痛みを感じなかったら、どれだけ楽だっただろう
wanna be a fish
どこまでも続く白い廊下。
乾いた靴の音と機会の低い振動音だけが響いている。
「ここがお前の部屋な」
前を歩いていた小柄な彼がそう言って足を止めた。
拳で金属製のその扉を叩く。
ガンガン、と硬い音がした。
「出入りは自由。この研究棟から出てってくれても構わないけど、
連絡だけはつくようにしといてくれ。あとは何してもらってもいいよ」
彼はそれだけ言って、部屋の鍵を開けて、その鍵をこっちに投げて寄越す。
「また後で案内するけど、ここの資料室の資料は全部閲覧できる。
ここに来た時点でお前の身分は研究部では最高になってるからな。
・・・・・・・・2時間後にまた来る。その時に研究対象にも会わせてやるよ」
彼は皮肉を込めた笑みを浮かべて、背を向けた。
「国分主任」
去っていく彼に声をかける。
「よろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、彼は片眉を跳ね上げた。
「・・・・・・お前が何を思ってここに転属希望出したのか知らないけど、
俺がお前に言っておきたい事と、絶対に守ってもらいたい事は一つだ」
彼は俺の目を見据えて、言った。
「死ぬなよ、松岡研究員」
少し悲しそうに見えた。
そして、彼は奥の方に行ってしまった。
部屋の中には基本的な物しかなかった。
金属製の机に椅子、小さな箪笥と少し大きめのベッド。
壁には備え付けのクローゼットがあって、それだけ。
机には、研究員一人に対して一台与えられるパソコンが鎮座ましましている。
どこの研究棟も代わり映えしない。
持っていたカバンを床に放り投げて、ベッドに横になった。
窓も無い。
地下だから仕方ないけれど、息が詰まる。
蛍光灯がチカチカしている。
もうすぐ切れるのかもしれない。言っておかないと。
カバンの中から資料を出す。
ここの研究棟は機密性の高い研究をしてるから、普通の研究員は何をしてるか知らない。
俺も今まではそうだった。
資料、と言っても、細かく研究内容は記載されてはいない。
ただ、特殊能力についての研究という事、人間を研究対象にしてるという事、それだけしか判らない。
以前ここに所属していた研究員が事故死して欠員が出たから、募集がかかったのだ。
俺は転属希望を出した。
この研究棟の研究員になれば、軍の中で、それなりの身分が手に入る。
支払われる給料も倍以上に跳ね上がる。
命の危険なんて、軍に入った時点で元より覚悟は出来てる。
それに、知りたかった。
ここに配属された親友が、どうして廃人も同然になってここを辞めていったのかを。
人間がやる所業じゃない、とアイツは言っていた。
確かに人体実験をやるなら、そう思うこともあるだろう。
けれど、人間てものは酷く薄情だから、同種の生き物でも物扱いできる。
だからある程度割り切ることができる人間なら、廃人にはならないだろう。
アイツもそういう奴だったと俺は思ってる。
少なくとも、精神には異常をきたさない。
そんな奴がどうして自殺してしまったのかを知りたかった。