初めて認識した言葉は『おはよう』


目を開けて、覗き込んできた笑顔が言った。
「おはよう。自分のこと判るかな?」
「はい、ドクター。自分はA-SJ9817 TYPE:5 vorkです」
「僕が誰か判る?」
「はい。制作者のDr.城島です」
「そうやね」
訛のある言葉でドクターは笑った。


初めて貰ったものは『名前』


「で、君の名前やけどな」
「ドクター。名前は先ほど名乗りましたが」
「ちゃうやろ?あれは君の機体番号や。僕が言っとんのは、何ちゅうんかな、愛称のことなんよ」
小さな封筒をデスクの引き出しから取り出して、その中から折り畳まれた紙を取り出す。
「さて、どんな名前に決まったんかな」
楽しそうにドクターはそれを広げた。
「…いい名前やねぇ。君の名前は『智也』だよ」
「…智也…」
ドクターはその紙を広げて見せてくれた。


初めて褒められたのは『よくできました』という言葉で


そして、手を差し出した。
「改めて。初めまして、智也。僕は城島茂です」
どうしていいのか判らず、ただそれを見ていたら、ドクターは笑った。
「こういう時はな、自分も名乗んねんで。で、これは握手や」
そう言って、差し出した手を振る。
「僕の言葉を真似て言ってみ?」
「…初めまして。僕の名前は…智也…です」
ドクターの言葉と元々ある言葉の中から選び出して言った。
「よくできました」
ドクターは笑顔で頭を撫でた。


そしてできたのは『家族』


「おいで。家族を紹介するわ」
「家族?」
「そう。家族」
ドクターはニコニコと笑いながら、どこかに連れていく。
到着した部屋の中には3人の男がいた。
「さて、智也。こいつらが僕の家族であり、君の家族や」
ドクターが示した3人はにっこり笑って、1人1人名乗りだす。
「俺は達也。お前と同じだよ」
「俺は太一ね。達也君と同じくお前のお仲間」
「俺は松岡昌宏。リーダーの助手。ちなみに人間ね」


初めて送られたのは『おめでとう』という言葉


名乗られたら名乗る。
それがさっき教えて貰ったこと。
「初めまして。智也です」
そう言うと、3人は笑って、そしてドクターを含めた4人で声を揃えて言った。
「おめでとう、智也」


初めて教わった言葉は『ありがとう』


「え…」
「今日はお前の誕生日だろ?」
戸惑っていると、松岡さんが笑った。
「誕生日にはおめでとうって言うもんなんだぜ」
付け足すように太一さんが笑う。
「…こういう時は何て言えばいいんですか?」
そう訊くと、達也さんがニッと笑って言った。
「ありがとう、だよ」


初めて自分で行動して、みんなが喜んでくれたことは、『笑顔』を見せたこと


「あ…ありがとう」
4人の笑顔で、何だか温かい気分になれたから、僕もそう笑った。
そうしたら、4人は顔を見合わせて、嬉しそうに笑う。
「やっと笑ったなぁ」
ドクターがほっとした様子で言った。



それが、生まれたときの記憶。










5人の生活が始まって、俺はいろいろなことを教わった。


「何やってんだよ!!」
大きな音を立てて床に落ちた陶器のカップは粉々に割れた。
いきなりマボに怒られて、破片を拾おうとしていた俺は思わず固まった。
「アンドロイドでも下手したら皮膚が切れっだろ!安易に触るんじゃねぇよ!!」
怒られて、何だか変な感じがして、どうしていいのか解らなくて、
その場で立っていたら、マボが困った顔をして、俺を見た。
「何泣きそうな顔してんの」
「俺は泣けないよ?」
「そんなん知ってるよ。泣いてるんじゃなくて、泣きそうな顔。どっか痛いか?」
「ううん。痛くないよ。・・・・・・・・・・でも、変な感じがする」
塵取りで破片を全部取ってから、マボは訊いた。
「変、って、どんなふうに変なんだ?」
「・・・・・何か・・・・・・・・・・何だろう・・・・・・・・カップが壊れちゃったのとか、マボが怒ったのとか・・・・・
 すごく、・・・・・・・・・・痛い?」
どういう言葉で表現していいのか解らなくて、出てきた言葉を口にした。
それでも違うような気がして、すごく、困る。
わからない。
「それは、多分、悲しいっていう気持ちだと思うよ」
俯いてる俺に、マボはそう言った。
「俺はリーダーほどお前らの心理状態が解るわけじゃないから、ちゃんとは言えないけどね」
そしてマボは、集めた破片をしばらく見つめてから、ゴミ箱に捨てた。



解らなかったから、それを全部リーダーに話した。
リーダーは、それを聞いて、いつものように微笑んだ。
「それはな、悲しいって気持ちやねん。大事なものが壊れて嫌だな、と思う気持ちや、
 怒られて、松岡に嫌われたら嫌だな、って気持ちをそう言うんよ。
 例えば、智也が大事にしとる、初めて貰ったマグカップあるやろ?
 それが壊れてもうたら、どう思う?もう2度と、そのカップは使えへんねやで?
 どこに行っても売っとらん。同じ色、形のものはあるかも知れんけど、
 智也がここに来て、初めて貰ったカップは、もうどこにもないねん」
「・・・・・・・よくわかんないけど・・・・・・嫌です・・・・・・・・・」
リーダーが言ってることはよく解らなかったけど、きっと、俺のものがなくなったら、とても辛い。
「やろ?それが悲しいって気持ちねん。そして、寂しいって気持ちやねん」
「・・・・・・・かなしい・・・・・・・・・・」
「智也が壊してもうたカップはな、きっと松岡が大事にしとったカップやねん」
「じゃあ、マボも悲しかった?」
「多分な」
そう聞いたら、いても立ってもいられなくなった。
「どうしよう、リーダー!!俺、マボを悲しくさせちゃった!!」
「せやね。松岡を悲しい思いにさせたってことは、悪いことをしたってことやねぇ。
 そういう時は、どうすればよかったかな?」
「・・・・・謝る?」
俺が訊くと、リーダーは満足そうに笑った。
「そうやったね。ごめんなさいって言っておいで」










2008/01/18


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