その昔。
神様は王様を2人選びました。
1人は昼を治める王様。
もう1人は夜を治める王様。
2人は協力し合って素晴らしい国を作り上げました。
だから今でも、この国の王様は2人なのです。
王になる子には印がついています。
昼の王には太陽の印。
夜の王には月の印。
身体のどこかにその印を持つ子が、次の王様になるのです。
そして、今。
この国には2人の王子がいました。
兄君には月の印が、弟君には太陽の印がついていました。
兄君は穏やかな気質で、聡明な王子でした。
弟君は明るく、人々を導いていく指導力を持っていました。
しかし、2人は仲がよいとは言えませんでした。
弟君は意地っ張りで、本当は兄君が大好きなのに、素直になれず、
兄君と目を合わせることも話すことも滅多にしませんでした。
兄君も弟君を大切に、目に入れても痛くないと思っているのに、
弟君がどんな性格なのか、どうして避けられるのかを理解しようとはしませんでした。
それは次代の王の公表式のことでした。
招待された神様の弟子である魔法使いが、2人の王子の様子を見て言いました。
『王子2人の仲が悪いのを見て、神は嘆いておられる。2人の王子よ。互いを、自らを省みよ』
そうして魔法使いは2人の王子に魔法をかけました。
その魔法は、2人を1つにするものでした。
日没から日の出までの間は兄君、日の出から日没までは弟君。
つまり、弟君は夜になると兄君になってしまうのです。
そんな2人の王子とその側近の物語。
「王子!王子!!」
「どこにおられるのですかぁ!!」
城内を臣下たちが走り回り、“王子”を探している。
それを横目にヤマグチは逆方向に、急ぐことなく歩いていた。
城を出て、迷わず中庭を進む。
植木の隙間、見逃されがちな小さな空間に、“王子”はいた。
「またサボられてますね、王子」
苦笑を浮かべてそう言ったヤマグチに“王子”は胡乱気な視線を向ける。
「マツオカが心配していましたよ」
「…敬語」
「お言葉ながら王子。アナタは王となるべきお方。対して私は臣下の一人に過ぎません。敬語を使うのは当然でしょう?」
ヤマグチの言葉を受け、“王子”は眉間に深くシワを刻んだ。
「…2人の時は敬語を使うなって言った」
機嫌を降下させる“王子”にヤマグチはため息をつく。
「…そこら中に臣下がいるんだ。下手に話しかけたら俺の首が飛ぶだろ」
「…いないじゃん」
「話してる時に来たらマズいってこと」
“王子”は頬を膨らませて視線をそらした。
「…なら初めからそう言ってくれればいいのに。地位の話に持ってくからいけないんだ」
ふてくされるその様子に、機嫌の悪さを感じ取った。
「今日はまた、やけに機嫌が悪いじゃないか」
腰に下げた剣を外し、“王子”の横に座る。
「…」
「勉強しなければ立派な王にはなれないぞ」
「…シゲル君が王になればいいんだ。俺には向いてないもん」
膝を抱えてヤマグチに背を向けた。
「シゲも王だし、お前も王だよ。この国に王は2人必要なんだ。解ってるだろ?」
「じゃあ何でシゲル君はいなくなっちゃったんだよ!」
“王子”は突然声を上げた。
「シゲル君だって正当な王位けーしょー者なんでしょ!?俺よりもシゲル君の方が王になるべきなのに、何でシゲル君が消えなきゃいけなかったのさ!!」
ヤマグチを責めるように食ってかかる彼を何とか宥め、ヤマグチはその頭を撫でる。
「…シゲは帰ってくるよ。あの人の世話係だった俺がまだここにいるってことはそういうことだ」
「…」
俯いて黙り込む“王子”に、ヤマグチは優しく言った。
「さぁ、戻ろう。みんな捜してるぞ」
俯いたまま小さく頷いた“王子”を連れて中庭から城内に向かう。
眠たそうに目を擦る“王子”を見て、ヤマグチはふと空を見上げた。
まだまだ太陽は高い位置にいる。
「眠いか?」
「…ん。少し…」
「…もうすぐ新月か」
ぽつりそう呟いた。
それが“王子”の耳に届くことはなく、2人は何事もなかったかのように城の中に戻っていった。
「王子!!」
ヤマグチとともに“王子”が部屋に戻ると、心配そうな顔をしたマツオカが2人を迎え入れた。
「どこに行ってらしたんですか!心配しましたよ、王子!」
「…敬語…」
“王子”に近寄り、ほっとした表情を見せるマツオカに“王子”は不機嫌そうに言った。
「あ、ごめん、タイチ君」
慌ててマツオカは謝る。
「今日の王子殿はご機嫌斜めみたいだぞ」
ケラケラ笑いながらヤマグチはイスにどかっと腰掛けた。
「ナガセは?」
イスに腰掛けてタイチが訊いた。
「タイチ君を探しに行ったよ。真っ青になってたぜ、アイツ」
「可愛がってるもんなぁ、お前を」
ヤマグチがタイチの頭を軽く叩く。世話係2人が笑うのを、悔しそうにタイチが睨めつけた。
「さ、ナガセが戻ってきたら遊ぶんでしょ?それまで勉強だからね」
「えー!!」
不服満載で声を上げるタイチの前に、マツオカは一冊の本を置いた。
「勉強ヤなのは解るけど、これくらいは読んどいてもらわないと困るなぁ」
「…ブ厚すぎ」
その厚さにタイチは文句を言う。
「今度甘さ控えめのミルフィーユ作ってあげるから。イチゴたっぷりで」
「それホントですか!!」
マツオカが言い切ると同時に扉が外れんばかりの勢いで開いて、軍服姿のナガセが勢いよく飛び込んできた。
「お前にはやらん」
「えー!!何でですか!?」
「俺はタイチ君に作るって言ったの。お前に言ったわけじゃねぇ」
「マボヒドいー!!」
ナガセがマツオカに抗議しているのを見て、タイチは面白そうに笑った。
「ナガセは食べれないんだ!マツオカのケーキは美味しいのにかわいそ〜」
「あー!!タイチ君笑ったなぁ!!」
ナガセは標的をタイチに変えて、小柄なタイチをイスから持ち上げた。
「そんなこと言うタイチ君にはこうだー!!」
頭の上まで持ち上げて部屋の中を走り回る。
暴れるな、と怒るマツオカを無視して、2人はきゃいきゃい騒いでいる。
それを笑いながら眺めていたヤマグチは、本来ならここにいるはずのもう1人の王子に思いを馳せた。
日が傾いてきた頃、渡された本を何とか読んでいたタイチが船を漕ぎ始めた。
「タイチ君、眠い?」
それに気付いたナガセがタイチを覗き込む。
「…んー…」
意識は半分飛んでいるようで、その返答ははっきりとした言葉にならない。
「マツオカ君、もしかしてもうすぐ新月?」
ソファに腰掛けて本を読んでいたマツオカにナガセが訊く。
その問いにマツオカは指折り何かを数えた。
「そうだな。もう2、3日で新月だ」
「やっぱり。俺ヤマグチ君呼んできますね」
眠そうなタイチを抱え上げてマツオカに渡し、部屋から出ていくナガセ。
「タイチ君、寝るのはちょっと待って」
マツオカが軽く揺すると、タイチは眉間にシワを寄せて目を開く。
「…今朝ヤな夢見たんだ」
「どんな?」
「…公表式の時の夢。…あの魔法使いが何か言って、光が飛んできて、シゲル君が消えちゃった…」
俯き加減、小さめの声でタイチは寂しげに呟いた。
「寂しい?」
苦笑混じりの慈しむような表情を浮かべ、マツオカはタイチを自分の横に座らせる。
「…」
タイチは黙ったまま。
「タイチ君はシゲル君が嫌い?」
「…嫌いじゃないもん…」
少し頬を膨らませるタイチに、マツオカは苦笑を浮かべた。
「……俺が好きって言わなかったからシゲル君いなくなっちゃったのかなぁ…」
ちょうど扉が開いて、ナガセに呼ばれたヤマグチが部屋に入ってきた時、タイチはそう呟いて、眠りに落ちた。
同時にその身体が光を発し始める。
光の中に見える人影が一回りほど大きくなった。
そして光が薄れていって、タイチがいた場所に座っていたのは茶色の猫っ毛を肩まで伸ばした青年。
少しきつい印象のタイチとは違い、柔らかな面差しの彼は眠っていたが、すぐにうっすらと目を開く。
「おはようございます、王子」