「じゃあ、行ってくるわー」
晴れやかにそう言って、兄ぃは太一君さえ起きてきてない日曜の朝早くに出て行った。
それを、にこにこと手を振るリーダーと見送ったわけだけれど。










「兄ぃって、何してんの?」
「んー?」
ご所望のあっつい番茶を差し出しながら、俺は訊いた。
リーダーは新聞から目を離して、正面に座った俺を見る。
「何って、何やろか」
「兄ぃって時々こうやって朝早く出て行くじゃん。
 俺が学校行く時も一緒に弁当作ってるわけだけど。何してんのかな、と思ってさ」
「本人に訊けばええやん」
ずずっとお茶をすすりながらリーダーは笑う。
「本人出てっちゃったじゃん」
訊きたくても訊けないでしょ、と俺が言うと、リーダーはああそうか、とばかりに手を打った。
「それは素ですか?それともワザと?」
「ワザとにきまっとるやん。て分厚い広告の塊を丸めたモノはさすがにやばいので勘弁してください」
何だか変な汗を流しながらリーダーが手を振る。それなら初めからちゃんと答えてくれればいいのに。

さすがにいい加減慣れてきたのです。
この人たちの言葉を全て信じると痛い目にあう、ということも学習しました。
自画自賛だけど、俺って健気。

「バイトやて」
「それは判ってるよ。何のバイトかなって話なんですけど」
「何やったかな・・・・・・あぁ!!家を作るとか何とかゆうてたで」
「大工?」
「そう、それや」
俺の言葉に嬉しそうに手を叩く。
「こっち来てすぐどっかから見つけてきてなぁ。結構楽しいみたいやで」
「へぇ。何か兄ぃっぽいね。似合ってそう。ていうかそっちにはいないの、大工とかって」
「天界は知らへんけど、地界にはおらんなぁ。そういうんはキクロプスの仕事やから」
ばさり新聞をめくってメガネを持ち上げる。
「キク・・・・・・・・・?」
「キクロプス。キクロプスは魔獣の一種でな、だいたい3メートルぐらいある一つ目の巨人や。
 その見てくれ通り力持ちやさかい、建築とかそういうんやっとんねん」
「・・・・・・・・・・・・そんなのいるの?」
魔獣の一種ということは、そういうのがいっぱいいるというわけか。
・・・・・・・・・・・絶対行きたくねぇなぁ・・・・・・・・・。
「見た目はエグいけど、ええ奴ばっかやで。何やっけ、根は優しくて、力持ちー、みたいな」
「へぇ・・・・・・・・・そうなんだ・・・・・・・・」
あははー、と笑う茂君。やっぱりこっちのヒトとは感性が違うようです。
「・・・・・・・・じゃあリーダーは何してんの?朝は俺と同じくらい早く起きてるのに、
 どっか出かける様子もないじゃん。帰ってきても大体家にいるし」
そういえばこのヒトが一番謎な生活を送っているんだった。
まだこっちに来たばっかりの太一君や長瀬が暇人なのは分かるけれど・・・・・・・・・。
「僕?僕は本読んどるで」
「・・・・・・・・・・・本?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?毎日?一日中?」
「おん」
にこにこと笑うリーダー。
「・・・・・・・・すごく現実的なこと訊いていい?」
「何やろか?」
「働いてるのって兄ぃだけだよね?しかもバイト」
「せやねぇ」
「それなのに何でこんな豪華な生活できてんの?」
この俺の疑問は至極普通なことだろう。
この家、かなりでかいし、何でもあるし、電気とかは点けっぱなしだし、
毎月もらう食費も一般家庭のそれよりはかなり多い。でも収入源は、今の話聞いた限りではほとんどない。
「まさか犯罪やってるわけじゃないよね?」
俺が勇気を出して訊くと、リーダーは微笑んで。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 松岡は心配性やなぁ。いくら僕でもそんなことせぇへんよ」
ちょっとした間を置いて、そう言った。とても爽やかな笑顔で。
「今の間は何!!?何なの!!?もしかして俺地雷踏んじゃった!!?」
「落ち着き!松岡!!冗談やから!!」
俺の取り乱し方に驚いたのか、あわあわしながらリーダーが俺に言う。
「アンタが言うとシャレに聞こえないんだよ!!」
「そんな本気にするなんて思わへんがな!!人間てみんなこうなん!!?」
「アンタがシュールすぎるんだよ!!」
「・・・・・・・・・朝からうるさすぎ」
ぎゃわぎゃわ言い合いをしていると、後ろから眠たそうな声がかかる。
「あ、太一君、おはよ」
「・・・・・・・はよー・・・・・・」
振り返った先にはボサボサの頭で眠たそうな太一君がいた。
「あ、ご飯食べるよね」
「・・・・・・・・今朝は何?」
「パンにしたけど、ご飯がよかったら準備できるよ」
「・・・・・・・・・パンでいいよ・・・・・・・」
ホントに眠たそうに欠伸をしながらカップにコーヒーを注いで、リーダーの斜め前に座る。
眠いならもう少し寝ててもよかったのに。
「何騒いでたの?」
食パンをトースターに突っ込んで目玉焼きを焼いていると、太一君がリーダーにそう訊いているのが聞こえた。
「んー、冗談について松岡と意見が食い違ってん」
「アンタの冗談はシャレになってないから言わない方がいいよ」
「フォローぐらいせぇや」
「無理」
何だか思春期の息子と父親の会話に聞こえたような気がした。
「何でそんな話になったのさ」
パンの皿を受け取りながら、太一君が訊いた。
「何だっけ。えっと、この家の財源」
「・・・・・・・言われてみれば謎だね。リーダーどっかから盗んできてんじゃないの?」
「何やねん、お前ら。揃いも揃って」
太一君の台詞にリーダーが少し不貞腐れる。
・・・・・・ちょっと言い過ぎたかな。
「冗談に決まってんでしょ。で、実際のところどうなの」
何事もなかったかのように太一君は話を元に戻した。さすが、扱い慣れてる。
「盗むわけあるかい。ちゃんと貯金があるんやで」
「その財源何?」
「こっち来るときに持ってきて売った眞王のお宝コレクションの一部」
「「・・・・・・・・・は・・・・・・・・・?」」
何か良くない言葉を聞いたような気がするのは俺の聞き違いだろうか。
「あれリーダーが犯人だったの!!!?」
太一君がイスから立ち上がった。
「眞王怒っとった?」
「怒ってたよ!!だから人間界で見付かったのか!!ありえねぇ!!」
ぶつくさ文句を言いながら目玉焼きの黄身にフォークを突き刺す。
聞くんじゃなかった、と俺は後悔した。
「それを全部売ったら人間が一生遊んで暮らしても余りあるくらいになったからなぁ。
 株とかやってみてたらさらに儲かってな」
にこにこ笑いながらそう言う。
今更だけど、家賃渡さなくても良かった、と再び後悔した。










全部食べ終わって、太一君は長瀬を起こすために再び2階に上がっていった。
もう少ししたら激しい爆音が響くことだろう。
「松岡は今大学生やったっけ?」
長瀬の分の準備を簡単に終わらせてテーブルに着くと、リーダーが突然そう訊いてきた。
「?そうだよ。今3年」
「あれ、この前卒論がどうとか言ってとらんかった?」
「あぁ、あれはね、うちは3年から少しずつやり始めるんだって。本格的に始めるのは4年だけど。
 何だろう、いろいろやってみろっていうお試し期間、て言えばいいのかな」
他のとこでは当然そんなんじゃないらしい。変わった学校だ。
「ほぉー。やったらもうすぐ就職活動とかいうのがあるんやね、この前本で読んだで」
「そうだよ。っていうか思い出させないでよ。・・・・・・・・・普段は考えないようにしてんだからさ」
最後の方を小さく言うと、リーダーはしょうがないな、という顔で笑った。
「松岡はどんな仕事に就きたいん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・実はこれといってないんだよねー」
「ふぅん?」
「このままいくといろいろ道はあるのよ。企業就職もできるし、公務員とか?場合によっちゃ教師にもなれる。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・何が何でもこれがやりたい、ってことがないからさ。
 ・・・・・・・でも・・・・・・・これから先1人で何とかしてかなきゃいけないのにこんなんでいいのかなって、
 ・・・・・・・・・ちょっと・・・・・・・・・不安・・・・・・・・・・・」





もう助けてくれる親はいないから。


『学生』じゃなくなってしまったら誰も手を貸してなんてくれない。


先の見えない細い道を真っ暗の中進んでいるような、何ともいえない心許なさ。


怖くて、不安で、泣きそうになる。






「先のことは天使にも悪魔にも分からんよ」
俯いていた俺に、茂君はそう呟いた。
「僕も正直ここに来るのは不安やってん。達也がおらんかったらきっと来いへんかった。
 きっと天使も悪魔も人間も変わらへんて。先の見えない不安は何よりも怖いと思うで」
そして、俺の頭をポンポンと軽く叩く。
「でも、先ばっか見とったら、今この時点で足元にある石にも気付けられへんやろ?したら転んでまうやんか。
 せやから、僕はそれでもええと思うで。まだたかが20年しか生きとらへんのにごっつい将来設計あってもつまらんやろ。
 先が見えんてことは、好きなように自分で道決めれるってことやん。そう考えてみると不安も希望に変わらんか?」
見上げると、リーダーは穏やかに微笑んでいた。
「・・・・・・・・・・うん」
俺はまた俯いた。
今度は何だか恥ずかしくて頭が上げれなかったのだ。









でも、



なんて温かいんだろう











「・・・・・・・・長いこと生きとるだけあるやろ?」
「・・・・・おじいちゃんだもんね、リーダーは」
クスクス笑うリーダーに、俺は毒づいた。
「おじいちゃんだからすることなくても早く起きちゃうんでしょ」
「ヒドイわっ!!」
俺の言葉に嘘泣きするリーダー。泣きまねしたいなら笑ってちゃダメなのに。
「亀の甲より年の功だね」
「それって褒めとるん?」
「褒めてるよ」
自分で分かるほど顔が赤いままだったけれど、リーダーが嬉しそうに微笑むから、悔しいけれど俺も笑った。



少しして、2階から太一君の怒声と長瀬の悲鳴が聞こえてきた。







この生活を始めて大体1ヶ月。



一緒に暮らしてるのは血も繋がってない、そもそも人間でもない、神話に出てくるような存在だけれど、
それでも、この人たちといるのは居心地がいいと思った。




こんな常識外れな『家族』もいいもんだな、と思った。





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2006/05/18




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