「……どうした」
後ろからかかった声に振り返る。その先には見慣れた人物。
「渡してきたからね」
「ありがとう。いつも悪いな」
視線をそらせる井ノ原に彼は笑った。
「珍しく落ち込んでるじゃねぇか」
笑いながら彼は井ノ原の横に腰掛ける。
「俺だってたまには落ち込むのよ」
眼下に広がるのは氷に覆われた大地と石で出来た家並み。吹き抜ける風は刺すように冷たい。
城の比較的高い屋根の縁に腰を下ろし、2人はそれを眺める。
「高いとこ苦手なのに大丈夫なのかよー?」
「ここなら落ちねぇから怖くねぇよ」
けたけた笑う井ノ原を彼はジト目で睨んだ。
「・・・・・・・・行ったらさ」
「おう」
「茂君が一緒に暮らしてる人間に会っちゃったわけよ」
「あぁ、噂の・・・・・・」
「そう。それさぁ、俺の人間界での親友だった」
からりと言った台詞はそれでも重苦しさを含んでいて。
「・・・・・・・・」
「言ったじゃん、前。すげーいい奴だって。でね。何かさ、茂君、話してるのよ」
「何を」
「正体」
「・・・・・・・あの人らしいねぇ」
その台詞に彼は笑った。
「お前は?言わねぇの?」
「言ってないよ。・・・・・・・だって、そんなこと言ったら、普通の人間は信じないし、
それを証明するために本性見せたら、絶対離れてくのが常だったもんよ」
遥か彼方の地平線を遠く眺めながら、井ノ原は膝を抱える。
「あいつは茂君たちの正体を知ってて、それでも一緒に暮らしてて、ちょっと、何ていうか・・・・・・・・」
「羨ましい?」
小さくため息が漏れた。
それを映すかのように、どんよりと垂れ込める空から白いものがチラつき始める。
「多分、・・・・・・ホント多分だけどさー。多分て言うか俺の願望かもしれないけど、
俺が正体明かしても、きっとそれはそれで受け入れてくれると思うんだよね。・・・・・・でも、・・・・・・」
「もし拒絶されたらと思うと怖い?」
そこでとめた井ノ原の台詞を引き継いで、彼が言った。
「そりゃそうだよな。俺らと違って、お前は羽根があるだけじゃねぇし。本性は結構ごついし」
彼はそう言って伸びをするように勢いよく立ち上がる。
「でも、お前の話と時々もらう茂君からの手紙から想像するに、あの人間はそうじゃないと思うけどな。
多分正体バラしても、歯の1本で済むんじゃねぇの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・殴られるかな・・・・・・・・・・・・」
「可能性は無きにしも非ず、だな」
「・・・・・・・・・・・痛いのはやだなぁ・・・・・・・・・」
ニヤリ笑った彼に、井ノ原は苦笑を浮かべた。
「ダメだったらそん時はそん時だろ。それっくらいで壊れる友情に親友と名づけたお前が悪い」
「身も蓋もねーじゃん、それ」
「まー、ダメだったら慰めてやるよ。自棄酒だって付き合ってやろうじゃねぇか。
もしかしたら長野と剛・健からも慰めてもらえるかもしれねーよ?」
「それおいしいね!!言っちゃおーかな」
嬉しそうに表情を緩める井ノ原を見て、彼は笑う。
「どうするかはお前が決めるしかねぇからな。お前がどんな決定しても、俺は味方でいてやるよ」
その台詞に一瞬キョトンとして、井ノ原は笑った。
「何それ!!メチャメチャクサイし!!もーやだなぁ坂本君!!」
「人が真剣に言ってやってんのに茶化すなよ!!」
あはあはと爆笑する井ノ原は、そのまま勢いよく立ち上がった。
「冗談よ、冗談!!・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう、坂本君。俺やっぱアンタがマスターでよかった」
「お前は俺の飼い犬じゃなくて部下!!上司と呼べ!!」
「そーいうところも大好きよ!一生アンタについてくから!」
そう言って、グライダーのような羽根を広げて、飛び立っていった。
「・・・・・・・・いちいち手間のかかる奴だな、ホント」
苦笑いを浮かべて軽々と屋根から下り、城の内部に戻ると、いつの間にか誰かがいた。
「あれ、いつの間に来たんだよお前」
「ついさっきだよ。何、井ノ原落ち込んでたの?」
にこやかな笑顔を浮かべ、その人は彼に近寄る。
「もう立ち直ったらしいけどな。ていうかしばらく来るなっていっただろ」
「俺は天使だから悪魔の内乱なんて関係ねーし」
「襲われても知らねーよ?」
「誰に言ってんの」
不敵な笑みを浮かべるその人に、彼は苦笑する。
「苦労するのは山口君だけじゃない?仕事残して出てっちゃったんだから」
コレくらいの苦労は当然でしょ、と笑った。
「相変わらず性格悪ぃな、お前」
「人のこと言えないでしょ」
クスクス笑いながら長い廊下を歩いていく。
雪はいつの間にか止んでいた。
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とりあえず井ノ原さんサイドのお話。本編で入れる箇所が見付からなかったので。
それにしても口調がわかりません・・・・・・・・・。
そして本編で書き忘れてたので、1つ。ケルベロスにはコウモリ風の羽根があります。
一応本編(客人)の方の説明にも追記済み。
2006/05/18
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