長瀬の退院は17日に決まっていた。
茂の誕生日。
プレゼントに、と買っておいたあの人の好きな高い酒はもう役に立たない。
瓶入りのそれを開けてコップに注いだ。
キツいアルコール臭が鼻に届く。
それを何かで割ることもなく、一気に呷った。
咽喉が灼ける感覚。
旦那を亡くしてアル中になる主婦の感覚はこんなもんだろうか。
何杯目かを飲み干して、突然眠気が身体を襲う。
けして心地よいとはいえない眠気に身を任せて、無理矢理意識を手放す。
完全に落ちる前、遠くの方から声が聞こえた気がした。



こんなことをしても何にもならない。
現実逃避に過ぎないことは解っているのに、毎晩繰り返していた。



酒を呷って眠る。



だから、もしかしたら、それも悪酔いの末の幻覚だったのかもしれない。



茂の誕生日の前日、俺は、夢を見た。



気付いたら真っ白な世界にいた。
果てしなく白が続いて、何もない。
それなのに歩いていた。

しばらく行くと黒に近い灰色のラインが足下に引かれていた。
躊躇わずそれを踏み越える。
少し白が揺らいだ気がした。
そして視線を上げる。
さっきまでなかったのに、そこには椅子に座った人影があった。
見慣れた猫背気味の背中に脈が速くなる。

──── ・・・・・・・・・・・・シゲ?

小さく名前を口にすると、その人は驚いた顔をしてゆっくり振り返り、そして笑った。

──── ・・・・・・・・長瀬もこんな気分やったんかなぁ

──── 何、してんの・・・・・・・・・・

声が掠れた。
変わらない笑顔。夢だと判っていても信じられなかった。

──── 何で自分ここにおるん?

──── ・・・・・・・・・・・・・・・知らないよ  どこだよ、ここ・・・・・・・・・

──── 長瀬がおったところ  本当は初めから僕がおらなあかんかったところ

──── 何だよ、それ

──── 罰やって

──── 何の

──── 彼女の後を追おうとした罰

──── ・・・・・・・・・・・・・・シゲ、俺、


「なぁ、山口。僕はお前に謝りたかってん、ずっと」


突然、フィルターがかかっていたようにくぐもっていた声が鮮明になった。

「彼女、奪ってもうてごめん。本当は知ってた。お前が彼女を好きだったこと。
 ずっと諦めなって思っとったのに、出来へんかった。そうやって我が侭言って、結局彼女を死なせてしまって・・・・・・・・・・・・。
 僕は阿呆や。お前だったら死なせることもなかったかもしれんのに」

俯いて、一気にそう捲し立てる。

そんな事ない

そう言おうと思ったのに口が動かない。

「長瀬は起きた?」
「・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・あ、起きたよ・・・・・・・・・・。元気そうだ」
「よかった。あの子にはまだ先があるから、僕の代わりになんて、そんな事あかんよ」
安堵の表情。でも、それに無性に腹が立った。
「でも、泣いてたよ」
俺の言葉に茂は表情を歪めた。
「泣いてた。アナタに幸せになってもらいたかったのにって。だから代わりになったのにって。
 ・・・・・・・・・・・俺も、アナタに、アナタ達2人に幸せになってもらいたかった。
 だって彼女は幸せそうだったじゃないか。
 誰が見たって幸せな2人で、俺はあんな形で終わるなんて夢にも思わなかった。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺の手の届かないところまでいって欲しかったのに・・・・・・・・・・・・・・・・」

敵わないと諦めがつくくらい幸せになって欲しかった。

「・・・・・・・・・でも、心のどこかで妬んでたんだ。ずっと。隣にいるのが俺だったらって、ずっと思ってた。
 それがシゲを苦しめてたのも解ってたのに。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・だから、謝るのは俺の方なんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ごめん。

ごめん。

俺がアナタを死に追いやったんだ。


「・・・・・・・・・・・・頼むから、帰ってきて」




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シゲさんと兄ぃの対談メインでした。
話が行き詰まったので強制終了。


2006/11/17




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