初夏の空気漂う五月晴れの朝。
「おはようございまっす」
普段起きてくる時間よりも幾分か早く起きてきた長瀬に、山口は面食らった顔をした。
「おはよぉ、長瀬。今日は早いなぁ」
「あ、リーダー。おはようございますー。昨日早く寝たから早く目が覚めちゃいましたー」
もしも尻尾があったら、はたはたと揺れていそうな笑顔で城島と話している。
聞こえてくる唄も昨日とは打って変わって明るい調子のもの。
「ぐっさん、おはようございます!」
ソファに腰掛けて新聞を読んでいた山口の目の前に、文字通り跳んできて、にかっと笑った。
「・・・・・・・・・・・あぁ。おはよう」
「あの、昨日はすいませんでした!」
勢いに圧倒されて素直に返した山口に、長瀬は頭を下げる。
「我慢できずまた暴走させてしまい、御手を煩わせて申し訳ありません。隊長」
「・・・・・・・・いや、俺も・・・・・・・・。悪かった」
「いいえ、ぐっさんは悪くないです。昨日マボに言われたんです。だから血は苦手だけど、俺なりに頑張ります!」
何だかつながりのよく判らない事を言って、右手で敬礼した後、台所に走っていった。
「マボー!朝ご飯何ー?」
「ぎゃああ!!包丁持ってる時に飛びついてくるなー!!」
騒がしくなる台所とは対照的に呆然とそれを眺める山口。
「ねぇ」
「何やぁ?」
食卓でコーヒーを啜りながら城島が答えた。
「今のちょっと理解できなかったんだけどさ」
「昨日の夜に松岡に慰めてもらって、それを踏まえて心持ち新たにがんばりますってことやないの?」
「・・・・・・・・・・・・なるほど」
すらすらと出てきた訳に山口は小さく唸る。
どうして長く一緒にいたはずの自分が理解できなかったんだろうか。
「・・・・・・・・・根本が似てるから?」
「何がや?」
首を傾げる城島を適当にはぐらかしておいて、山口は1人納得していた。
「強い子やんか」
コーヒー片手に山口の横に座り、城島が言う。
「心配するほどでもなかったやないの」
「過保護だったかね」
「ええんやない?純粋で」
「そうかな」
「そうやって」
熟年夫婦のような空気を醸し出しながら、ぽつりぽつりと会話は続いた。



しばらくして太一が起きてきた。
朝食を終えて一服している時に、城島は腰を上げた。
「太一、ちょっと付いてきてくれへん?」
「トイレに?」
真顔で首を傾げる太一に、松岡がこっそり吹き出す。
「そんなに耄碌しとらんわ。出掛けなあかんねん」
「何で俺?」
「ええから。頼むわ」
太一は少し間を置いて腰を上げた。
「着替えてくるから待ってて」
「あぁ、正装したってな」
城島の追記に首を傾げつつ、皿を台所に下げてからリビングを出ていく。
「松岡は今日休みなん?」
「んー?今日は1限が休講だから、9時半ぐらいには出かけるよ」
「そーか。たぶんそれまでには帰ってこれんわ。気をつけて行っといでや」
城島が微笑むと、誰に言ってんの、と呟きながらも照れて視線を逸らす。
「達也は今日はバイトなん?」
「やー、今日は暇人だから海に行こうかな、と。アナタは?太一連れてくなんて、随分警戒してるじゃない」
山口がそう笑うと、城島は少し口の端を持ち上げた。
「ちょっと挑発しとこかなと思てな」
「そんな風に松岡と長瀬の前で笑わないでよ」
テレビのリモコンをいじりながら山口が笑う。
「何で?」
「懐いてくれてるひよっ子2人から怖がられてもいいならどうぞ?」
「ならやめとくわー」
ちょうどその時、黒字に赤のラインが入った軍服のような物を着て太一が2階から降りてきた。
「わ、太一君何それ!!」
「え?正装だけど」
「カッケー!!」
それを初めて見る松岡と長瀬がそれぞれ声を上げる。
「リーダーは着ないの?」
「おん。僕は着んでもええねん」
「何しにどこ行くの」
「秘密」
「ていうか何で俺に正装させといてアンタは正装じゃないの」
「それも秘密」
城島がにっこり笑うと、太一が少しむすっとした。
「途中でちゃんと話すから」
「説明無かったら俺途中でも帰るからね」
ぶちぶち文句を言いながら玄関に向かう太一に苦笑いを浮かべながら城島もそれに続く。
「じゃあ行ってくるなー」
「いってらっしゃーい」
長瀬が腕をぶんぶん振って、松岡はお玉片手に2人を見送った。












穏やかな日差しの下、歩く2人。
「何なの?」
「昨日の達也襲撃犯の親玉から対談のお誘いを受けてな」
にっこりと城島が微笑む。
「挑発すればボロ出すやろ。したら堂々と攻撃出来るやんなぁ」
「うわー。そんな顔松岡と長瀬の前でしないでよ」
「・・・・・・・・・そんなヤバい?」
「ヤバいね。で、どこなの?」
下り坂手前で城島が足を止めた。
その向こうに広がるのはビルの海。
「この辺で一番高いビルの屋上」
煙と何とかは高い所が好きとか言うよなー、と言いながら一番高いビルを指さす。
「現時点から全権を太一に一任する。相手の言うことは全て拒否。出来るだけ慇懃無礼にな」
「・・・・・・・・・・・・・Yes, sir.」
バサリ音を立てて広げられた2対の黒い翼は青空に飛び立っていった。












「お呼び立てしておいて申し訳ない。少し立て込んでおりましてな」
2人に遅れて現れたのは、太一ものよりは華美で、薄い青のラインが入ったデザインの黒い軍服を着た初老の男性。
「構いませんよ、淵水王殿」
彼の言葉に城島はにっこり笑った。
「・・・・・・・・・・・・何故貴殿がおられるか。私は煉獄王のみをお呼び立てしたつもりだが」
淵水王は眉間にシワを寄せて太一を睨みつける。
「此度の対談、及び我らに対する攻撃行為等への対策を、我が王は全て私国分に一任されました。
 故に私の言葉・決定は煉獄王公式の言葉・決定とお受け取りください」
「・・・・っ煉獄王!!これは私に対する愚弄か!!」
太一の言葉に、彼は城島に向かって声を荒げた。それを受け、城島はわざとらしいほど恭しく笑顔で答える。
「いえいえ。前眞王の頃から七王に名前を連ねる貴方様を愚弄するなど、畏れ多くて出来ませんよ。
 ただ、私の卷属を攻撃するなどという不届者の処罰には国分が適任と思いましてね。
 王のお話とやらもその関連とお見受けしました故、決断申し上げた次第です」
幾分か険を含んだ言葉に、淵水王は言葉を詰まらせた。
「・・・・・・・・・・この度の我が部下の暴走、申し訳ない。私の命令を無視して部下が勝手に動いたこととはいえ、
 それを事前に防ぐことが出来なかった責任は私にある。・・・・・・・・・・・・・・然るべき罰は受けよう」
彼は部下が勝手に行動したことを強調する。
「しかし、こちらも大切な部下を1人亡くしたことを考慮に入れて戴きたい」
「それは国分に仰って下さい。先程お伝えしたように私は管轄外ですから。では、話をお伺いしましょう」
苦虫を噛み潰したような顔をする彼に、城島は何の反応もすることなく笑顔で先を促した。
「・・・・・・・・単刀直入に申し上げる。城島殿、貴殿に戻って戴き、眞王の座に就いて戴きたい」
その言葉に太一は目を見開く。
今のはまさに謀反を起こすと言っているのと同義だ。
本人はどんな様子なのか、気になった太一は瞬間的に後ろを見た。
背後で城島は、フェンスにもたれて煙草を蒸かし、明後日の方向を見ていた。

(・・・・・・・・・・・潔いくらい聞く気ねーし・・・・・・・・・・)

上司のあんまりな態度に小さくため息をつく。
「何故あんな若造が眞王の座に着けたのかは知らんが、天界と和解などと戯れ言を口にして・・・・・・・・・・・・。
 良いように利用されているだけではないか!先王殿まで幽閉し・・・・・・・・!貴殿なら解るだろう、これではいけないと!!」
だんだんと口調に熱が帯びてくる。
彼の視線は太一の横を通り過ぎて、城島にだけ注がれていた。
居づらいと思いつつも目線を逸らすことなく淵水王を見てはいたけれど。

(こんなぶっちゃけ話、あいつが聞いたらさすがに動くんだろうなぁ)

太一はぼんやりと、地界にいる形式上上司に当たる、やる気のない人物を思い出していた。
「我々は貴殿以外に眞王にふさわしい者などいないと思っている!!先王殿のご子そ」
「太一」
彼の言葉を遮って、城島が太一を呼んだ。
「は・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・どうするか決めろ」
表面上は普段と変わらないが、彼をよく知っている者ならば判っただろう。
(・・・・・・・・・・怒ってる・・・・・・・・・・・)
その1人である太一は多少表情を強ばらせた。
「・・・・・・・・・・・淵水王様、お話お伺いしました。結論だけを申し上げるならば、お断りいたします」
「・・・・・・・・・・・貴様には訊いておらん。低俗な天使が」
明らかな侮蔑を含んだ言葉に、太一はカチンときた。
「現在全権は私にあります。そのお言葉、我が王への侮辱と解釈できますが?」
片眉を持ち上げて、険を含む視線で睨めつける。
「・・・・・・・・・・・貴様と話しても何の意味もないわ!!煉獄王!!貴殿から直接返事を戴きたい!!」
淵水王はイラついた様子で城島に呼びかけた。
城島はにっこりと、最上級の笑顔を浮かべて、言った。
「太一。淵水王殿を丁重にお見送りして、帰って戴きなさい」
その言葉に彼は驚愕を顔に浮かべる。
「なっ・・・・・・・・・・・・!!」
「アイ、サー」
太一は戦闘態勢に入った。
「何故だっ!!貴殿は今の地界が嫌で出ていったのではないのか!?それともあの天使に唆されたのか!!
 やはりあの時殺しておけばっ!!・・・・・・・・・くそっ・・・・・・・・・・・・あの無能共がしくじらなければ・・・・・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・ほぉ。あの時、とはいつのことですか?淵水王殿」
自分の失言に淵水王は表情を強ばらせる。
待っていたかのようにフェンスから離れて、城島は煙草を燃やした。
「もしかして先日のことですか?あれは部下の暴走だったのでは?」
太一の真横まで足を進めて微笑む。
「まさか貴方様の指示だったなんて・・・・・・・・・。墜ちたもんやね。それでこそあの人の傾倒者なんやろうけど」
「・・・・・・・・・・・っ」
「貴方は知らないと思いますけどね、淵水王。実はあの人を幽閉したのは僕なんですよ。
 本当は殺したいくらいでしたけど、眞王のご指示でしたから仕方なく、ですけどね」
屈託のない笑顔で言った城島に、彼は引き吊った笑いを浮かべた。
「は・・・・・・・・・・・・ははっ!!流石は冷血王と謳われた先王のご子息!!実の父をも死の対象とするか!!」
「そうなんですよ。そういうところは似てしもうて。殺してやりたいくらい憎いんやけど、でも良いこともあるんですよ?」
彼の揶揄を軽く受け流し、城島は太一の肩に手を乗せる。
「?」
「例えばこんな時に、ムカつく奴の抹殺とともに部下の指導をするなんていうことができることとかね。
 太一、この人は水遣いや。ちょうどええからあっちの練習しようなー」
「え!?嫌だよ!あっちは嫌いだから使わないようにしてんのに!」
太一が状況を忘れて声を上げた。
「使わんから使えんのやろ?こないだだって使えば勝てたんに…」
その言葉が図星だったのか、太一は無言で渋々頷く。
「な・・・・・・・・・・何をごちゃごちゃ言っているのかは知らんが、何としてでも戻ってもらう!!
 抵抗するなら力尽くでもと、貴殿の父上から指示を戴いている!!」
そう言って手を広げた淵水王の周囲に水の固まりがいくつか現れる。
同時に城島が指を鳴らして、太一に言った。
「心を落ち着かせて、目を閉じて。すると感じるやろ?もう1つの力を」
「うん」
「怖いと思うな。飲み込まれる前に捕まえろ」
目を閉じた闇の中に一筋の光が走った。それを掴み、目を開く。
握りしめた手を開くと、それに併せて雷光が大きく球を形作った。
「なっ・・・・・・・・・何故水を遣う貴様が雷を呼び出せるっ!?相対する力は使えないはず・・・・・・・・・・」
「太一のこちら側での祝福は雷ですからねぇ」
「有り得ないっ!!逆の力の祝福を受けるなど・・・・・・・・・そんな・・・・・・・バカな・・・・・・・」
「有り得ないことの方が有り得ないんですよ、淵水王殿」
動揺し、攻撃の手を止めてしまう水の王に嘲笑を浮かべる。
「さぁ、僕の大事な部下の手であの世に帰って戴きましょう。凍土王が下す判決は如何なるモノでしょうかね」
太一の手の中の光は次第に大きくなり、そして、背を向けた淵水王を追うように、雷が走り抜けた。
「ぉわっ」
反動で仰け反った太一を受け止めて、城島は空を見上げて眉間を寄せる。
「・・・・・・ちっ・・・・・・・・結界破って出てったか」
光が走り抜けた後のコンクリートは大きく抉れ、階下の部屋が顔を覗かせていた。
「大丈夫か?太一」
「・・・・・・・・・・大丈夫じゃない・・・・・・・・・・」
城島に受け止められた体勢で寄りかかったまま、ぐったりして答えた太一に、城島は苦笑を浮かべる。
「全然加減もなってなかったもんなぁ。でもよくやったな、お疲れさん」
頭を軽く叩き、やんわり微笑むと、太一は小さく息をついて、その体勢のまま寝息を立て始めた。


「お疲れ」
眠ってしまった太一を担ぎ直したとき、背後からかけられた言葉に、城島は苦笑しながら振り返る。
「何や、海行ったんやなかったんか。いつからおってん、自分」
「アナタがキレた頃から。だって海に行くより面白そうだったから」
振り返った先には、笑顔でフェンスの縁に腰掛ける山口の姿があった。その背中には純白の翼。
「嫌味なやっちゃ。じゃあ僕の話聞いたん?」
「アナタのお父上が先の大戦の戦犯である前眞王で、殺したかったけど諌められて諦めたってとこ?」
一息で言い切った山口に、城島は苦笑いを浮かべながら小さくため息をついた。
「何?気にしてんの?」
「出来れば知られたくなかったなーと思て。ま、太一にも聞かれてもうたからもうええけど」
「らしくないね。そんなんで幻滅するとでも?」
クスクス笑いながら、ふわりとフェンスから飛び降りる。
コンクリートに足がつくと同時に背中の羽が消えた。
「そういうわけやないで」
「まー、俺と互角に渡り合った時点で驚きなんだから、他の事で今更驚くことはないね」
「何やそれ」
山口はぐっすり眠る太一を預かろうとしたが、城島はそれを断った。
「今日はがんばったから、僕にやらせて」
「アナタも大概甘いよね」
苦笑を浮かべた山口に、城島は笑う。
「ええの。部下は道具やないもん」
「解ってるよ」
2人とも子供を慈しむ親のような柔らかい笑顔を浮かべて、その場を飛び立った。








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2006/06/24




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