂本君つらいね・・・・・・・・・・」
状況が解っていない長野を除いて、3人は遠巻きにその様子を眺めて呟いた。



坂本が、大事にしていたアクセサリー(人間界製)の1つを売って、約2万を返却したのはまた別の話。






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坂本さん、ごめんなさい・・・・・・・・(汗)

2006/11/23




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