「言っとくけど、俺まだここには来ないよ?」
部屋割りなどなど、いろいろと話し合いをしていた有翼人種の方々に向かって、
俺はごく当たり前のことを口にした。
「えぇ!?何でですか!!?」
一番驚いたのは長瀬だった。
「何でって、俺今月分の家賃払っちゃったし、
最低でも出て行く一ヶ月前に大家さんにその旨を伝えに行くのが礼儀でしょ」
「そうなの!!!?」
非常にガッカリした様子で声を上げる長瀬。
何でまたそんなにガッカリするんだろう。
・・・・・・・・・・そこまで飯命なのかこいつは。
「言われてみればそうだな」
「でも、引き払うんをひと月後にして、物だけ動かしちゃうって手もあるやん」
「そうだな。俺らが運べばいいしな」
「やろ?僕の空間転移で飛ばすのでもええし」
「・・・・・・・・何で今日にこだわるのよ、アンタら」
今日決まったことを今日やってしまわなくてもいいじゃないか。
・・・・まだ部屋だって散らかしたまんまなんだから。
「善は急げ、って言うんやろ?こっちの格言かなんかで」
「ことわざね」
「やったら急がな。なぁ」
ものごっつい素敵な笑顔で首を傾げられても、人間で言えば30代近いおっさんでは可愛くない。
「急がば回れ、っていうのもあるんだけど?」
「そんなん知らんわ」
あっさりと無効化される俺の攻撃。
このヤロウ。都合のいいときだけ知らん振りか。
「・・・・・・・・・あのさ、その松岡のアパートって、すぐ引き払わなきゃなんないの?」
「もちろんそんなことないよ!!」
太一君の質問に、俺は急いでそれに答える。
出遅れて、そうだ、なんて言われたら今すぐ引越ししなければならなくなる。
「じゃあ俺しばらく松岡ん家泊まるから。ダメ?」
太一君はリーダーに向かって軽く首を傾げて、小さい子がするように訊ねた。
こう言っちゃなんだけど、太一君てちっちゃいから、そういうのやったら意外と似合う。
さっきの、どっかの誰かさんと同じ動きなはずなのに、こんなにも違う。
「・・・・・・・・・そういうことならええよ。松岡はええ?」
「いいよ」
「えー!!!」
俺の了承と長瀬の不満が同時に出る。
「じゃあ俺もマボん家行きたいっす!!」
「ダメ。お前はこっち」
長瀬が主張するが、兄ぃの一言で一蹴された。
「何でっすか!!?」
「太一はこっち初めてやねん。天使にも馴れとらんし、しばらく我慢しよ?」
頬を膨らませる長瀬を、リーダーが苦笑しながら宥める。
「・・・・・・むぅ・・・・・」
多分耳と尻尾が長瀬に付いていたとしたら、それはしょんぼり寂しげに垂れ下がっていたことだろう。
その様子は、ツマンナイ、と体現していて、見ているこっちにはとても解りやすいんだけれど。
「・・・・・・・・・あぁ、そっか」
そこまで考えて、ようやく長瀬がこだわる理由が解った。
つまらないんだ、純粋に。
確かに、この家にいるのはリーダーと兄ぃと長瀬。
兄ぃは我が道を行くヒト(天使だけど)だから、長瀬を構うことはないし、
リーダーは一緒にいて癒しだし、博識だから話もおもしろいけど、ちょっと物足りないんだろう。
そもそもどっちも長瀬にとっては“上司”に当たるヒト達だから多少気後れするのかもしれない。
反面、俺や太一君は精神年齢が近い(太一君はよく判んないけど)から、構ってもらうには最適。
可哀想な気もするけど、でも同じ部屋では寝たくない気もする。(寝相とかの問題でね)
「しばらくは我慢できるよな?」
「うん・・・・・・」
ちっちゃい子を慰めるようにリーダーが訊いた。長瀬は小さく頷く。
・・・・・・・・・・・・・・・て言うかお前いくつだよ、長瀬・・・・・・・・・。
ついつい心の中でツッコミを入れてしまう。兄ぃが俺を見てクスクス笑っていた。
・・・・・あぁ、そっか。このヒトは心の動きがわかるんだっけ。
さっきまでの、悩みによる変動は全部伝わっていたわけで、何だか少し恥ずかしくなった。
「じゃあ俺は今日は帰るよ。課題あるし」
そう言って立ち上がると、太一君も立ち上がった。
「おん。今日もおおきにな」
リーダーと兄ぃと長瀬は、いつものように、玄関まで見送ってくれた。
「明日起きたらこっちおいで」
「わかってる」
リーダーと太一君は、それだけを言い交わして、それ以上は話さない。
この2人にも俺には立ち入れない、兄ぃとリーダーみたいな関係があるんだな、とふと思った。
賑やかな家を後にして、俺と太一君は夜道を歩む。
「俺ん家でいいの?」
「うん。ちょっとあっちには居辛いから」
俺の問いかけに、太一君は語尾を濁した。
「リーダー居るのに?」
「・・・・・・・・・俺天使好きじゃないんだよね」
「そっか・・・・・・・・。
俺の部屋散らかってるけど、ツッコミは無しの方向でお願いします」
「程度によりますね」
太一君は笑った。
こんな屈託のない笑顔の裏に、何かあるんだと思うとちょっと悲しいような気がした。
天使と悪魔はやっぱり仲は良くないんだろうか。
太一君は“好きじゃない”と言ってはいたけど、本当は“嫌い”なんだろうな、と、何となく思った。
リーダーと兄ぃも“あっちが嫌になった”と言っていたし。
きっと俺には想像もつかないところで何か確執みたいなモノがあるんだろう。
俺が簡単に口を出せるようなことじゃない。
そんなヒトたちに俺なんかが関わってよかったのかな、と、今更ながら、俺は思ったのだった。
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2006/04/05
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