嘘はつかない。
それは信頼で成り立つ関係を維持していくには大事なことだけど、
真実を伝えてその関係が壊れてしまうかもしれない時は、どうしたらいいんだろう。
『行かないで』
大音量で鳴り響く音声。
スクリーンに映し出される映像と非常灯だけが光源になく、周囲数メートルの人間の顔しか見えない。
字幕がなければ解らない言葉が呪文のように流れていく。
これは英語じゃない。
どっかヨーロッパ系の言語。
ドイツ語かもしれないが、一般教養でやったものの、あいにくそんなもの覚えてるはずがない。
『嘘なんてついてないわ』
その台詞に、横に座っている奴を見た。
細い目を潤ませて、スクリーンの中に入ってしまっている。
──── 君の想像は、多分間違ってる
この間言われた言葉が頭の中に蘇る。
そうさ。
そうに違いない。
コイツがあっちの存在だなんてありえない。
馬鹿だけど、ちゃんと常識はあるし、同居人みたいに突拍子のないことを言い出すこともない。
だから、あっちの存在であるはずはないんだ。
けど。
何か引っかかる。
だって、リーダーも長野君も、天使でも悪魔でもない、とは言ったけれど、人間だ、とは言わなかった。
『信じてよ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・俺だって信じてぇよ」
ポツリ呟いた言葉に、井ノ原がちらりとこちらを向いた。
「マジ良かったよ!ありがとな!松岡!」
糸目の野郎がハイテンションで俺に話しかけてくる。
「ていうか野郎2人で恋愛映画って、気持ち悪いにもほどがあるってんだよ!」
「大丈夫!!俺たちの愛があれ」
「殴っていいか?」
同時にバコンという快音が響く。
「許可出す前に殴ってんじゃねーか!!」
「うるさい。いつまでも目閉じてんじゃねぇよ。転ぶぞ」
「開いてるから!!」
ぎゃいぎゃい騒ぐ井ノ原を放置して、俺は歩き続ける。
「置いてくなって。何そんなご機嫌斜めなんだよ」
アイツは追いついてきて、心配そうに訊いてきた。
覗き込んできた井ノ原の顔をじっと見る。
まさか、『お前人間じゃないのか?』なんて訊けるはずがない。
「何でもねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ならいいけど・・・・・・・・・・・・・・・・・」
少し納得のいかない顔で、けれどもそれ以上追求してこなかった。
腹減ったな、なんて言いながら普段通りの様子に戻っていく。
「お前、これからどうしたい?」
「あー、鍋買いたい。片手鍋」
「へぇ、鍋ねぇ・・・・・・・・・・・・・って鍋!?映画の帰りに鍋!?」
「昨日どっかの誰かがアルミの鍋で酢を煮やがって穴が開いたんだよ」
過剰なリアクションの井ノ原に、少しうんざりしながらも説明してやる。
「そりゃすげぇな。誰それ、茂君?」
「や、別の同居人」
「へぇ〜。そんなおもしろいヤツいるんだ」
「ちょっと馬鹿なんだよね、そいつ」
ため息ついた俺に、井ノ原は笑った。
「でも楽しそうじゃん、お前」
「そうか?大変だぜ?大食漢が2人もいるし」
「茂君たちと同居し始めてから明るくなった」
「・・・・・・・・・・・・・・・そうかなぁ」
「そうだよ」
いきなり何をしんみりと言うんだろうか。
いつも通りに見えたけれど何か違う気がした。
「そういえば用って何だよ?映画見るだけが目的じゃないだろ?」
落ち着かなくて話を切り替える。
「え」
「え、じゃなくて」
俺がそう切り返すと、井ノ原の表情が曇った。
「何、そんな深刻な話かよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・なぁ、松岡」
表情を曇らせたまま、アイツは足を止める。
俺が足を止めて振り返ると、深刻な顔をしてこっちを見ていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・俺、おま」
何かを言いかけて、井ノ原は突然言葉を切り、空を見上げる。
そして表情を険しくして、俺に向き直った。
「続きは後。ちょっとこっから離れよう」
「は?何だそれ」
そう言って俺の手を掴み、俺の意見も聞かず引っ張っていく。
「おい、どうしたんだよ」
「振り返るなよ。見つかるから」
強ばる声。
井ノ原の迫力に、思わず口ごもる。
何かよく解らないけど従う方がいいのかもしれない。
しばらく人混みの中を進み続ける。
突然視界が揺らいだ。
目眩のような感覚に足を止める。
周囲から雑踏が消えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・っバレた!!」
歩道を埋め尽くしていた人がいきなりいなくなった。
「え?何だこれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「松岡走れっ!!」
ぐんと腕が引っ張られた。
井ノ原が俺の腕を掴んだまま走る。
「おまっ・・・・・・・・・速いって!!」
ついていくので精一杯。
こいつ、こんなに足速かったか?
というより、こんな速度で人間が走れるか?
混乱する頭を整理しようとした瞬間、真横を光が走り抜けた。
「?」
振り返って空を見る。
そして俺は振り返ったことを後悔した。
青い空にいくつかの黒いシミ。
いや、背中に真っ黒い羽根を背負った人間ぽいモノが、こっちに向けて何かを飛ばしてきた。
「のんびり見てんなって!」
腕をぐっと引っ張られ、視線を前方に戻すと、そっちにも大勢。
「マズい、囲まれたっ・・・・・・・・・・」
井ノ原が足を止めて呟く。
こいつらが何なのか判ってる感じだ。
「・・・・・・・・・・・おい・・・・・・・・・・・・何だよこれ・・・・・・・・・・・・・・・」
問いかけた声は何となく掠れていて、音量が小さい。
井ノ原の耳には届かなかったのかもしれない。
返事はもらえなかった。
「お前らっ!!俺が誰か判っての事かっ!!」
空にいる、羽根の生えた人型の黒い何かに、井ノ原が叫ぶ。
その瞬間、そいつらは一斉にこっちに向かって構えの姿勢になる。
そして。
「伏せろ松岡っ!!」
井ノ原に押し倒された瞬間、耳が破れるくらいの爆音が轟いた。
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2007/04/15
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