がらんとしたホールの空間が一瞬歪む。
バチっと耳障りな音がして、次の瞬間、高い天井からヒトが落ちてきた。
「距離短っ!!」
落下する中で一番下にいた井ノ原が叫ぶ。
体勢を整える前に、そのまま床に背中から着地した。
「うぶっ」
「おー、生きてるかー?」
キレイに着地した坂本が笑いながら井ノ原に声をかける。
城島は山口の助けを借りて何とか転ばずに済んでいた。
「城ん中やな」
「ここに繋がるように細工してたのかもな」
小さく呟いた城島に、坂本が険しい顔で答える。
「正直どこに誰がいるのか判んないんだけど」
「二手に別れるか」
「いや、3つに別れた方が早いだろ」
「どう別れる?」
坂本の提案を受けて井ノ原が訊いた。
「茂君と山口はペアだ。暴走した時に止められるのは山口だけだからな。
長瀬は井ノ原が良いだろ。井ノ原の方が火の扱いに長けてる。太一は俺と行こう」
「判った」
「茂君達はあっちに行ってくれ。俺と太一はこっちに行く」
「じゃあ俺らはこっちだね!行こう、長瀬」
言うが早いか井ノ原は長瀬を引っ張って走っていった。
それを見て、城島も足早に言われた方向に歩いていく。
「ほら、行くぞ。太一」
釈然としない表情を浮かべて城島と山口の後ろ姿を見ていた太一を坂本が呼んだ。
太一は首を捻りながら坂本を追いかけた。
足早に進む城島の背中を追いかけてはいたものの、山口は内心釈然としてはいなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・なぁ、シゲ」
「何」
「おかしくねぇか?」
「何が?」
返事はするが足を止めない城島に、山口はついに腕を掴んで足を止めさせた。
「・・・・・・・・・・・この状況もだけど、アナタもおかしいよ」
「・・・・・・・・どこが?僕のどこがおかしいん?」
「そこだよ」
眉を寄せる城島を自分の正面に向け、両腕を掴んで固定する。
「何でそんな無表情なんだ?笑う状況じゃないのは判るけど、腹立つならそれなりの表情出来るだろ?
今のアナタ、初めて戦った時と同じだ」
「・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・」
山口の言葉に、城島はおもむろに自分の手を見る。
その時、2人の進行方向に気配が現れた。
2人同時にそっちに顔を向ける。
そこには青年が1人、立っていた。
「この先には行かせません」
「・・・・・・・・・・・・・・・・三宅・・・・・・・・・・・・・・・?」
強張った表情で2人にそう告げた青年を見て、城島が呟いた。
「・・・・・・・お前、坂本の・・・・・・・・・・・?」
山口も数回見たことがある姿だった。
「我が王の命令で、アナタ方をここから先には行かせません。どうしても、と言うなら、力尽くで阻止します」
瞬間、ざわりと空気が騒ぎ始める。
「・・・・・・・・・・・・・・・それは坂本の命令か?」
「・・・・・・・・・・・・い、いかにも・・・・・・・・・・・」
腹の底に響くような低い声で訊いた城島に、さらに表情を強張らせた青年が答える。
「シゲ」
その答えを受け一歩踏み出そうとした城島の肩に手を置き、山口はそれを留めた。
「・・・・・・・・・・ここは俺がやるから、先行け。
こういうのが出てくるってことは、この先に前の王様がいるってことだろ?」
そう言って城島の背中を押し、山口は青年と対峙する。
「おい、三宅って言ったか!?お前の相手は俺がしてやるよ!!」
山口が青年に挑発の言葉をかけたと同時に城島は走り出した。
「えっ!?」
一瞬狼狽えた青年の横を通り抜けて、城島は羽根を広げた。
「あっ・・・・・・・・・待っ・・・・・・・・・・」
廊下の向こうに消えていく城島を追いかけようとした青年の横で、勢いよく床の石板が跳ね上がる。
「うわぁ!!!」
「お前の相手は俺だって言っただろ!!」
そして山口は羽根を広げ、青年に向かって飛び出した。
「ちょっと待って。ねぇ、おかしくない?」
「・・・・・・・何が?」
太一の問いかけに、坂本は振り返ることなく訊き返す。
「何でこの振り分けなの?」
「さっき説明しただろ?」
「確かにリーダーと山口君はもっともだけど、長瀬といのっちはおかしいでしょ」
「・・・・・・・」
足早に進む坂本の背中を、ゆっくり歩けばいいのにと睨みながら太一は小走りについていく。
「それに、何で長瀬が不安定なこと知ってるの?俺もリーダーもそんなこと言ってないし、
そもそも暴走する危険性があるなら火じゃなくて水を傍につけるのが適と」
「山口の」
太一の言葉を遮って、坂本が口を開く。
「“聴こえる”範囲はどれだけか知ってるか?」
「は?聴こえる?何が?何言ってんの?」
意味分からないと呟くと、坂本は突然足を止めた。
「ちょ、何・・・・・・・」
「ここまで来りゃ、大丈夫だろ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー、疲れた・・・・・・・」
そして盛大にため息をついてその場にしゃがみこむ。
「ちょっと・・・・・・・」
「・・・・・・うるせぇなぁ・・・・・・・・・。馴れねーことしてこっちは気が立ってんだよ」
イラついた声を、坂本は太一に投げかけた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
もしかしなくても、坂本君もグルってことね」
太一は眉間にシワを寄せて坂本に背を向ける。
その瞬間、感じた殺気に身体が止まった。
「・・・・・・・・・・そこを動くなよ、太一。せっかくここまで上手くいったのに、ここで潰されたら困るんだ」
足元から冷気が流れてくる。
目だけで下を見ると、床に薄っすらと氷が張っていた。
「・・・・・・・・・・俺、に・・・・・・・命令できるのは、・・・・・この世でたった一人、なんだけど!」
プレッシャーを無理矢理押し返して振り返る。
しかし構えたところで、今度こそ動けなかった。
「・・・・・・・・・・・・俺に喧嘩売る気か?この実力差で?負けるって判ってんのに?」
「・・・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・」
ぶつけられる視線に、背中を冷たいものが走り抜ける。
「動くな。しばらくしたら全部終わるから」
「・・・・・・・・ヤダ、ね」
頭の中で警報が鳴る。
このまま反抗し続けたら危険だと解ってはいたが、それでも太一は口を閉じなかった。
「俺は、あのヒトにだけ従うんだ。いくら坂本君が強くても、アンタの命令は聞かない。
どうせリーダーを連れ戻して、また戦争の時みたいに兵器みたいに使うんだろっ。
そんなん許せるか!!!」
「!!?」
殺気による金縛り状態を無理矢理破って、坂本に向かって雷の矢を撃ち出した。
「なぁ、長瀬」
「何すか?井ノ原君」
「あ、いのっちで良いよ。てかさ、坂本君、何かおかしくなかった?」
井ノ原がそう訊いて、後ろを走る長瀬を振り返ると、長瀬は首を傾げた。
「おかしかったですか?・・・・・・・・・・・俺、あんまり坂本君のこと知らないんで・・・・」
「そっかぁ。なら判んないよね」
アハハ、と笑って井ノ原は前を向く。
絶対におかしい。
俺と長瀬を組ませること自体がまずおかしいんだ。
何か違和感のある喋り方だったし・・・・・・・・。
「・・・・・・・・そもそも茂君が出てった時から何か変なんだよなぁ・・・・・・・・・・・・・・」
全体的に、と小さく呟いた。
「・・・・・・・いのっち。前から誰か来ます」
不意に長瀬が呟く。
その言葉に顔を上げると、進行方向に青年がいた。
「堂本兄弟の光一!」
「兄弟やありませんて!!」
井ノ原が上げた声に、青年は文句を上げる。
「・・・・・・・・・・・コーイチ!!!!?」
「・・・・・・・・・・・長瀬ぇ!!!!?」
そして、足を止めた長瀬は、青年を見て驚きの声を上げた。
「何でここに光一がいんの!!?」
「何でここにお前がおるん!!?」
「てか悪魔だったのかよ!!!?」
「お前天使やったんかい!!!」
互いに指差して驚き合う。
「・・・・・・・・・・・やったら、長瀬はこの先行ってもらったら困るなぁ。
俺、この先に天使は通したらあかん言われてんねん」
「誰にだよ!」
「え?坂本君」
「・・・・・・・・・・・・あんの野郎!!!俺に何にも説明しないで何かしようとしてんな!!!?」
青年の答えに井ノ原が逆方向に走り出そうとする。
「わー!!ちょお待ってや、井ノ原君!!」
青年がそう叫ぶと、咄嗟に長瀬が思わず井ノ原の服を掴んだ。
「グッジョブ長瀬!!井ノ原君!!坂本君から伝言預かっとんねん!!」
その言葉に、井ノ原は動きを止めた。
「あんな『後でちゃんと全部説明してやるから、今はちゃんと会ってこい』って」
「・・・・・・・・・・・・会ってこい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・意味解んねぇんだけど」
「長瀬にもちゃんと説明するから。それに積もる話もあるし、ここにおってな?」
ぼやいた長瀬に青年が声をかける。
「何や、奥の部屋に、井ノ原君の友達おるんやろ?東さんは“アダム”とか言うとったけど」
「松岡!!?」
「さぁ?名前は知らへんけども。そういうわけやから奥行ってもらってえぇ?」
青年にそう促されて、井ノ原は納得いかない様子で廊下を進み始める。
「とりあえず攻撃する気はないから、安心してな?」
長瀬にそう言って、青年は井ノ原の背中を見送った。
井ノ原は言われたとおり奥に歩いていく。
しばらく行くと、ある部屋の扉の前に、青年が立っていた。
「おいでやす。ここでお待ちです」
それだけ言って扉を指差した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
怪しいとは思ったが、確かに扉の向こうから言われた通りの人物の匂いがした。
「・・・・・・・・ええい!!迷ってても仕方ねぇ!!!!」
意を決して、勢いよく扉を開く。
そしてその中に見えた顔に、思わず大声でその名を呼んだ。
「松岡!!!」
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2007/09/27
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