見上げれば、鮮やかな青空とそれに映える白い雲。


そして、黒い羽根の集団。
















「太一く〜ん」
「・・・・・・・・あんだよ、長瀬」
「あ!初めて名前呼んでくれましたね!!」
「うるせぇよ」
鬱陶しそうな顔をして、目を輝かせる長瀬の言葉を一蹴して振り返る。
「あいつらウゼぇな」
「どっち追いかけてると思います?」
太一の言葉に長瀬が振り返って言った。
「お前に決まってんだろ」
「俺悪魔に追いかけられるようなことしてないもん」
「何で俺が仲間に追いかけられなきゃなんねぇんだよ」
「そんなん知りませんよ」
緊張感なく会話しているものの、2人とも全力疾走で駆け抜けている。
場所は路地裏。両手にスーパーの買い物袋。
「あ、何か呪文使いますよ。結構デカい?」
「は?何でそんなの判んだよ」
長瀬の言葉に、太一の眉間にシワが寄る。
「え?だってちっちゃいけど力の塊生まれませんでした?」
「んなん判・・・・・・・・・・・・・・・・特殊能力か」
さも当然のごとく言った長瀬に、眉間のシワが深まった。
瞬間、幾本もの氷の矢が降り注ぐ。
「わあ!!すごいすごい!!太一君!あれ氷ですよっ!!」
「すごくねぇよ!!悪魔には氷の祝福もあるんだから当然だろっ!!」
「そうなの!?知らなかった!!」
「お前アルメニアで何習ってきたんだよ!!」
嬉しそうに声を上げる長瀬に太一はため息をつく。
「俺行ってませんもん!」
「行ってない!?なら何で軍に登よ…おい、矢に触るなよ。全身凍り付くぞ」
危うく当たるところを太一が引っ張って、ぎりぎりかわした。当たった地面は周囲1mほど凍り付く。
足は止めることなく振り返ってそれを見て、長瀬が太一を見た。
「思ったんですけど、火で溶かしたらどうでしょう」
「俺火苦手だし」
「俺火の祝福です!!」
自信満々に長瀬が言う。その表情に太一の眉間に激しくシワが寄った。
「早く言えよ!!とりあえず矢だけ何とかしろ!!ただし卵は死守!!」
「了解!!」
急に足を止め片手に袋を持ち、向かってくる氷の矢に立ち向かって長瀬は勢いよく腕を凪ぐ。
同時に現れた炎が全てを飲み込み、耳障りな音を立てて蒸発した。
「急げっ!!とりあえずこっから離れっぞ!!」
「えぇ!?このままやっつけちゃいましょうよ!!」
太一の発言が不服として、長瀬が反論する。
「悪魔には悪魔の事情があんだよ!!それに、広い所に出て一掃した方が早いだろ!!」
「・・・・・・・・・・わかりましたぁ」
少しふてくされ気味に返事が返ってきた。
「・・・・・・お前、さっきのさ」
「はい?」
「何であれだけの力持ってて8位なわけ?」
「スラム生まれだから」
あっさり返ってきた台詞に、太一は目を細める。
「俺も訊いていいですか?」
「何だよ」
「何で太一君は天界に詳しいんですか?」
長瀬の問いに太一が口を閉じた。
「だって、アルメニアなんて天使でも軍に入れるようなヒトしか知らない言葉です。
 俺もぐっさんに軍に呼ばれて初めて知ったんですから。俺は行ってないですけど。
 なのに、何で悪魔の太一君が天界の学校の名前を知ってるんですか?」
その時、視界が開けた。
そこは工場が集まる港。休みの日ということもあって、人気はほとんどない。
「長瀬」
「何ですか?」
「お前結界張れるか?周囲1kmぐらい」
長瀬はそれに言葉ではなく行動で返事をした。
「我は煉獄王ラースが眷属である!!それと知っての狼藉か!!」
追いかけてきていた黒い羽根の集団の方を向いて、太一が声を張り上げる。
「我らは我らが王の指示に従っている!!」
彼らはそう返してきた。
その返答を聞いて、太一は口の端を吊り上げる。長瀬を自分の後ろに押しやり、一歩前に出た。
「・・・・・・・・長瀬。いい事教えてやるよ」
そして左手に虚空から一振りの刀を呼び出して、体勢低く構える。
「俺も生まれはスラムだ」
太一が刀を居合いの要領で抜き、振り払った瞬間、数十本もの水の竜が飛び出し、全てを飲み込んだ。























「・・・・・・・何か嫌な予感がする」
不意に、松岡が呟いた。
「あ?どうしたよ、松岡」
ソファでゴロゴロしていた山口が反応して、そちらを向いた。
「買い物頼んでから、もう2時間経つんですけど」
「どれにしようか迷ってんじゃね?」
「歩いて10分のスーパーで2時間も?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
一瞬の沈黙。
「道の方に迷ったな」
「卵割れてないかな?」
「卵無しのお好み焼きは嫌だぜ?」
「卵が無事に帰ってくることを祈ってよ」























「・・・・・・・・・・どういうことですか?さっきの・・・・・・・・」
「言葉のまんまだよ。俺もスラムで生まれて、機会があって軍に入って、
 アルメニアで訓練して、最終的に天界軍第四部隊副隊長まで上り詰めて、堕ちた」
「・・・・・・・・・・・何で・・・・・・・・・・・・」
長瀬が表情を曇らせて、搾り出すように声を上げる。
「言わなくても判るだろ。スラム出の奴らがどんな扱い受けるかなんて」
「・・・・・・・・・俺は・・・・・・・・・・・ぐっさんが・・・・・・・・・・・・」
「俺に味方はいなかった」
帰り道。
無事買い物を守りきった2人はとぼとぼと家路に着いていた。
「味方ができたのは堕ちてからさ!体の半分以上感覚のない状態で、居場所もなくなって、
 このまま死ぬのかと思ってた時に助けてくれたのは、皮肉なことに俺が殺そうとした悪魔だぜ!?
 味方だと思ってた奴らには捨て駒にされたんだ!!俺がスラム出の親無しだったから!!」
だんだん語気が強くなる。
太一は突然立ち止まって荷物を投げ出して、我慢できないと言う様子で声を上げた。
「だから天使は嫌いなんだ!!簡単に仲間を裏切る!!出生や家柄にばかり拘って、出世しか頭にない!!
 この羽根が一度でも、今でも白いことに吐き気がする!!お前だってそ」
「太一」
長瀬に掴みかかりそうになる太一の言葉を遮ったのは聞きなれた穏やかな声。
「っ・・・・・リーダーっ」
少しほっとしたように、長瀬が彼を呼んだ。
「その辺でやめとき。長瀬や山口はそういう奴じゃないって解っとるやろ?」
「・・・・・・・・っ」
城島が肩を叩くと、太一は顔を赤くして俯く。
「長瀬もゴメンなぁ。変な奴らに襲われたんやろ?怪我はないか?」
「大丈夫です。太一君が守ってくれたから」
「そっか。よくやったな、太一」
太一は城島の腕を振り払って、何も言わず2人を置いて歩き始めた。
「・・・・・・・あっ!!太一君!!」
それを見て、長瀬が追いかけた。
「太一君、太一君聞いて。俺、ぐっさんが助けてくれたから、太一君みたいな思いはしてません。
 だから太一君がどれだけ辛い思いしたのかなんて解んないです!でも、約束しますから!!
 俺絶対太一君を裏切ったり見捨てたりなんてしないから!!・・・・・・・・・・・行かないでください!!」
長瀬は必死な顔でそう言って、太一の腕を掴んだ。
太一は足を止める。振り返らないで、言った。
「・・・・・・・・・・・・行くって、どこにだよ・・・・・・・・・・」
「判りません。でも、出てっちゃう気がしたから・・・・・・・・・・・・」
最後はだんだん小さくなる。
太一はその手を振り払って、そして言った。
「・・・・・・・・・・・・・・破ったら二度と飯が食えないようにしてやるからな」
小さく呟いた太一の顔は少し赤らんでいて、気不味そうに視線を泳がせていた。
その言葉に、長瀬は満面の笑みを浮かべて、もう一度太一の手を取った。
「さて、帰ろか?」
ちょうどよく、城島が2人の肩を叩く。
「特別に飛ばしたろか」
「ウワサの瞬間移動っすか!?」
城島の提案に長瀬が目を輝かせた。
「座標間違わないでよ」
「・・・・・・。・・・・・今日は調子悪いからやめとくわ・・・・・・・・・」
「えー!?見たいです!!」
「この人前間違えて松岡の真上に出ちゃったらしいからやめた方がいいぜ」
「・・・・・・・・・・・・・・じゃあいいです」
太一の言葉に、少し残念そうだが結局諦める長瀬。
「1つ持つわ」
城島が太一が持つ袋を1つもらい、3人はのんびり歩きだした。






















「あれ?ちょっと待って。おかしくない?」
突然太一が立ち止まる。
「何がですか?」
それに合わせて2人も不思議な顔をして足を止めた。
「リーダー、松岡の上に落ちたんだよね?」
「おん」
「で、羽根見られたんでしょ?」
「そうやで?それが知り合ったきっかけやし」
「でもさ、天使も悪魔も、羽根出したら人間からは見えなくなるはずだよね?」
「あ、だからさっきの悪魔の集団も騒ぎにならなかったんですね!!」
「それっくらい気付けよ!!っていうか常識だろ!!」
その歓声に太一が長瀬をどつく。長瀬が目を潤ませて城島の後ろに隠れた。
「でも松岡には見えてたんだろ?」
「せやで」
おもしろそうに目を細めて、城島が肯定した。
「・・・・・・・・・・・・・マボ人間ですよね?」
「・・・・・・・・・・・あいつ何者?」
訝しがる2人とは対照的に、城島は何も言わず微笑むだけだった。






----------------------------------------------------------------

2006/05/21




もどる