耳元で携帯が騒ぎ立てる。あまりに耳障りで、のそり、手を伸ばした。ディスプレイを見る。 眩しいくらいの光を放ちながら、ディスプレイが指しているのは午前5時ジャスト。 窓の外もまだ暗い。確か眠りに落ちたのが日付を跨いで2時間弱。今日寝て今日起きている。 そんなこといつも通りのことだけれど、睡眠時間は約4時間。こんな日にまで仕事だなんて。 口の中で独り言ちてベッドから起き上がる。枕元には今朝置いた、スーツのポケットに突っ込んである小間物。 ぐちゃっと潰れた煙草の箱に手を伸ばして1本取り出す。表面の白が眩しい。目を顰めながら着火。 人体を侵していくそれを思いっきり吸い込む。白い霞が部屋の中と肺いっぱいに広がった。
半ば辺りで煙草を揉み消した。ここ数日の忙しさ故か灰皿が山のよう。ため息一つ。持ち上げて、生ゴミの中にダイブさせた。 ゴミ箱ももう空間がない。ゴミの収集日はいつだっけ。このところ忙しすぎて気にも留めてなかった。 後でまとめておこう。捨てに行くのは年明けでも構わない。
そのまま洗面台へ向かう。洗うというよりも水を被って目を開かせる。鏡の向こうに草臥れた男が一人。 皮肉って笑うと相手も笑った。鏡越しに時計を確認。今日は出勤時間が遅かったことを思い出した。 余分な時間は約4時間。もう一度寝る気分でもなくて、風呂場に直行した。
熱いくらいのシャワーでも浴びて、心機一転、今日を乗り越えよう。












風が強い。
波が荒い。
それでも止めようだなんて選択肢が浮かぶはずもなく、暗い海に飛び込んだ。
間もなく日の出。
いつもと変わらない、それでいていつも違った顔を見せるその姿に、生きてることを感謝する。
視界に絶好のチャンスが写った。
身体の一部とも言えるそれを構えて、波に乗る。
そのまま水に落ちた。
沈む感覚の後、浮かび上がる。
水の音、波の音、風のざわめき。
喧しくない程度に、互いに調和しながら耳を通過していく。
大きな何かを感じながら、波間に漂った。
目を開く。
太陽の高さで時間を確認して、海から上がった。
心地よい気だるさを伴った重い身体を引きずって、我が家へと戻る。
外に備え付けの蛇口から目一杯水を出して、頭から被った。
海とは違う冷たさに思わず声を上げたが、怯まずに身体に染み着いた塩水を流す。
そのまま部屋に入った。
コーヒーメーカーからカップに注ぐ。
湯気が立ち上る中に少しだけミルクを入れた。
一度沈んで浮かんでくる白い模様そのままに口に含む。
冷えきった身体が熱を得て温まっていく。
ガラス張りの向こうに緑青の海。
今日の仕事は一日休み。
もう一眠りしよう。













流れていくビルの海。
全速力で走っても車のような速さが出ることはないけど、確かに景色は流れていく。
吐く息が白い。空気が刺すように冷たい。
もしかしたら雪でも降るのかも。
すれ違う人も少ない。
日付から考えれば当然。
こんな日に朝早くから走ってる奴は滅多にいないだろう。
視界に公園が映る。
何か飲みたくて、自販機目当てに角を曲がった。
自販機が2台。豪華なことだ。
ジャージのポケットを探る。出てきたのは100円玉が2枚。
それを投入口に入れた。
どうぞお選びください。
ランプが点灯して選択を迫る。
少し迷ってスポーツ飲料のボタンを押した。
ガッコンと音を立てて、それが落ちてくる。
手にとってフタを回す。
フタ付きのアルミ缶なんて去年ぐらいはあまり見なかったのに。
火照った身体を冷やすように染み渡る。
腕時計を確認。時刻は7時半頃。
もう1周走れる。
空き缶を放り投げると、それはきれいな放物線を描いてゴミ箱に消えた。
それを見届けて、足を踏み出した。













自然と目が覚めた。
時計を確認。朝の9時。
もう一度寝ようかと思ったが、考え直してベッドから抜け出る。
天気がいいみたいだから布団でも干そう。
てきぱきと片付けてベランダの戸を開ける。
まだ空気は冷たい。軽く身震いしてから、布団を風に当てる。
眼下には少しずつ動き始める街とヒト。
忙しなくヒトも車も行き来して、周りを見ることもない。
そのまま視線を上げる。
雲一つない真っ青な空と、まだ微かに黄色みを残した太陽の光。
映える対照の色に、目を閉じて空気を吸い込んだ。
寝不足なはずなのに気分がいい。
いつものような体の重さが感じられない。
それもこれも気の持ちようかもしれない。
それでも愉快な気分になった。
もう一度空を見上げて、部屋に戻る。
寒くはあったが、最近部屋の風通しをしてなかったことを思い出してそのままにしておく。
代わりに昨夜帰ってきて、脱ぎっぱなしに床に捨てておいたジャケットを羽織った。
部屋の中で息が白い。
おかしな状況を鼻で笑い飛ばしながら、散らかった部屋を片付け始めた。
余分なものは散らかしてない。
掃除は1、2時間で終えることができるだろう。
それから朝食でも悪くない。
久しぶりに、押入れの奥の掃除機を引っ張り出した。













カーテンの隙間から漏れる光が顔を直撃して、眩しくて目を覚ました。 時計を見る。が、手の届く範囲に時計がなくて、確認することを諦めた。 時間が分からなくても死ぬことはない。どうせ今日は1日休みだ。 好きなだけ寝ていても、誰も何も文句は言わないし、怒りの電話が飛んでくることはない。 そのままもう一度布団の中に潜り込んだ。
まどろみの中で考える。グチャグチャな思考、取り留めのない妄想が頭の中を走り抜けていく。 眠たい。けれど寝れない。二度寝なんてそんなもんだ。 気づいたら夢の中で剣でも握って邪悪なドラゴンと戦ってるかもしれない。 そして可愛らしいお姫様を救い出す。そんな世界にトリップしてみるのも悪くない。
でもそんなことどうでもいい。そうだ。今日は大晦日だった。掃除でもしようか。 それよりも布団の中でゴロゴロしていた方が心地好い。 ああ。でもそろそろ冷蔵庫の中を整理しなきゃ、また地獄になってるかもしれない。 前は酷かった。あんなことは避けなければ。でも布団からは出られない。
ゆっくりと目を開ける。霞んだ視界の向こうに短針と長針が見える。2人が指すのは10と6。 ならもう少し寝ていても構わない。
さあ、もう一度夢の世界へ。




























メール受信 1件


sub:忘れるな!
本文:
今夜、それぞれ食いたいモノを持って俺んち集合!
ただし城島は年越し蕎麦と雑煮、松岡はお節の準備は必須事項。




























チャイムが鳴る。
玄関まで出迎えると、すでにチャイムの主は勝手に扉を開けて入ってきていた。
「よ。早いね」
「仕事さっさと終わらせて来てやったわ。何やねん、あのメール。何で僕と松岡だけ指定なん?」
「俺と太一と長瀬じゃ知れてるだろ?やっぱ食べるなら料理上手な奴の飯が食いたくね?」
山口の口上に、城島は苦笑いを浮かべた。
彼の手には食材でいっぱいのビニール袋。
「どこもかしこもたっかいなぁ。さすが年末や。稼ぎ時やもんな」
「海老は?」
「もちろんこうたわ。すり身も鶏肉もちゃんと買ってありますー」
「蕎麦は忘れてない?」
「お前が心配するのは飯だけか!僕の財布の心配とか、フォローはしてくれへんの?」
「俺の財布の方が心配してほしいから無理」
「何やねんそれ」
ケラケラ笑ながら2人は家の中に上がる。
城島は勝手知ったる様子で台所に入っていった。
「せやったら準備するか」
そしてビニール袋の中身を取り出し始めた。










「ちわー」
玄関を覗くと長身の影。
「よ」
「もしかして俺一番?」
「僕が一番乗りや」
リビングから玄関を覗いていた山口の後ろから、城島も顔を覗かせる。
「何だ。リーダー来てたんだ」
「蕎麦と雑煮の準備せなあかんからなぁ」
「俺もお節の指定来てたから早めに来たんだけど。リーダーがやってんならできない?」
「や、僕まだ出汁とってる段階やからええよ」
「俺に構わず好きなように使ってくれー」
「「判ってます」」
山口のやる気のない発言に、城島と松岡が声を揃えて答えた。
「ならいいや」
「もー。兄ぃは適当なんだから」
文句を言いながら松岡が台所に上がりこむ。
「じゃー材料の下拵えしちゃうね」
「おん」
家の主の知らぬところで台所が2人の城になっていく。










日が沈んでしばらく。玄関が騒がしくなる。
「こんばんわー!!」
「ビール買ってきたよー!!」
家の主の出迎えを待つ間もなく、リビングにドタドタと上がり込んできた太一と長瀬。
「おー!よくやった!」
山口は長瀬が差し出したビールの袋から1本の缶を取り出して、いきなりプルタブを上げた。
「あー!!兄ぃずるい!!」
「お前も飲めばいいじゃねぇか」
「没収ー」
松岡の文句に山口が答えている間に、城島がそれを取り上げた。
「あ!シゲ!何すんだよ!」
「松岡ー、から揚げに使うと柔らかくなるやんなぁー」
「あ、そうだね。日本酒使おうかと思ってたけど調度いいや」
「俺のビール!!」
「山口君、あの2人に逆らうと飯が食べれなくなるよ」
「それ嫌ー!!俺毎年楽しみにしてるんすから!!」
太一の台詞に長瀬が過剰反応した。
「・・・・・・・・・ちっ」
諦めた山口に面白そうな視線を投げかけ、太一は台所に向かう。
「手伝うことある?」
「ううん。今のところ大丈夫。もうすぐ蕎麦ができるみたいだよ」
「じゃああっち片付けてくるわ」
「頼むわー」










「あと何分?」
「今サブちゃんが歌い終わりました」
「20分ぐらい」
「どっちが買ったん?」
「今投票中・・・・・・・・・・・・・・・・・・白だって」
「ビールもう1本開けていい?」
「俺焼酎飲みてー」
「ツマミ足りる?」
「大丈夫だって」
「あ、ゆく とし くる とし始まった」
「俺これ好きかも」
「ジジくせー」

ゲラゲラ

クスクス

笑いは絶えない。

「お、あと5分」
「残しといたビール準備しようぜ」
「みんなで乾杯?」
「いつもどおりで行こうぜ」
「宴会納めでそのまま宴会初めやんか」
「俺ららしくていいじゃん」
「まーね」




テレビがカウントを始める。

「今年はお世話になりました」
「ホントお世話したよ」
「フォローしてや」
「無理ー」
「あ、終わるね」
「早いなぁ」
「来年もよろしく」
「おう。よろしく」






































「「「「「おめでとう」」」」」
ビールの缶をぶつけ合う。

「今年もよろしく」
「よろしゅうなー」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
「今年も楽しくいこうやー」

口々に挨拶を済ませ、宴会に戻っていく。


それが彼らの年の跨ぎ方。








新しく1年が始まる。










あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。




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昨年1年お世話になったお礼です。
よろしければお持ち帰りください。

願わくば、この1年が皆さまにとって最高の年になりますように。


2007/01/01

※追記
一遍降ろしたんですが、もったいないので再UPです。
2008/01/18

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