自分の生まれた日なんて知らない。

物心ついた時点ですでに親はいなかったし、もし判ってたとしても祝ってる余裕なんてなかった。
今までの思い出なんて銃声と爆音と埃っぽい廃墟だけ。
命をかけたサバイバルゲームを生き抜くことしか頭になかったから。








Feier








戦争が終わって、もうそろそろ1年が経つ。
終わる何ヶ月か前に施設に保護された俺は、終戦後すぐに今のところに引き取られた。
引き取ってくれたのは医者だった。
軍医だったらしい。
まだ若い。30にはいってないらしい。
けど、俺からしてみたらただのおっさんだ。
というか、この人と一緒に暮らし始めて1年になるけれど、本当にこの人は軍人だったのかと疑いたくなる。
何もないところで躓くわ、医者のクセに不器用だわ。
こんな人があんな地獄で生き延びてこれたことが不思議でならない。
いつもヘラヘラ笑ってるのも、何だかムカつく。
こんな人が俺の『保護者』だなんて、人生終わってるかもしれない。
まぁ、そもそもこの時代に生まれたこと自体、俺の人生は終わってるんだけど。

この人、みんなからはリーダーと呼ばれてるんだけど、リーダーが『保護者』として不適と思う理由は他にもある。
それが大々的な理由なんだけど、リーダーは何もしないのだ。
本で読んだような『親』がする事は何もしない。
俺も松岡も長瀬も、あぁ、松岡と長瀬は俺より先に拾われた同居人だけど、本当にほったらかし。
朝食を作って起こしてくれるどころか、松岡が朝食を作って、こちらが起こしに行かないと起きてこない。
掃除は一切しないし(さすがに洗濯はしてくれる)、煙草の灰皿は吸い殻が雪崩を起こしそうになってても捨てない。
ていうか子供の前で煙草吸うこと自体どうなのって話だ。
これが『保護者』だなんて俺は認めない。

けど、絶対に飯だけは一緒に食べる。
どうしても、って時以外は必ず全員が揃ってからじゃないと手を付けないし、付けさせてくれない。
そして、みんなの誕生日やそういう行事の時は必ず盛大に祝う。
リーダー自ら包丁を持って豪華な食事を作るのだ。
他のことは不器用なクセに料理だけはできる。(ただし魚をさばく時にメスを使う。ちょっとやめてほしい)

こんな不思議な奴と一緒にいなきゃいいじゃないか、と思うかもしれない。
本人も、嫌なら出てってくれても構わないと初めに言っていたし。

でも、何だか出て行きづらいのだ。

嫌いなものだからって飯を残すと怒るし、遊びすぎてうっかり帰る時間が遅くなったらすっごく怒られたし、
ムカつくことばっかなのに、何でかいつもあそこに帰ってしまう。
扉を開けると、いつも笑顔でおかえりと言ってくれることが何だか嬉しくて。
恥ずかしいからただいまなんて、いまだかつて一回も言ったことないけど。




「太一」
何日も前からカンカンコンコン、何かを家の側面に造ってた山口君が俺を呼んだ。
山口君は元軍人だ。
リーダーとは同じ司令部だか何かで仲良くなったらしい。
山口君も一緒に住んでる。
山口君はリーダーとは違って、ちゃんとしてる。
朝に弱いから起こすのが大変ではあるけど、町の大工のおっちゃんたちと一緒に家を造ってる。
「なに?」
ニヤニヤ笑う山口君がこっちに来いと言った。
わけがわからなかったけど、それについていく。
連れて行かれたのは家の中の廊下の壁しかなかったはずのところ。
そこには新しい木で作られた扉ができていた。
「?」
「開けてみ?」
山口君の言葉に倣って扉を開けた。
「部屋?」
そこは大きくはないが、小さくもない、新しい木の匂いでいっぱいの新しい部屋。
「お前の部屋だよ」
横に立っていた山口くんが笑った。
「・・・・・何で?俺もう部屋あるよ?」
こことは間逆の位置に、大きなベッドとソファのある部屋がある。
そこで俺はこの1年過ごしてきたから、そこが俺の部屋なんだと思っていたけれど。
「あれは客間だよ。お前の部屋じゃないんだ。鍵もつけといたから、引きこもりたいときはどうぞ」
ニヤニヤ笑って山口くんが俺の肩を叩いた。
「・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・」
「じゃあ俺仕事があるから」
そう言って、山口君は行ってしまった。


何が何だか解らない。
とりあえずリーダーにどうすればいいか訊いてみたら、そっちに移れば良いんじゃないかと言われた。
どうして今更。
そう呟いた俺に、リーダーは訳知り顔で笑って、ありがとうは言ったのか、と訊いてきた。
「言ってない」
「言わなあかんよ。山口は太一のために造ったんやから」
言われてみればそうかもしれない。
いきなりわけのわからないことではあるけれど、俺のために造ってくれたのは明らかだ。
ありがとうを言い忘れたことが悔やまれる。
今からでも遅くないと思うけど、と言うリーダーの言葉を信じて、俺は山口君の元に向かった。




「あ、太一君!!」
街中を歩いていると、横道から松岡が現れた。
松岡は俺より年下らしいけど、俺よりもでかい。
笑顔で手を振って、走ってくる。
「どしたの?こんなところで」
「ん。山口君とこ行こうかなって」
「兄ぃのとこ?」
俺の言葉に松岡は首を傾げた。
「ちょっとね。お前は?」
「買い物のかえり」
そう言った松岡の両手には大きな買い物袋が3つ。
「今から持って帰るなら手伝おうか?」
「え?いいよ!太一君兄ぃのところ行くんでしょ?行っといでよ。おれは大丈夫」
松岡がそう笑うので、言葉に甘えてその場で別れた。
「あ!今日は早くかえってきてね!!」
去り際に松岡はそう言った。
とりあえず頷いたけれど、何でだろうか。


確かこの辺りで仕事をしてたはず。
そう思って辿り着いたところでは、長瀬が他の子と遊んでいた。
「あ、たいちくん!!」
少し舌っ足らずな感じで長瀬が俺を呼んだ。
ニコニコと何が嬉しいのか、こっちに走ってくる。
「なぁ、この辺で山口君見なかった?」
「えー?ぐっさんならさっきまちのそとにいっちゃったよー」
後ろでボールを蹴っていた他の子に、ねぇと訊くと、そいつらも頷いた。
「なんだ、いないのか」
俺の言葉に長瀬が首を傾げる。
「どうしたの?」
「んー。山口君にちょっと用があって」
「でもぐっさん、ゆうがたにはいえにかえってくるよ?そのときじゃダメなの?」
それよりいっしょにサッカーしようよ、と服を引っ張ってくる長瀬。
町の外に出て行ってしまっているなら追いかけようがない。
「いいよ」
俺はサッカーの誘惑に負けて、長瀬たちの輪に入っていった。








日が沈み始めた頃、俺と長瀬は家路に着いた。
「たのしかったねー」
泥だらけで、最高の笑顔を浮かべて長瀬が言った。
「おう」
「あっ!はやくかえらなきゃ!まぼにおこられる!!」
そして突然走り出す長瀬。
何で松岡に怒られるんだろう。
帰りが遅くなって怒るのはリーダーなのに。
そんなことを思いながら、その後を追いかける。
夕日は半分ほど隠れていた。








帰ると即風呂に突っ込まれた。
久しぶりに長瀬と入る。最近は一人で入ってたから。
けれど、俺が全部洗い終わって湯船に浸かってからも、長瀬はずっと身体を洗っていた。
そんなんだから、俺が上がる頃にようやく湯船に浸かり始める。
それも前とは変わってない。
のぼせてしまうので、長瀬は放っておいて俺は上がった。
途中、リーダーが服を置いていった。
声をかけてくれていたので、それを手に取った。
「・・・・・・・・・・あれ?」
それは見たことのない服。俺のじゃない。
「?」
でも、長瀬のサイズじゃないし、長瀬の服はちゃんと別にある。
だから、多分俺のだけど、どうしてなんだろう。
仕方ないのでそれに袖を通して、居間に向かう。
「ねー、リーダー」
閉められている居間の扉を開けながらリーダーを呼ぶと、
いきなりリーダーが走ってきて、居間から出てきて戸を閉めた。
「何やろ?」
「・・・・・・・・そっちこそ何、それ」
「何でもないで?」
怪訝な顔でリーダーを見ると、扉の前に立ちり踏ん張って、にっこり笑う。
「入りたいんだけど」
「新しい部屋に荷物運んどいたから、片付けといでや」
「後でもいいじゃん。入りたいんだってば」
「それこそ後でも入れるんやから今はええやろ?」
「何で?てかこの服何?俺のじゃない」
「お前の新しい服やねん。今日こうてきたんやで?」
「何で?」
そんなやり取りをしながら、リーダーは俺の背中を押して、居間から遠ざけて、
山口くんが作ってくれた新しい部屋の前まで移動する。
「あとで説明するから、とりあえず、今日寝れるように片付けぇよ」
そう言って、俺は部屋の中に放り込まれた。
バタンと戸が閉まって、俺はポツリと1人部屋の中。
片付ける必要もないくらい整った部屋の中で、仕方なしにベッドに横になる。
まったくもってわけがわからない。
そりゃあこの1年でリーダーも山口くんも、突拍子もないことが好きだっていうことは理解したけど、
それをいつ思い付いて実行に移すのかなんて、ぜんぜんわからない。
今だって何かを企んでるのは明白だけど、それが何かはさっぱりだ。
「・・・・・・・う〜・・・・・・・わかんねー・・・・・・・・・・・」
しばらくはうんうん悩んでいたけど、運動帰りで風呂上りだったから、眠たくなって、
いつの間にか眠ってしまっていた。










「・・・・・ち・・・・・・・太一、起きろ」
ゆさゆさ身体が揺れる。
少しだけ目を開けると、山口くんの姿が見えた。
「・・・・・・・・・・んー・・・・・・・・・・・」
「ほら、起きろ。みんな待ってんぞ」
「・・・・・・・・・なに・・・・・・・・・・・?」
目を擦りながら身体を起こすと、山口くんが微笑んだ。
「秘密。とりあえず、これつけて」
ぼんやりと、山口くんの手ににぎられている物に目をやると、それは長めのタオル。
「は?」
「いいから、いいから」
そう言いながら俺を立たせ、それで目隠しをされた。
「!? なに!? なにこれ!? 目隠し!?」
「はい、行くぞー」
そして、俺の身体は宙に浮いた。
「ぎゃー!!?怖い怖い!!落ちる!!!!」
「落ちねーから」
はっはっは、と笑いながら歩き出す山口くん。
何も見えず、ぶらぶら浮いている俺としては怖いの一言だ。
ガチャリと扉が開く音。
ようやく降ろされて、地面に足がつく。
そして、目隠しが外される。
ゆっくりと目を開いた瞬間、目の前で何かが炸裂した。


「 「 「 「 誕生日おめでとう!!! 」 」 」 」


目の前をちらちら揺れて落ちる細かい色紙と、ビックリして動けない俺。
すっごい笑顔で微笑んで言う4人に、俺は口を開けっぱなしにして立ち尽くした。
今のテーブルには所狭しと豪華なごちそうが並び、その真ん中にはでっかいケーキがある。
「今日で太一がこの家に来て、ちょうど1年やろ?ほんまは誕生日に、と思ってんけど、自分の誕生日知らん言うし」
リーダーがそう笑う。
「だったら家に来た日を誕生日にしちまえってことになってさ」
リーダーの言葉を受けて、山口くんも笑った。
「たいちくん!これ!!」
「智也と2人で選んだんだ」
そして、松岡と長瀬が2人で箱を俺に向かって差し出した。
「?」
「開けてみて!」
きれいにラッピングされたその箱を開けると、中にはサッカーボール柄のマグカップ。
「・・・・・・・・これ・・・・・・・・・・・」
「「誕生日プレゼント!!」」
声をそろえて、2人が笑う。
「さ、太一。ロウソクの火を消してや」
リーダーが、俺の肩に手を置いて言った。
「・・・・え・・・・・」
「願い事を1つ考えながら、ロウソクの火を消すんだよ」
「今回はロウソク1本やけど、それはここに来た年数分やから」
そうして、4人の視線が俺に向く。
俺がどうしていいのかわからずに、固まっていると、誰からともなく歌い始めた。


Happy Birthday to you

Happy Birthday to you

Happy Birthday dear TAICHI

Happy Birthday to you


「さ、吹き消して。太一」
少し迷ったけれど、言われたとおりに吹き消す。
瞬間、4人の歓声と、拍手が上がった。
「おめでとう、太一」
「おめでとさん」
「おめでとう、太一君!!」
「おめでとー!!」
口々に、祝いの言葉が俺に向かって投げかけられた。
ようやくリーダーたちが企んでたことが何だったのか理解できたとたん、涙が出てきた。
「えぇ!!?太一君!!?なんで泣くの!!?」
「どっかいたいの!?」
あわあわしながら松岡と長瀬が俺のそばに寄ってくる。
山口くんが優しく笑って俺の頭を叩いた。
「どうしたん?太一」
しゃがんで、俺と視線を合わせて、リーダーが訊いた。
「悲しいんか?」
違う。
俺は首を振った。
「じゃあ、どうして泣くん?」
「・・・・・・わかんない・・・・・・・・・・・・・・嬉しいけど・・・・・・・・・・・・涙が出るんだ・・・・・・・・・・」
「それは、嬉し泣き言うんよ」
リーダーが微笑んだ。
「悲しい時、人間は泣くやん。でもな、泣くときはそれだけやないねん。嬉しい時も、人間は泣くんやで」
俺の頭を撫でながら、リーダーは言う。
「達也も、昌宏も智也も、お前の笑う顔が見たくて頑張ったんやで」
顔を上げるとリーダーと、その向こうに心配そうな松岡と長瀬が見える。横手には山口くん。
俺はぐいっと袖で顔を拭いて、笑った。
「ありがとう。うれしい」
目は腫れてるし、ぶっさいくな顔だったけど、笑った。
すると4人とも、とても嬉しそうに笑った。












それが俺の初めての誕生日。
本当に生まれた日は判らないけど、でも今の俺には誕生日はある。

そして祝ってくれる人たちもいる。




それはきっと、何よりのプレゼント。











Happy birthday, Taichi !!


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相変わらず締めが・・・・・・・・・・。
そして初めと終わりが一致しないよ・・・・(涙)

というわけで、かなり遅れてしまったんですが、おめでとう小説です。
初めは一つ屋根の下設定でいこうと思ったんですが、思いついたので。

改めて、おめでとうございます、国分さん。
これからも素敵なゴチドルでいてください。


2006/09/05



※追記
一遍降ろしたんですが、もったいないので再UPです。
2008/01/18

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