「・・・・・・・腹減った」
そう言いながら現れた彼に、彼の同居人は苦笑混じりに朝の挨拶をした。






カーニバル






「朝から元気やなぁ」
同居人は彼の食べっぷりを見てそう呟く。
「だって腹減ったし、美味いし」
「昨日の夜やって山ほど食べたやんか」
「や〜、何か腹減るんだよね」
「何か足りへんとちゃう?」
「・・・・・・・足りないって・・・・・・・。ちゃんと食ってるぜ?シゲも見てるだろ?」
「ミネラルとかビタミンとか。腹一杯食べても、足りてないモノがあると腹減るらしいで」
「・・・・・・・へぇ。足りないもの、ねぇ」
「何か思い当たる節はないん?考えてみぃよ」
「気が向いたら考えてみるよ」
「せっかく今ヒトが勧めとんのに・・・・・・・。まぁええわ。時間やし、もう行くな」
「大変だね、出張」
「仕事やからしゃーないわ。明後日の夜には帰ってくるから」
そして同居人は荷物を持って玄関に向かう。
「皿、洗っといてな」
「はいはい。いってらっしゃい」
彼は手を振って同居人を見送り、食器を台所の流しの中に置いた。












カウンターの中の背の高い青年が、苦笑混じりに彼に皿を出す。
「リーダー居ないんじゃ大変だね」
「だからここに食べに来てんだろ?」
彼はそう言いながら皿に盛られた料理を口に運んだ。
「それにしても。相変わらずよく食べるねぇ、兄ぃ」
「腹減ったから」
「昼食べてないの?」
「いや?食べたよ、ちゃんと。ラーメンとチャーハン大盛り」
「・・・・・・・バランス悪いなぁ。足りてないものあるんじゃない?」
「お前もシゲと同じ事言うなぁ。足りてないものねぇ」
「てか明らかに野菜食べてないでしょ。野菜食べなよ。食物繊維多いから、腹持ちもいいよ?」
「食べてるよ。てか野菜ばっかもヤダね。ウサギじゃあるまいし・・・・・・・」
その言い種に青年は笑った。
「ウサギほど可愛らしくないでしょ、兄ぃは」
「あぁ?牛って言いたいのか?」
「違うよ!!」
声色を落とした彼に、青年は慌てて首を振る。
「何かサプリメントでも買ってみたら?今いっぱいあるじゃん」
「あー・・・・・・・そーだなぁ・・・・・・・」
気のない返事をして、彼はまた一口頬張った。












目の前で喋り続けるテレビを横目に携帯をいじっていると、何となく空腹を感じた。
「・・・・・・・」
彼は片眉を跳ね上げて、自分の腹に視線を向ける。
「・・・・・・・あれだけ食ったのにな・・・・・・・」
数時間前に食べたはずの品目を指折り数え、首を傾げた。
「いいや。カップ麺でも食べよ」
そして彼は台所に向かい、湯を沸かし始める。

『何か足りへんとちゃう?』

今朝同居人に言われた言葉が頭をよぎる。
「足りないもの、ねぇ」
小さく独り言ちた時、ヤカンが音を鳴らし始めた。












冷蔵庫の中を覗き込んで、同居人はマメな奴だと彼は感心した。
冷たくなって待っていたのは、朝食のために用意したと思われるおかずの数々。
電子レンジで温めればいつも通りの朝食が食べられるようになっていた。
「・・・・・・・さすがシゲ・・・・・・・」
呟きながら中の皿を取り出す。
「でも流石に明日の分は無理だったか」
そう苦笑しながら空になった冷蔵庫の扉を閉めた。
電子レンジが軽快に鐘を鳴らす。
取り出したあつあつの煮物をテーブルの上に置き、食卓が完成した。
「いただきます」
律儀にもそう手を合わせ箸を付ける。
彼は今朝、同居人が2日分を想定して作っておいた朝食をすべて平らげた。












「・・・・・・・山口君、どうしたの?」
注文を取った店員が店の奥に帰っていった後、驚いた顔をして、彼の後輩がそう訊いた。
「は?どうしたって何が?」
「や、だって山口君がサラダ頼むなんて・・・・・・・」
「・・・・・・・お前、俺を何だと思ってんだよ」
「言っちゃ悪いけど肉魔神」
「酷い言われ様だな、おい」
「だって今まで野菜食べてる山口君見たことないよ」
「・・・・・・・否定できねぇ」
彼が苦笑を浮かべると、後輩は勝ち誇った表情を見せて、でしょ、と言う。
「昨日シゲと松岡に食事バランス悪いって言われてさ」
「で、野菜?」
「そう」
「でもいいんじゃない?このままだったら確実にメタボリック何ちゃらになるよ。太るし」
「どっちも困るなぁ」
「ならもっと野菜とらなきゃ」
そして運ばれてきたサラダを、後輩は彼に取り分けた。
「はいはい」
その様子に、彼は苦笑いを浮かべるしかなかった。












目の前のテーブルは木目が見えないくらい、所狭しと皿が並んでいた。
「兄ぃと長瀬がそろうとスゲェなぁ」
注文を運んできた青年が呆れ半分でそう言った。
「だって腹減ったんですもん。ねぇ」
彼の正面に座る男が、彼に同意を求める。
「うん、まぁ」
心なしか釈然としない様子で彼は頷いた。
「別にいいんだけどね。ウチが儲かるだけだから」
「じゃあいいじゃないですか。いっただっきま〜す!」
男はウキウキとフォークを握り、皿の上の料理に手を付ける。
「・・・・・・・兄ぃ?どうしたの?」
「・・・・・・・いや、何でもない」
首を傾げた青年に、彼は首を振って、同じくフォークを手に取った。
2人の食べっぷりを見て、青年は相変わらずと肩を竦めて奥に戻っていく。
そう大した時間もかからず、いくつかの大皿はきれいになっていた。












夜中。
誰もいない自宅に帰ってきて、小さくため息をつく。
普段はいるはずの同居人がいないのがこんなにももの寂しいことに彼は気付いた。
そして腹も寂しくなってきた。
「・・・・・・・ありえねぇ・・・・・・・何でだ・・・・・・・?・・・・・・・さっきあれだけ食ったのに・・・・・・・!!」
今日のディナーの様子を思い出して、彼は鞄を投げ捨てた。
「・・・・・・・っ何か、何かないか・・・・・・・」
突然の空腹感に、彼は家の中を探し回る。
空腹というより飢餓といった方がしっくりくるかもしれない。
しかしそれを満たすほどの食べ物は家の中になくて、彼は財布片手に家を飛び出した。

近所のコンビニで、残っていた弁当やすぐに食べられそうな総菜、
腹持ちの良さそうな菓子など、籠に山ほど突っ込んでレジに出した。
店員が驚いた表情を浮かべていたが、それを気にする余裕などなかった。
言われた金額を支払い、引ったくるように品物を受け取り、家に走る。
玄関を開けてすぐに買い物をテーブルの上に並べ、片っ端から手を付けた。

「・・・・・・・っ何で・・・・・・・何なんだよ!!」
すっかり食べ尽くされて空の容れ物しかないテーブルに拳を叩きつける。
「『足りない』!?何が足りないんだよっ・・・・・・・!?」
未だ彼の空腹感が満たされることはなかった。
「これだけ食べてんのに!!」
追いつめられた表情で声を上げ、テーブルの上のゴミを払い退ける。
「今の俺の生活で足りてないもの!?そんなも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・」
そして彼はそこで止まった。
「・・・・・・・・・・・・・・あぁ・・・・・・・・・・・・・・そうか・・・・・・・・・・・・・・」
妙にすっきりした顔で椅子に腰を下ろす。
そして小さく笑いながら、散らかされたゴミを片付け始めた。












彼の口から注文を聞いて、青年は思わず訊き返した。
「・・・・・・・兄ぃそれで足りるの?」
「おぉ。足りる足りる」
「でもいつもの半分だよ?」
「大丈夫だって。昨日足りてないものが判ってさ。
 今日シゲ帰ってくるから、夜に食べるつもりなんだよ」
「あぁ、今日で出張終わりなんだ、リーダー」
とりあえず注文された飲み物を出しながら青年は笑った。
「そう。やっと家で食事にありつけるよ」
「何それ。俺の料理じゃ不満?」
「ちげぇよ。でも店と家じゃ感じが違うだろ?」
「あぁ、そういう事ね」
それでも少し不満げに青年は答える。
「でも兄ぃ、リーダー居なくて寂しかったんじゃない?」
「何バカなこと言ってんだよ。ガキじゃあるまいし」
「ははっ。じゃあ今から作ってくるから、ゆっくりしてって」
彼の反応に青年は笑い、そして奥に消えていった。
「これは『寂しい』じゃねぇなぁ」
彼は楽しげにそう呟いて、出されたアイスコーヒーにストローを突き立てた。












「残念だったね」
「今日が休業日なんて知らなかったし、俺」
「たまたまね。店長が寝込んじゃってさ。だからお休み」
「ちぇ。せっかくたまには外食にしようと思ったのに」
青年の言葉に後輩が残念そうに頬を膨らませる。
「だからご馳走してあげるって言ってるでしょ」
「う〜ん、それもいいけど、山口君ところに乗り込もうぜ。リーダー帰ってきたらしいし」
「あ、それいいね。確か長瀬が、訊きたいことあるからってリーダーの家行くって言ってたし」
「じゃあご馳走してもらおう!よし、行くぞ松岡」
言うが早いか、くるりと方向転換して足早に歩き出した後輩を追って、青年は少し走った。



目的の部屋の前で、後輩は足を止めた。
「・・・・どしたの、太一君」
後ろを歩いていた青年が首を傾げながら後輩の前を見た。
「あれ?長瀬?」
後輩は持っていた買出しの袋をその場に置いて、部屋の入り口の横に座り込んでいた男の前にしゃがむ。
「どうしたんだよ、お前。こんなとこで何してんの」
そう言って後輩は男を覗き込む。
そして、その様子がおかしいことに気づいた。
「どうしたんだよ!顔真っ青だぞ!?」
「え!?長瀬、体調悪いのか!?」
後輩の言葉に青年も慌てて声をかける。
「ちょ、こんなところで蹲ってないで、リーダーと兄ぃ呼べよ!」
青年がそう言いながら、インターホンを鳴らした。
「あれ?いない?」
いる筈なのにと首を傾げ、青年はドアノブを握り、それを回した。
「・・・・・・っ!!ダメ!!マボ!!」
それを見て、男が必死な形相で青年の足にしがみついた。
「な・・・・なんだよ」
「開けないで!!お願いだから!!」
「はぁ?何言ってんだよ。ここに知り合いいるんだから、病院行くより早いだろ」
「ダメ!!!」
男の言葉にそう返し、忠告を無視して後輩が扉を開けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だ、この臭い・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして扉を開けたままの状態で、眉間にシワを寄せた。
「・・・・・生臭い?」
その後ろから覗き込んで、青年も眉を寄せる。
「・・・・・・・・・松岡さぁ、長瀬とここで待ってて」
「・・・・・・・・・う、うん」
後輩は、小さくお邪魔しますと言いながら、部屋の中に入った。



変な臭いがする以外は普段と何ら変わりないように思える。
しかし、廊下を進み、閉められていたリビングの扉を開けて、絶句した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・リーダー・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
それまでしていた臭いが一層強くなる。
そして、部屋の真ん中に人が倒れていた。
ただ、人であると判断できた理由は、頭部があったから。
その周辺に、たぶん腕や足だと判断できるようなモノが落ちていて、ひかれているカーペットは黒ずんでいる。
それが流れ出した血で染まっているからということに気づいた瞬間、背後に気配がした。
「!!?」
慌てて振り返ると、そこには彼がいた。
「・・・・・・・・・・山口・・・・・・・・・君?」
「何してんだ、そんなとこで。てかいつ来たんだよ、お前」
普段通りの口調に、後輩は違和感を感じて彼をまじまじと見た。
態度に変わった様子はないけれど、着ている物は血だと思われるもので激しく汚れている。
「・・・・・・・・・山口君・・・・・・・・・・・・これ・・・・・・・・・どうしたの・・・・・・・・・・・・・」
動転している頭のままで、それでもできるだけ冷静に、後輩は彼に尋ねた。
「ん?や、飯食ってただけだけど」
「・・・・・・・・・飯・・・・・・・・・?」
彼の口から飛び出した予想外の言葉に、後輩は思わず繰り返す。
「そうそう。足りてないものが判ったよ」
突然変わった話題に、彼は一瞬何の話か解らなくなった。
「・・・・・・・・・足りてないもの・・・・・・・・・?」
「そう。前言ってただろ?足りないもんがあるんじゃないかって。それが判ったんだ」
「・・・・・・・・・あぁ、こないだ言ってた・・・・・・・・」
「それそれ。だから食べたんだよ。そしたら前みたいに食っても食っても腹が減るなんてことなくてさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何、だったの?足りないものって・・・・・・・・・・・・・・」
嬉しそうに話す彼に、嫌な予感を感じながら、後輩は訊く。
すると、彼は笑顔で口を開いた。






「シゲだよ」






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スタービングマン聞いた時からずっと温めていた(?)ネタです。
題は、カーニバルの語源がカンニバル(食人)だと聞いたような気がするので。

2006/07/21


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