それは日曜の朝のことでした。

ピンポーン

朝食が終わって、それぞれが好きなようにのんびりしていた時、インターホンが鳴ったのです。
何か前にも似たようなパターンがあったような・・・・こういうのを何て言うんだっけ?
既視感?デジャビュ?開けたらプロレスが展開されてたり変なヤツがいたりして・・・・・・・・・。
なんて考えながら、ワタクシ松岡昌宏(下宿生)は玄関の扉を開けたのです。
「どなたで・・・・・・・・・」
そして、開けた扉の向こうには、強面のお兄さんが立っていました。

思わず顔が引き吊る俺。
そのまま扉を閉じたくなったけれど、お客さんにそんなことをしたら失礼千万。
礼儀作法には厳しかった天国の母上に怒られてしまいます。
「・・・・・・・・・・・・えっと・・・・・・・・・・どちら様でしょうか・・・・・・・・・・・」
笑顔は引き吊るものの、何とか用件を伺う。
その時不意に、何故だか寒気がした。
俺が不思議に思うと同時ぐらいに強面のお兄さんはぱっと振り返る。
周囲をきょろきょろ見回して、なんでか構えていて。
「・・・・・・・・・・・・・?」
「げっ!もう来やがった!!」
少し情けない顔をして声を上げる。
何が来たんだろうか。
「君っ!!」
「はっ、はい!?」
お兄さんはぐりんとこっちに向き直って、俺の肩をがっしり掴んだ。
「君、マツオカ君だよね!?」
「え?確かに俺はマツオカ君ですけど・・・・・・・・・・・・」
はてなを浮かべながら俺が頷くと、少しほっとした顔になる。
「よかった!!合ってた!!」
「・・・・・・・・・は?」
こんな知り合いいただろうか?
いくら絶縁状態で何年か会っていないとはいえ、親戚なら顔ぐらいは分かる。
てか何で俺の名前知ってんの?
いろいろ疑問が頭を駆け巡る。
でもそれはすぐに解決されました。
「茂君いる!?山口でもいいんだ!!この際太一でもいいから!!」
鬼気迫る様子で問いつめてくるお兄さんに圧倒されて、俺はリビングを指さす。
「3人ともあそこに」
「ありがとう!!お邪魔します!!」
律儀に靴を脱いでそう言って、部屋に飛び込んでいく。
俺も慌ててそれを追って、その前に扉を閉めてリビングに戻った。
「茂君っ!!」
お兄さんはリビングの戸を開け放つと同時に名前を呼ぶ。

あ。
やばい、かも。

そんなこと思っても、もうすでにお兄さんは部屋の中に入ってしまってるわけで。
もしかしたらこの家の中最強の人の機嫌が著しく降下するかもしれなくても、
俺にはどうにも出来ないことを今ここで確認しておこう。
「坂本!?」
お兄さんの呼びかけを受けてソファでまったりお茶を飲んでいたリーダーが驚いて立ち上がる。
その横。
一緒にお茶を味わっていた兄ぃの顔から表情が消えていた。
「どないしたん!?」
「助けて!!あいつに殺される!!」
それを知ってか知らずか、坂本さんはリーダーに泣きついて、あまつさえ抱きついた。

バッキン

そして、兄ぃの湯呑みが粉々に割れた。
それを見た太一君と長瀬は顔を見合わせ微笑んで、すくっと同時にテーブルから立ち上がる。
「松岡っ、避難だ避難!」
「ぐっさんがキレてます!」
こそこそと俺が立っているリビングの入り口に来て、小さく耳打ちしてくる。
いや、それは判るけども。
「殺される!?誰にやねん!!」
「決まってるじゃないか!!あいつだよ!!な」
その時、空気が張りつめた。
俺と太一君と長瀬の額に変な汗が浮かぶ。
「来たっ!!」
坂本さんが叫んだ瞬間、玄関、というか俺達3人の後ろの廊下から向こうが轟音とともに消滅した。
「「「・・・・・・・・・・」」」
振り返った向こうにはお隣さんとさわやかな青空。
「ねぇ、太一君」
「何だい松岡君」
「家ってこんなにアウトドアだったっけ?」
「もっと日が入らなかったと思います」
俺の問いに太一君も長瀬も引き吊った笑顔で答えてくれる。
そして。
「何回呼んでも誰も出てこないから、無理矢理開けちゃったけど、お邪魔しまーす」
瓦礫の山をかき分けて現れたのは、優しそうな笑顔を浮かべた色白のお兄さん。
左目の下に小さな泣きボクロが見えた。
「あれっ?長瀬ー?」
「長野君!!」
お兄さんその2は長瀬を見て、驚きの表情を浮かべる。
「ひさしぶりー」
「おひさしぶりでっす」
ひらひら手を振る長野さんに、長瀬も何故か手を振り返す。
「坂本君知らない?」
「あっち」
長野さんのにっこり笑顔に太一君が即答して指さした。
「のぉ!!太一っ!!裏切んなっ!!」
その行動に坂本さんが半泣きで声を上げるが、当の太一君は知らん顔。
「死にたくないし」
けれど、ぼつり呟いた太一君の言葉に俺も長瀬も頷いた。
「ありがとねー」
最上級の笑顔を浮かべてリビングに入っていく長野さん。
「坂本君!!茂君の後ろに隠れるなんて卑怯だよっ!!」
「うるせぇ!!お前があんなところに置いとくのがいけねぇんだろっ!!」
リーダーを盾にして、その後ろから坂本さんが頭だけを覗かせる。
坂本さんと長野さんが火花を散らす一方で、
リーダーはどうしていいのか判らない様子でそのままオロオロしてるし、兄ぃの纏う空気はどんどんと黒くなっていく。
家が半壊という事態によって退路を断たれてしまった俺たち3人は、扉側の壁に集まって、
太一君が作ってくれた小さな結界の中で小さくなって体操座りしながら嵐が過ぎるのを待っていた。
「すごいね、これ」
俺たちを包む透明な壁は薄い水色で、触ると水のように波紋ができる。
「水はこういうのが得意だからね」
「風もできますよね」
太一君の言葉に長瀬が付け足す。
「風はどっちかっつったら攻撃の方が向いてるけどな。ほら、あれみたいに」
太一君が壁の向こうを指さした。
その指先、お兄さんその2の長野さんの周りに白い筋が見える。
「あのままいくと竜巻になるかもね」
「長野君の祝福は風です」
「いやいやいや、何でそんなのんびりしてんの!!竜巻になったら家壊れちゃうでしょ!!」
やたらのんびり構えている2人に俺はたまらずツッコんだ。
「リーダーが結界張ってるから大丈夫じゃない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんなもん?」
そんな時、外から大きな声が聞こえた。
「俺がどれだけ楽しみにしてたか知らないくせに!!」
「んなもん判るか!!また買えばいいだろっ!!」
「もう買えないんだよっ!!坂本君のバカっ!!」
「何だとぉ!!」
何と言えばいいんだろう。
2人の口論はヒートアップする一方だし、間に挟まれたリーダーは諦めたのかされるがままだし。
「何か、テレビでやってる夫婦喧嘩みたいですね」
あ。言っちゃった。
長瀬があっさり言ってしまった。
「「誰がっ!!!!」」
聞こえていたのか長野さんと坂本さんが同時に怒鳴る。
・・・・・・・・・・・・・そこがです、なんて言えるわけがない。
「ごめんなさいっ!!」
長瀬が飛び上がって頭を垂れた。
まるで叱られた後の犬みたいにしょんぼりして、隅っこで小さくなっている。
元がデカいからあまりコンパクトにはなってないけど。
「松岡」
一体どうなるんだろうと悲しくなってきた時、太一君が俺を呼んだ。
「何?太一君」
「実はさ、俺も思ったんだ」
何やら深刻そうな様子。
「・・・・・・・・・・な・・・・・・・・・・・・・・・・何を?」
そして、俺の耳元で、言った。
「夫婦喧嘩みたいって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何を言うかと思えば・・・・・・・・・・・。
この人たち(厳密に言えば人じゃないけど)の楽観思想に、本気で泣きたくなった。


不意にどこからか何かが切れるような音がしたような気がした。
「?」
と同時に長瀬が大きく飛び上がる。
「うおっ!?何よ、いきなり!!」
「あー・・・・・・・・・・・・家が吹っ飛ぶかも」
ぼそりと太一君が呟く。
「!?」
その横で長瀬があわあわしだした。
「な〜が〜の〜」
低い声とともに威圧感。
視線を戦場に戻すと、兄ぃがズンズンと効果音をたててそうな勢いで長野さんに近付いていた。
「・・・・・・・・・・・・ケンカ売ってんのかぁ?お前」
「ちょっとそれ被害妄想が強くないかなぁ?」
喧嘩腰で長野さんにガンを飛ばす兄ぃに、長野さんは黒い笑顔を浮かべながら対応する。
「いっぺんケリ着けるか、クソガキ!!!」
「望むところだよ!!」
水の壁の向こうで空気が吹き荒れているのがよく見える。
太一君はため息をついて視線を逸らし、長瀬は半泣きになってえぐえぐ言っている。
初めに起きていたケンカが頓挫して新たな戦いが始まった時、急に空気が冷たくなった。
「・・・・・・・・・さぶっ・・・・・・・・何これ」
周囲の空気が比喩じゃなく下がっている。
肩を抱えて身を震わせると、太一君がいきなり俺の頭を押さえつけた。
「伏せとけよ。頭上げんな」
「?」
瞬間。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ええ加減にさらせやお前らぁ!!!!」
リーダーの絶叫とともに、残っていた家の壁全てが吹っ飛んだ。



















「ちゃんと説明してもらおか?」
ものっすごい笑顔で目の前に正座する2人を見つめるリーダー。
「何であんなケンカしてん」
けれど、その目は面白いほど笑ってない。

先ほど全壊した家は、リーダーが張っていた結界だかのお陰で何事もなかったように雨風を防いでくれている。

「坂本くんが俺の楽しみにしてたケーキを食べたのが悪い」
正座している2人のうち、長野さんがボソッと呟いた。
「あんな所に置いておくお前が悪いんだろ」
それに対して坂本さんもボソッと反論した。
「俺の名前書いてあったでしょ」
「んなん知るか」
一旦落ち着いた空気がまた荒れ始める。
家の中で竜巻の気配を感じて、非科学的なこの状況に泣きたくなった。
兄ぃと太一君と長瀬の非科学的存在3人は、後ろにあるダイニングテーブルでのほほんとお茶を飲んでいる。
もちろんそのお茶は俺がいれたお茶だけど。
「2人とも、消し炭になりたい?」
リーダーがにっこりとそう言った。
もし俺の目がおかしくなっているのでなければ、リーダーの背中にどす黒い何かが見える。
何となく近付きたくない。
「ごめんなさい」
「茂君がやると洒落にならないので止めてください」
長野さんと坂本さんが頭を下げた。
確かに、キレたリーダーは怖い。
俺は意を決して、会話が途切れたこの隙にお茶を出してみた。
「ありがとう、松岡」
「あ、君が噂の人間君なんだ」
リーダーの言葉に長野さんがほわと笑った。
何となく、この人リーダーに似てるかもしれない。
「松岡です」
「俺は長野です。天使です。で、こっちが」
俺が頭を下げると長野さんは再び微笑んだ。
そして横の坂本さんを肘で思いっきりつつく。
・・・・・・・・というか殴ったように見えたのは気のせいだと思うことにする。
「坂本です。悪魔ね」
殴られた、基、つつかれた箇所を涙目で摩りながら坂本さんは俺に言った。





----------------------------------------------------------------
*おまけ*

2006/11/23




もどる