「ふざけんな!」

走り去る姿を追うことができず、2人してその背中を見送った。
その時背後で足音。
城島が緩慢に振り返ると、そこには険しい顔の坂本がいた。
「遅かったか・・・・・・」
呟きを聞いて、井ノ原が振り返った。
「井ノ原」
坂本の姿を確認して表情を歪めた井ノ原の頭に、坂本は手を置く。
「よく守ったな」
「・・・・・・・・・・・・」
井ノ原は黙って俯いた。
坂本が視線を向けた先には、未だ城島が呆然としていた。
「茂君」
「・・・・・・堪えるわぁ」
坂本が呼びかけると、息をつくように呟きを漏らす。
「・・・・・・アダムに全否定されるんが、こんなにショックが大きいとは思わんかった・・・・・・」
がっくりと、城島が肩を落とした。
同時に周辺の空気が淀み始める。
1、2度気温が下がったのを感じて、坂本は目を細めた。
「・・・・・・今は仕方ないよ。ていうか追いかけなくていいの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しかし反応のない城島に、坂本は言った。
「・・・・・・このままじゃ後手に回っちゃうんじゃない?」
「探してくる。後は頼んだ」
坂本が最後まで言い切る前に、城島は羽根を広げて飛び去る。
その姿を見送って、今度は井ノ原に向き直った。
「ほら、お前も鼻利くんだから探せよ」
「・・・・・・今鼻つまってきたからムリ・・・・・・」
「・・・・・・何泣いてんだよ。お前アホだなぁ。まだちゃんと謝ってねぇんだろ?
 まだ嫌われたなんて決まってねぇだろうが」
俯く井ノ原の背中をバンバン叩いて苦笑を浮かべる。
「・・・・・・っ泣いてないよ」
「ハイハイ。ま、謝るためにも、前王より先に松岡を見つけないとな」
そう言って、坂本は空を見上げた。






「シゲ」
慌てた様子で飛んできた山口が名前を呼んだ。
「松岡は?」
「捜索中」
「いなかったの?」
「いたけど、どっか行ってもうた」
どことなく落ち込んだ様子の城島に、山口は首を傾げる。
「何かあったの?」
「別に」
「・・・・・・松岡に何か言われたんでしょ」
答えが返ってこず、山口は図星かと小さく笑う。
「やっぱアダムの否定の言葉は違う?」
「お前も言われてみればええねん」
クスクス笑う山口に、城島が噛みつくように反論した。
「機会があればね。とりあえず探そうよ。来てるんでしょ、前の王サマ」
「・・・・・・坂本も来とるから大丈夫やと思」
突然城島は言葉を切る。
そして2人は空を見上げた。
同時に響く耳鳴り。
空間が微かに歪む。
そして、風船が割れるような音が響いた。
「・・・・・・松、岡・・・・・・?」
「・・・・・・どうなってんだ・・・・・・!?・・・・・・何で・・・・・・いくらアダムでもそれは無理だろ!?」
呆然とする城島とは対照的に、山口が取り乱しだす。
「存在の仕方が違うから、人間があっちに行くことはできないんだろ!?なぁ、シゲっ!!
 アナタそう言ったじゃねぇか!!それなのに、何でこっちから松岡がいなくなるんだよ!!」
山口が肩を掴んで激しく問い正した。
しかし城島の反応がない。
「・・・・・・シゲ・・・・・・?」
俯いたまま動かない。
様子のおかしいその姿に、山口は眉を寄せる。
「!?」
瞬間、空気が凍り付いた。
背中に変な汗が流れ、鼓動が早くなる。
すべての『音』が掻き消される程の感情の音が頭の中に響き渡る。
「───────!!」
声のない悲鳴とともに、城島が炎に包まれた。
「・・・・・・っう・・・・・・」
大音量で鳴り響く怒りに意識が引きずられる。
内側からも暴れ始める力を何とか抑え込みながら、山口は城島の傍に行く。
炎の向こうに肩を抱いてうずくまる姿が見えた。
大音量の雑音の向こうの小さな音が微かに届く。
「・・・・・・あぁ・・・・・・ったく・・・・・・何で俺の周りの奴はことごとく暴走型なんだよ・・・・・・」
ぼそり呟いて、勢いよく炎の中に突っ込んだ。
同時に容赦なく激しい熱が襲ってくる。
それとともに足下から凍り付いていく感覚。
「・・・・・・ホントに最悪な炎だな、おい・・・・・・」
小さく文句を言いながら、城島の肩に触れる。
「まさかホントにやることになるなんて思わなかったし」
そして逆の手で城島の額を掴んだ。
「        」

バチンっ

聞き取れない音が山口の口から漏れた瞬間、弾けるような音と共に城島の身体が跳ねる。
そして炎が消えた。
同時に崩れ落ちる城島の身体を抱きとめて、山口はため息をつく。
「大丈夫か?」
空から坂本が降りてきて、2人の傍に駆け寄った。
「茂君が暴走してた感じがしたんだけど」
「・・・・・感じじゃねぇよ。してたの。見りゃ判るだろ」
坂本の言葉に、山口は嫌味を込めて返す。
「俺に当たんなよ。・・・・・それにしてもよく止めたな。昔は半分炭になってたのに」
「・・・・・・・・・・・・・企業秘密」
「何だそれ」
ところどころ火傷をしている山口の治療をしながら坂本は眉間にシワを寄せた。
「とりあえずお前んとこ連れて帰ろう。井ノ原は先に行かせた。
 今すぐ地界に行ってもいいけど、茂君起きてからじゃないとダメだろ」
そう言って、気を失ったままの城島の身体を坂本が抱き上げる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・主従契約してんだよ」
城島の様子を見て、山口がポツリと呟いた。
「は?」
「こっちじゃシゲの影響力が強いんだ。人間に対してだけ、だけど。
 それを抑えないとこっちで暮らしていけないからさ」
「茂君を支配下においてるってわけか」
「それ以外思い浮かばなかった」
「いんじゃね、別に。茂君と対等に戦えたお前だからできる荒業だけど」
そう言って、坂本は羽根を広げた。
「実はさっき、ちょっと怖かったよ」
「何言ってんだよ、無敵の地天使様が」
空に飛び上がり、そう苦笑した山口を坂本が鼻で笑い飛ばす。
「抑えらんねぇって思ったし。意識引き摺られかけた」
「・・・・・・・・・・・・」
「何なんだよ、お前らってさ。俺たち天使と何でこうも違うわけ?」
「だからこそ“悪魔”なんだよ」
元は同じものなんだろ、と問う山口の言葉に、坂本はそうとだけ答えた。





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2007/07/07




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