耳鳴りが治まると同じくらいに、俺を庇うように上に被さっていた陰が移動した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・いたた・・・・・・・・・・・・・・・・」
突き飛ばされた時に打った腕をさすりながら身体を起こす。
足下のアスファルトは、俺がいる周り以外は大きく抉れていて、工事をしている時みたいになっている。
様子の異なるアスファルトの境目には淡く光を発している透明な壁。
それはよく太一君が作る結界とかいうモノに似ていて、俺の周囲を覆っていた。
そして地面から視線を上げていくと、ちょうど水平になる辺りで、その全体像が映った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・何だよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これ・・・・・・・・・・・・・・・・」
こちらに背を向けるように立っていた、見たこともない四つ足の何か。
俺の知ってる生き物で例えるなら、背中からコウモリの羽根を生やしたライオンサイズの黒い狼。
そして頭には羊みたいな角が生えていた。
誰がどう見ても、この世界の生き物じゃない。
──── 井ノ原だ。
一目見てそう思った。
瞬間、それは地面を蹴って軽々と空に舞い上がる。
そしてその大きい口を開けて、レーザー砲みたいに光を吐いた。
それを喰らった黒い人形は吹き飛ばされるように消えていく。
けれども人形の方も負けてなくて、矢のようなモノを狼に向ける。
避けきれなくて何本も直撃していたけれど、怯むことなく突っ込んでいって、人形に噛みついていた。
漫画でしか見たことのないような世界が、目の前で恐ろしいスピードで繰り広げられている。
俺は呆然と見ていることしかできなかった。
初めは優勢だった狼も、人形の数にだんだんと圧されてきていた。
受ける矢の数が多くなってきて、遠目にしか見えないけど、ぼろぼろになってる。
光を吐くためか、口を開けた瞬間、胸の辺りに何本も矢が直撃した。
そしてそのまま地面に向かって落下していく。
「っいのは・・・・・・・・・・」
「イノッチ!!避けぇよ!!!!」
透明な壁に近寄ったと同時に、聞き慣れた声。
俺が振り返るのと、狼が体勢を立て直すのとが同時くらいで、次の瞬間、壁の向こうが真っ白に染まった。
そして地震の時のように地面が揺れる。
目が眩むほどの光が消えた後には、黒い人形の姿は跡形もなく消え去っていた。
そして無惨にもぐちゃぐちゃになっていたアスファルトは、何もなかったみたいに元に戻っていた。
同時に小さな音を立てて透明な壁が砕ける。
振り返った先にいたのはリーダーだった。
「大丈夫か?松岡」
心配そうな顔をして近付いてくる。
そしてぼろぼろの狼が俺たちの傍に降りてきた。
それは地面に足を着けると同時に身体が光に包まれる。
光の塊は次第に人間の形を取って、光が消えた後に姿を現したのは、井ノ原だった。
「・・・・・・・・・・・松岡?」
リーダーが黙っている俺の顔を覗き込む。
俺が顔を背けると、怪我したん?と声がした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・松岡・・・・・・・・・・・・・・・」
井ノ原が俺を呼んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・黙っててゴメン・・・・・・・・・・・・・俺・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・楽しかったかよ」
申し訳なさそうな井ノ原の言葉を遮って、俺はそう言っていた。
「俺を騙して楽しかったかよ!」
沸き起こってきた感情に任せて声を上げる。
「リーダーだって知ってたんだろ!?
兄ぃも太一君も長瀬も、坂本君や長野君だってみんな知ってて黙ってたんじゃねぇか!!
みんなで俺騙して、何にも知らねぇ俺はさぞ滑稽だったろうな!!」
信じてたのに
「ふざけんなっ!!」
俺の言葉に、井ノ原が泣きそうな顔をした。
リーダーも何も言わないで辛そうに眉間にシワを寄せる。
瞬間、申し訳ない気持ちが胸を掠めたけれど、俺はそのまま2人に背を向けた。
そしてその場から走って逃げた。
裏切られた。
走っている最中、そんな言葉ばっかり頭の中をぐるぐる回っていた。
俺は今までアイツに、あの人たちに嘘をついたり隠し事したりなんてしなかったのに。
信じてたのに。
──── ズット信ジテキタノニ
──── イママデ裏切ルナンテ、オレハシナカッタノニ
どうして信用してもらえないんだろう。
──── 悲シイネ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホントだよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
半年近く一緒にいるのに、井ノ原なんて5、6年の付き合いなのに、未だに信用してもらえてなかったんだ。
それが、悲しい。
小さく息をつく。
辺りを見回すと、家の方まで来ていたみたいだ。
でも帰りたいとは思えなかった。
そのまま家とは逆の方に歩き出す。
その時。
「どうしたんだね、少年」
突然、後ろからそう声をかけられた。
「?」
思わず振り返って、俺はそのまま固まった。
そこにいたのはリーダー・・・・・・・・・・・・そっくりの人。
「何か悩んでるようだね。辛そうな顔をしているじゃないか」
そう言って、その人は近付いてくる。
声や髪型が違うから、リーダーではないのは確かだけれど、本当にそっくりだ。
「あ・・・・・・・・・・・・えっと・・・・・・・・・・・」
「ああ、私が怪しいかね?まぁ確かに怪しいだろうね。正直自分でもそう思っているよ。
でもこんな住宅地でため息をつきながら歩いている君のような若い子を見たら気になってしょうがなくてね。
思わず声をかけてしまっただけなんだが、何があったか訊いても構わないかい?」
その人は一気にまくし立てると、最後にそう笑った。
笑うと本当によく似てる。
「あー・・・・・・・・・・知り合い・・・・・・っつーか友達とケンカして・・・・・・・・・・」
その勢いに押されて、俺は思わず答えてしまった。
「ほう、ケンカか。君らの年齢ではよくあることだ。そう気にすることもないのでは?」
「・・・・・・・・・・・・・・嘘つかれてたんですよ」
「嘘?」
「・・・・・・・・嘘、じゃないですね・・・・・・・・・そいつらのこと、俺はずっと信用してたのに、俺は信用されてなかったんです」
それが何よりも悲しい。
別に井ノ原が人間じゃなくても構わなかった。
だって俺は井ノ原が『人間』だから友達になったわけでも、信用してたわけでもない。
アイツがアイツだったから、俺は仲良くなりたかったし、信用してたのに。
「・・・・・・・・・・・・・・隠し事、されてて・・・・・・・・・・・それを隠してた理由は、解るんですけど・・・・・・・・・」
本当の事を言って、俺が離れてくと思った?
俺がお前を嫌いになると思った?
俺は、そんなに信用できない?
「・・・・・・・・・・・・寂しかった、と?」
その人が俺の言葉を補完する。
俺はそれには答えなかったけれど、それが正解だった。
前にも似たような状況があったような気がする。
その時も知らない人にこんなふうにしゃべったっけ。
そんな事をふと思った時、横のその人が、小さく笑った。
「では、その親友の井ノ原君の心積もりを試してみようではないか」
「・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・?」
突然出てきた名前に俺は下げていた視線をその人に向けた。
俺、井ノ原の名前出したっけ?
そう思った瞬間、ばさりと音がして、その人の背中に真っ黒な羽根が生えた。
「・・・・・・・・・・は・・・・・・・・・・・?」
「歓迎しよう、アダム!ようこそ、わが故郷地界へ!!」
何が起きたのか。
フリーズした頭が事態を理解する前に、俺はリーダーそっくりの不審人物に抱えられて空を飛んでいた。
「ぎゃあああああ!!!高っ・・・・・・・っつーか飛んでるぅ!!!!」
「ほう!アダムは高所恐怖症か!?それは申し訳ない!しばし我慢してくれたまえ!!」
「アダムってな・・・・・・・・・・・・・・・・落ちる!落ちる!!!地面に降ろしてええええええええええ!!!!」
俺の叫びも虚しく、気付けば空高く、眼下遥かには町の航空写真。
そんなこんなで、俺は何故かリーダー達の故郷に拉致られたのだった。
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2007/04/15
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