count down
周囲は暗く、ガラスの破片が僅かに残る窓から、月明かりだけが入る。
以前の住人が使っていただろう机や椅子があちこちに規則なく並んでいて、その1つの影に男が一人うずくまっていた。
不意に、廃墟には似つかわしくない、カツカツという靴音が響いた。
うずくまっていた男は小さく悲鳴を上げ、長い手足をさらに小さく縮める。
少しずつ靴音は大きくなる。
その主は特に急いでもないらしい。
ゆったりと、何かを探すようにそれを響かせている。
ガチャリと、男のいる部屋の扉が音を立てた。
男は出かかった悲鳴を飲み込み、頭を抱えて息を潜める。
戸には鍵がかかっていた。
もちろん男がかけたのだけれど、それは銃声一発であっさり壊された。
耳障りな金属音をたてて軋みながら扉が開く。
同時に例の靴音が入ってきた。
その人物は上機嫌のようだ。
この国の言語ではない、どこかの国の歌を小さく口ずさんでいた。
部屋全体を見回し、そして物陰をひとつずつ確認していく。
男の緊張は最高潮に達していた。
ともすれば漏れてしまいそうな声を必死に押し殺して、極力心を落ち着かせた。
見つからない。
俺は見つからない。
そう、自分に言い聞かせて。
しかし、自分の真後ろにその人がいることを感じて、男は戦慄した。
やけに時間経過が遅い。
心臓の音がうるさいくらいに聞こえた。
息を止めて、目を閉じて、ぎゅっと縮こまって、男はその人が通り過ぎていくのを待った。
人間が息を止めていられる時間はたかが知れている。訓練している場合は別として、長くて2、3分。
男も例に漏れず、苦しくなって、そっと息を吐いた。
そして、目を開いた。
「…っひぃっ!!」
「Good morning」
目の前に、靴音の主がいた。
男は驚いて、勢いよく後ずさった。
「…あ…あ…」
「ひどいなぁ。ヒトの顔見るなり…」
男が声も出せずにドモっていると、彼はそう言って笑った。
「……ラストチャンス。何か言いたいことは?」
彼がにっこり笑う。
男は真っ青な顔で彼にしがみついた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいゆるしてください
もうしないぜったいにうらぎらないからおねがいだからころさないでころさないでぇ!!」
死にたくない、と繰り返し小さく呟いて泣きながら崩れ落ちる。
彼はつまらなさそうにそれを見ていた。
「…それだけ?面白ないなぁ…」
ぽつり呟いて、彼はポケットから小さな箱を取り出した。
「コレな〜んだ?」
笑顔で男の前にぶら下げる。
瞬間、男は蒼白になって狼狽え始めた。
「おさないで!!ゆるして!!」
「バイバイ」
カチ
男の叫びも空しく、軽い音を立てて、そのスイッチは押された。
瞬間、どこからともなく電子音が聞こえ始める。
男は必死になって首にされていたチョーカーを掻き毟った。
それは、よく見ればチョーカーなどではなく、2cm四方ほどの小さな金属の箱が付いた首輪。
「Realize the error out of your senses, and cry for that.
I wanna hear your excuse.
But whatever you say, it's only a well.」
半狂乱で泣き叫びながら首輪を外そうとする男を眺めながら、彼は再び静かに歌いだした。
「Come to hell and be your hends on the earth, to apologize to me.」
「いやだ!!死にたくない!!たすけて!!おねがいだから!!!」
「You can meet her by having counted up from three to one.」
「たすけて!!ながせ!!たいちくん!!あにぃ!!たすけてよぉ!!」
「Now, close your eyes. I'll give you a shoot to death.」
「許して リーダー」
「・・・・・・・・・・あ〜ぁ。つまらへんなぁ・・・・・・・・」
彼はぽつり呟いた。
足元には赤いモノ。
かつて人だったモノが転がっていた。
「・・・・・・・・お前には期待しとったんやけど、ダメやったな」
しゃがんで、もう何も映さなくなった瞳を覗き込む。
「バイバイ、松岡」
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松さんが何をしたんでしょうね。
いつだったかTVで、首に爆弾つけられて銀行強盗という事件を見て、思いついた話です。
とりあえず、ごめんなさい。
2006/05/03