聞きたくない
見たくもない
何もかも、消えてしまえ
埃っぽい風が吹く。
空はどんよりと曇り、周りにはボロボロに半壊したビルと、以前は同類だっただろうコンクリートの残骸。
砂塵を防ぐためのコートを着ていなければ、そこにいるだけで傷だらけになってしまう。
「・・・・・・・・・・・もう、アレだけ・・・・・・・・?」
長瀬が呟いた。
視線の先に見えるのは、唯一残っている高層ビル。
「・・・そうだよ」
松岡が冷静に、けれど憔悴しきった様子で答える。
もう、精神的に限界に来てるんだろう。
この状況全てを受け入れるほどの寛容さも、立ち向かうだけの余裕も、きっとこの防戦の中ですり減ってしまった。
それは長瀬も、俺自身も、然り。
「・・・・・・・・・・行くぞ。あそこが壊れたらもう完全に終わりだ」
1人疲れの色を見せないのは山口君だけ。
俺と松岡、長瀬が立ち上がるのを待って、彼は一足先に歩き始めた。
「・・・・・・・全部片付いたらさ、ぶん殴ってやんなきゃ」
松岡はそう笑って、山口君の後を追う。
「・・・・・・・・・・マボ強いですね」
「山口君のクローンだからな。あいつは強いよ」
「太一君は」
「・・・・・・あのヒト近くにいる」
長瀬の話を遮って俺は言った。
「・・・・っ・・・今度こそ止めましょう!!絶対に!!」
泣きそうな顔で言って、長瀬は2人の後を追う。
それをぼんやり眺めて、俺はゆっくり足を進めた。
止められないかもしれない
原因の判っている胸の痛みを感じながら、そんな否定的なことを考えた。
あのヒト、茂君がいなくなったのは、ひとつきぐらい前だったと思う。
突然いなくなって、次に現れた時はもう壊れてた。
『消さなきゃいけない』
一言そう言い残して、この世界を破壊し始めた。
そうして、もうほとんど壊されてしまった。
今残っているのは、これから向かう、世界の中心だったところ。
これを守り切れなければ本当にこの世界は消えてしまう。
それだけは避けなきゃいけない。
みんなのためにも、茂君のためにも、俺のためにも。
おそらくだけれど、茂君はあのビルで死ぬつもりなんだと思う。
世界を壊して、自分も消える。
それが、壊れてしまったあのヒトの願い。
でも、俺たちはあのヒトに消えてほしくなかった。
だから今まで闘ってきたのだけど、こうして終わりは近付いてきてる。
彼を止めることが出来るか、この世界が消えるか。
道は、2つに1つ。
「どうせあのヒトのことだ、狙うのは一番上の階だろう」
「・・・・・・・当たり。“扉”は最上階にあるよ」
俺が言うと山口君は微妙な顔をした。
「・・・・・・・言ったでしょ。断片的に思念が聞こえるって」
「もう来てるの?」
「まだいないと思うよ。もう少し距離がある」
俺の言葉に松岡が少しホッとした表情になる。
「・・・・・・・・やっぱお前は連れてこない方が良かったかもな」
山口君が小さくため息をついた。
「何で?俺がいなきゃここに入れなかったじゃない」
「思念が聞こえるのは、お前があのヒトのクローンで意識のどっかが繋がってるからだろ」
「そうだよっ!!だから何!?」
「それで茂君止めれるか」
俺と山口君の口論をおろおろと下2人が見ていた。
「止める」
「お前まで茂君と同じ思想になってもらったら困るんだよ」
「引き摺られないよ!!それに逆に考えれば、こっちの想いを伝える事だって出来るじゃんか!!」
「・・・・・・・勝手にしろっ」
山口君はそれ以上何も言わず、上に繋がるエレベーターに向かった。
「・・・大丈夫?」
松岡が心配そうに覗き込む。
「何ともないよ」
長瀬も不安そうな顔をしていた。
俺と山口君の口論だから、口を出せずに固まっていたんだろう。
俺がそう言うと、2人とも安心したような表情を見せた。
正直なところ、山口君がああ言うのはよく解る。
あのヒトと意識のどっかが繋がっているということは、
近付いた時、意識が引き摺られる可能性があるということだ。
俺が山口君の立場なら絶対連れて行かない。
でも俺は行かなきゃなんない。
それが約束だったから。
エレベーターの中は無言。
何ともいえない緊張感と、不安が渦巻いて、気持ち悪くなる。
高所恐怖症な松岡は扉の真ん前で、背を向けて立っていたけれど、
山口君はガラス張りの壁面から外の廃墟を眺めている。
何となくソワソワしているのは長瀬で、それは俺が黙らせた。
あの時、茂君に何があったかなんて判らない。
けれど、何がしか兆候はあったんだと思う。
それに気付けなかった。いつも、傍にいたのに。
長瀬も、松岡も、付き合いが長いはずの山口君も気付けなかった。
―――― 違う。
気付いていて目を逸らしていたんだ。
あのヒトは強くなきゃいけなかった。
リーダーだから。
山口君や俺や、あのヒト自身がやっていたことは、罪悪感を抱かせるには十分で。
その責任全てを請け負う“リーダー”がいなければ、とても続けることはできなかったんだ。
結局俺たちは、茂君をスケープゴートにしてしまっていた。
あのヒトはその重責に耐えかねて壊れてしまったんだろう。
今のようになってしまったきっかけは判らないけれど。
チン、と音を鳴らして、エレベーターは上昇をやめた。
ゆっくり開く扉の向こうにいたのは。
「シゲ!!!!」
その瞬間、山口君が走り出した。
防塵コートを脱ぎ捨てて、全力であのヒトに向かっていく。
あのヒトは笑っていた。いつものような、本当に穏やかな笑顔で。
「いい加減にしろぉ!!!!」
泣きそうな声だった。
遅れて松岡と長瀬も走っていく。
俺は動けなかった。至近距離なのはやっぱりキツイ。逆流してくる茂君の感情。
怒りとか悲しみとか絶望とか罪悪感とか、
そういった負の感情全てをごちゃ混ぜにしたモノが流れ込んでくる。
「リーダー!!」
長瀬の叫びに茂君の顔が引き攣った。
「もうやめてください!!もう俺は嫌だ!!こんなリーダーもぐっさんも見たくないよ!!」
弾き飛ばされて、壁に叩きつけられた山口君を庇うように立ちながら長瀬が泣き叫ぶ。
「・・・・・・・」
茂君がぽつり呟いた。
「・・・・・・・・リーダー・・・・・?」
「・・・・・・・“リーダー”はあかん・・・・・・・・」
その瞬間、鈍い音が響いた。
「長瀬ぇぇぇえ!!!!」
松岡が悲痛な叫びを上げた。
力を振り絞って流されそうになる意識を振り払い、長瀬に走り寄る。
その腹には、何でやったのか、風穴。溢れる紅いモノ。
「長瀬!!」
「・・・・・・・リ・・・・ダー・・・・・」
激しく咳き込みながら、長瀬は膝を付いた。
「・・リーダー・・・・・・・・?」
松岡の小さな呟きに、俺は頭を上げた。
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続きません。
2626hit リクエストの話になるはずでした。
気に入らなかったんでストップ。
でもここまで書いて消すのはもったいないので一応UPしました。
このままいくとハッピーエンドになりそうになかったんです。
難しいね、小説って。
とじる