爆音が近付いてくる。
松岡は、後ろを走る彼を気遣いながら脱出ポットに乗り込んだ。
そして、振り返る。
「!?…何してんの!!早く乗っ」
その言葉を遮って、入り口と廊下の間に強化ガラスの仕切が入る。
まだ、後ろにいたはずの彼は廊下にいるのに。
「ちょっ!?何で閉まるんだよっ!!開けろ!!」
【射出カウントを始めます。60、59、58】
彼がガラスを叩いて叫ぶものの、全く反応しない。それだけではなく、カウントまで始まってしまった。
「何でっ!?」
情けない顔をして、ガラスの向こうを見た。向こうには、笑顔で佇む彼。
「もしかして…アンタ…」
ぽつり呟くと、解ったのだろう、彼は腹を押さえていた腕を放し、松岡に見せた。
その腕から赤い滴がぽたり。着ていた白衣は真っ赤。
『いけない』
彼は笑顔でそう言った。
ガラスのせいで音は聞こえないが、口はそう動いていた。
「ふざけんなっ!!俺アンタを連れて帰るって、あの人と約束したんだぞ!!」
叫んでも通じないことは解っていて、それでも叫んだ。カウントが徐々に減っていく。
ガラスの向こうの彼は、悲しそうに笑った。
『ごめんな。でもお前は生きろ』
【30、29】
「…っ」
【25、24】
『ここまでつきあってくれて、ありがとう』
そう言って、彼は笑い、手を振った。
「…っ!!嫌だっ!!出発するなぁっ!!開けろっ!!開けろぉ!!!!」
【10秒前。射出のため、完全閉鎖します】
そして、ガラス外の扉も閉められ、完全に見えなくなった。
「ふざけんなっ!!俺は!?あっちで待ってる奴らはどうなるんだよっ!!?」
血が滲むほど叩いても開かない。
そして、約1名を残して、ポットはステーションを飛び立った。







レースのカーテンが揺れる。
夏場にしては涼しい風が部屋を走り抜けた。
数枚の紙が、それと一緒に宙を舞う。
「あのさ」
部屋の扉が開いて、太一が入ってくる。
「午後の…。…?」
部屋の主は机に向かったままの状態で固まっていた。
その頬に一筋走る。
「!?」
太一は慌てて走り寄った。
「どうしたの!?何かあったの!?」
普段気丈な彼の涙に動揺する。
「…死んだ…」
俯いて目を手で被い、呟いたその一言に、太一は空気が止まるのを感じ取った。






彼らがそこに戻ったのは、ステーションの爆発が大方収まってからだった。
それまで彼らは救助信号で駆けつけた軍の船に乗って、爆発が収まるのを待っていた。
そこで研究をしていた彼らは、原因究明という名の機密情報回収の仕事を与えられたから。
だから、“彼”を見つけたのは彼だった。
そこでの彼は、研究室の副主任という立場にあった。
だから彼は音声データを保存していたブラックボックスを回収しに、彼の所属していた研究室に向かったのだ。
辿り着いたのは損傷が一番激しかった場所。狙われたのは彼が行っていた研究だったから。
そこで、彼は“彼”を見つけた。
残っていたのは腕。
愛用の時計を着けて、巻き付いていたのが彼が着ていた白衣の袖で、残っていた血液から採取したDNAから、そう判断された。

“彼”はもう、この世から居なくなってしまった。

泣きながらそれを連れて帰って、彼と親しかった3人に対面させた。
一人は泣き叫んだ。
一人は絶句してその場を去った。
もう一人は、赤のこびり付いた腕時計を遺品として持ち帰った。



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