「煉獄王が庇護する天使だな?」
突然かけられた声に振り返る。
そこにいたのは見知らぬ数人。ただし纏うのは人ならぬ気配。
「・・・・・・・・・・・・・・・そうだって言ったら?」
ありきたりな展開だな、と思いながら挑発するように訊いた。
いつでも飛び出せるように構えながら。
「我が王の命により、死んでもらう!!」
そう叫び、男達は飛びかかる。
「やなこった!!」
一呼吸早く山口が結界を張り、次の瞬間、光が炸裂した。
「!?」
不意に長瀬は空を見上げた。
何らかの力によって、今彼がいた空間が元の世界から切り取られたのを感じて。
その次の瞬間、激しい閃光とともに強風が走り抜けた。
「わっ」
あまりの激しさに思わず目を閉じる。
それが治まったと同時に力のぶつかり合いが始まるのが判った。
「今の結界・・・・・・・・・・・ぐっさんだ」
長瀬は爆心地に向かって走り出す。
感じたのは自分と同種の力と、対になるような黒い力が複数。
行って何が出来るか判らなかったけれど、しかし放っておくことも出来なかった。
見捨てないと約束したから。
場所は判らないが、勘を頼りに進んでいく。
右に曲がって左に折れて。
どうやらその勘は当たっていたらしい。道を進むにつれて、何となく空気が重たくなっていくように感じた。
相変わらず聞こえる爆音もだんだんと大きくなっていく。戦場独特の緊張感に歩みが鈍くなる。
ある角に差し掛かった時、そのプレッシャーに長瀬はついに足を止めた。
恐らく、その角を曲がれば目的地だろう。
けれど、足はどうしても動こうとしない。膝は微かに震えていた。
そして、声が聞こえた。
「殺すって、最初の意気込みはどうしたんだよ。俺は傷1つついてねーぞ」
慌てる様子もない。むしろ楽しんでいるかのような陽気な声が届く。
「・・・・・・・・・・・・本気ってもん、見せてやろうか」
その言葉に含まれる冷たさを感じ取って頭を上げた時、塀の向こうを中心に何かが走り抜けた。
とっさに地に伏せた瞬間。
周囲全てが吹っ飛んだ。
轟音に耳鳴りがした。音がいまいち聞こえない。
よろよろと立ち上がるとコンクリートの破片が軽い音を立てて地に落ちた。
周囲に広がるのは瓦礫の山。
さっきまで視界を遮っていた塀は地面に近いところを残して跡形もなく消え去っていた。
爆心地と思われる箇所には半径5mほどのクレーターといくつかの倒れた人影。
そしてたった1人、3対の羽根を広げた立ち姿だけがあった。
「誰の差し金だ」
倒れている1人の髪を掴んで持ち上げ、言った。
「・・・・・・・・言え・・・・・・・・・るか・・・・・・・・・」
「このまま死ぬのと、戻ってお前の主に罰を喰らうのと。どっちがいいか選べ」
普段の人柄からは想像できない雰囲気と口調。
その姿に長瀬の表情が固まった。
「・・・・・・・・・ひっ・・・・・・・・・・・・」
尻餅をついて掠れた声を上げる。それに反応して影が振り返った。
「・・・・・・・・・・・っ長瀬!?」
山口は慌てて手を離し、羽根を消して長瀬に走り寄る。
「お前いつからっ!?」
「・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・う・・・・・・・・・・・」
肩に手を置いて問い詰めるが、目を泳がせどもるばかりで話にならない。
視線を逸らし小さく舌打ちして逡巡している内に、長瀬の視線が山口の後ろに注がれた。
同時に現れる殺気。
山口が振り返ると目の前には剣を振り翳した影。
ほとんど反射に近い速度で腕をその影に伸ばし、指さした。
その瞬間、風が吹き抜ける。パシュっと軽い音がして、赤が飛び散った。
全身を切り裂かれ、そしてそのまま吹っ飛んで瓦礫の山に突っ込む。
男は二度と動くことなく、その身体は傷口から砂のような小さな粒子に崩壊して、それも虚空に消えていった。
「・・・・・・・・・・・わあああ!!!!」
その様子に他の悪魔達は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「・・・・・・・・・こっちだと消滅か」
その様子を眺めながら頬に付いた返り血を手で拭う。それもさらさらと消えていった。
「・・・・・・・・・・・っ!!しまった!!長瀬っ!!」
あることに気付いて山口は慌てて振り返った。
腰を落としたまま呆然としていた長瀬は頬に付いた液体を手で拭う。
「長瀬!!見るな!!」
山口の制止は遅すぎた。
「・・・・・・・・・う・・・・・・・・・・・・うああああああ!!!!!!」
手に付いたものを見た瞬間、顔を恐怖に引き吊らせて長瀬が叫ぶ。
同時に激しい勢いで、爆発するように炎が燃え上がった。
「長瀬っ!!」
あまりの火の勢いに山口は後ずさる。
頭に直接届く心の旋律も悲鳴を上げていて、その強さに意識が引きずられそうになる。
「っ・・・・・・・・・・・・・・手加減は苦手なんだよ!!」
ちくしょう、と叫びながらも水を生み出して自分にぶっかけた。
「文句は後で聞くから!!」
おそらく聞いてはいないだろうが、そう一言断って、炎の中に突っ込む。
そして、長瀬の肩を掴んで、もう片方の手を握り締めて、長瀬の腹に力いっぱい一発打ち込んだ。
「がっ!!・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・」
その衝撃に、長瀬は呻いて、がっくり膝をつく。
意識を失って倒れるとともに炎の勢いが急激に衰えて、ついには消えた。
「・・・・・・・あ〜ぁ・・・・・・・服が焦げた・・・・・・・・・・・」
ぽつり呟いて、結界を壊す。
ガラスの割れるような音が小さく響いて、周囲の景色は瓦礫になる前の状態に戻る。
「よっと」
ぐったりとする長瀬を担いで、山口は一対の羽根を広げた。
「長瀬」
軽くドアをノックして、松岡は呼びかける。
「起きてる?」
『・・・・・・・・・・・・起きてる』
呼びかけて少し間があって、扉の向こうからくぐもった声が届いた。
「夕飯食べてないんだって?夜食にサンドイッチ作ったんだけど、食べるか?」
『うん』
「じゃあ入るぞ」
そっと扉を開ける。
電気も点けず、ベッドの上に長瀬は座っていた。
「何してんの、電気も点けないで」
「・・・・・・ん・・・・・・・・今起きたとこだったから」
「点けるぞ」
「うん」
ぱっと点いた電灯に、長瀬は眩しそうに目をしかめる。その表情がどことなく沈んでいるように見えた。
「じゃ〜ん。松岡特製ベーコンサンド〜」
「うまそー!!」
松岡が皿を見せると、嬉しそうにベッドから飛び降りる。
「ほれ。夜だから紅茶にしといた」
そして、ほかほかと湯気の上がるカップを差し出した。
「わぁ、ミルクティーだ。さすがマボ!」
「コレくらい当然でしょ」
「いただきます!!」
「どうぞ、召し上がれ」
床に皿を置くと、長瀬はぴしっと正座して、大きな一切れを頬張った。松岡も腰を下ろしてカップに口をつける。
「美味い!!」
「誰に言ってんだよ」
美味いと連呼しながら食べ続ける長瀬に松岡は笑った。
「あのさ」
「んあ?」
「何かあった?」
松岡の言葉に長瀬が動きを止める。
「兄ぃ何か静かだし」
サンドイッチを一切れつまんで、続けた。
「で、お前は飯食ってないって言うし。それに…」
「?」
「コレどうしたんだよ」
松岡は長瀬の頬を指さす。
「ここ。火傷みたいに赤くなってる」
「・・・あ・・・・」
「・・・・・・別に、あること全部話せとは言わねぇけど、・・・・・・・やっぱ心配だ、と、思う・・・・・・・んだよね。俺としては」
最後の方を早口に言う。長瀬は俯き加減に食べかけのサンドイッチを皿に置いた。
「・・・・・・俺ね」
「ん?」
「血がダメなの」
突然言い出した内容に関連性を見つけられなかったが、松岡は黙って頷いた。
「おう」
「ちょっとしたのは大丈夫なんだけど、いっぱいあるとダメなんだ。だから俺、戦争に行かせてもらえなかったの」
「・・・・あぁ。天使と悪魔の?」
「うん。いっつも置いてかれてた。せっかく軍に入れてもらえたのに、何にも出来なくて。
山口君はそれでもいいって言ってくれてたけど、俺悔しくってさ」
「何で?」
「俺、スラム生まれなの。スラムって地界との境界線に近いとこでね。だからすごく荒れてたんだけど。
俺が生まれたときって過去にないほど激しい戦争だったらしくて、俺、親の顔も知らないんだ」
「うん」
「でも一緒に暮らしてる人はいたんだよ。1人でウロウロしてたとこを拾ってもらって」
松岡の表情が曇ったのを見て、長瀬が慌てて付け足す。
「優しい人だった?」
「うん!!その人のご飯がスッゲー美味かったの!!」
嬉しそうに笑って、すぐその笑顔は鳴りを潜めた。
「でも死んじゃった。俺を庇って。すぐそばで戦いが始まっちゃったから。
・・・・・・その時ね・・・・・住んでた所真っ赤だったんだ。・・・・・だから・・・・・・・ダメなんだと思う。
血を見ると頭ん中真っ白になっちゃって、力のコントロールできなくなるの」
力なく苦笑いしながら、長瀬は言った。
「今日も山口君が戦ってた。突然結界ができたからそこに行ったら、戦争の時みたいで。
頭ん中真っ白になっちゃって、力暴走して、俺火の祝福だから自分まで火傷するくらいの勢いになっちゃって」
「・・・・・・そっか」
「・・・・・・・・・・・俺ホントダメなんだ。こんなんじゃ守りたいものも守れない。
あの時だって大事なもの守れなくて、逆に守ってもらって、戦争止めたくて軍に入ったのに何にもできなくて。
今日も何にもできなくて・・・・・・・・・・・・・・・・。こんなんじゃ、俺・・・・・・・俺・・・・・・・」
俯いて手を握り締めて、泣きそうな顔。松岡は長瀬の手を掴む。
「・・・・・・・・手。力入れすぎ。痛いだろ」
「・・・・・・・・あ・・・・・・・・」
「俺思うんだけどさぁ」
少し血の滲んだ掌をティッシュで拭きながら、松岡は呟いた。
「そんなに戦えることがえらいの?」
「え?」
「別に血が苦手なのっておかしいことじゃないと思うけど。だって生きてくのに大事なもんだろ、血って。
それが流れてることに慣れてる方がおかしくない?そりゃ戦争の中にいたなら仕方ないことかもしれないけど」
「・・・・・・・・そうなの・・・・・?」
「そうだよ!俺だって血は苦手だよ。だからダメじゃないんだよ。お前が普通なの。
まぁ、取り乱し方はちょっと過剰かもしれないけどさ。それでもいいんじゃない?ここには戦争ないんだし」
サンドウィッチをもう一切れ頬張って、松岡は続けた。
「それに、戦うだけが大切なものを守る方法じゃないっしょ。武力以外にも何か手段はあるはずだよ。
誰かを傷つけるのができないなら、誰も傷つけない方法を見つければいいじゃん。
長瀬は長瀬のやり方で、大事なものを守ればいいんだよ。それが兄ぃは武力だっただけで、さ」
「・・・・・・・・・そんな方法あるのかな」
「それを見つけるのはお前だろ?そこまでは俺でも判んねぇよ」
その言葉に、長瀬は難しい顔をして、首を傾げた。
「・・・・・・・・うぅ〜ん・・・・・・・・・」
「今思いつかなくてもいいんだよ!おっ前バカだなぁ」
松岡が笑いながら長瀬の肩を叩いた。
「・・・・・・・・そっか!」
「これから見つければいいだろ?」
「うん」
嬉しそうに長瀬が笑う。松岡もつられて微笑んだ。
「・・・・・・・マボすごいや」
「は?」
「ううん。でも、何か普通の人間と違うね。すごく優しいし、何か温かい」
長瀬は膝を抱え、ぽそぽそと小さく呟いた。
「・・・・・・・何言ってんだよ!はっずかしいな、お前!」
長瀬の言葉に、松岡が真っ赤になる。手にしていたサンドウィッチを一気に食べきって、立ち上がる。
「それ!全部食べていいから!!食べ終わったら台所に持って来いよ!!」
皿を指差しそう言って、ドスドスと部屋を出て行った。
「マボ、変なの」
1人残された長瀬は首を傾げる。
「・・・・・・・・・・・・・・・俺に出来ること。・・・・・・・・・うん。がんばろう」
小さくそう呟いて、長瀬は手を握り締めた。
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2006/06/01
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