何かほしいものはないか。
突然に神妙な顔でそう聞いてきた弟分に思わず沈黙してしまう。真意が分からなくてじっとその顔を見つめれば、居心地悪そうに視線を反らされた。
「何で?」
そう尋ねるても、もごもごと口ごもるばかりで確信を話そうとしない。だんだん焦れったくなってその頬をつねりあげれば、痛いと抗議の声が飛んできた。
「はっきりしゃべれっての」
「・・・・・横暴だ」
涙目になりながら頬を押さえる様子は昔から変わらない。くくくと笑うと、不服そうな目で睨みつけてきた。
幼い頃は二人出よく遊んだものだが、軍に入ってから、まさか同じ部隊に配属されるとは思わなかった。
相変わらず人見知りなのかあまり愛想は良くないが、俺の前だと少し態度が柔らかくなるところがかわいらしいっちゃかわいらしいと思う。
まぁ、一緒にいたときは一日一日を生きていくのが精一杯だった。そんな中でお互いだけを頼って生き抜いてきたのだから仕方ないだろう。
血の繋がりはないけれど、大事な家族なのだ。
「・・・・・誕生日」
「あ?」
「誕生日は祝うもんだって。隊長が」
「なるほど。今日ね」
そう相槌を打てば、コクリと頷いた。
そういえば今日は誕生日かもしれない。日付なんてちゃんと確認してないからよく分からないけれど。
「それでほしいものってことか」
俺の言葉に声なく答えたその顔は期待で輝いていて、思わず笑ってしまった。
* * * * *
窓ガラスを軽くノックすれば、運転席に座って俯いていた彼が顔を上げる。
笑顔で手を振ると、がちゃんと音を立ててロックが開いた。
「お待たせ」
そう言いながら助手席に乗り込んだ。
「遅いわー」
「しょうがないじゃん。終わりがけにお客さん来ちゃったんだから」
まだお昼だって食べてないんだとため息をつけば、茂君は時計をちら見して、ならどっか入ろうかと呟いた。
「ラーメン食いてぇ」
「チャーハンも食べるんやろ?」
「もちろん」
そう言ってニカっと笑うと、呆れたように苦笑を浮かべてシートベルトを締めた。
「じゃあ出るでー」
「よろしくー」
車はゆっくりと走り出す。お昼を少し回っていたが道は比較的空いていて、この調子で行けば恐らく昼前には到着してしまうだろう。
「会議は何時からなん?」
「一時半だよ。まだ余裕ある」
「帰りはどうするん?」
書類提出したら帰ると言う茂君に、直帰するから大丈夫と答えておいた。
「一応午後いっぱいはかかる予定だからさ」
「なら今日の飲み会は直行するんか?」
「うん。いつものとこでしょ?」
「せやね」
他愛もない話をしながらも車はすいすいと安全運転で進んでいく。
どうも茂君が運転するところを見ると違和感を持ってしまってしょうがない。学生の頃から乗せてもらってはいるし、運転が下手というわけでもない。
もちろん、今の通勤もお互い車なのだけど、これはどうしようもないのかなぁと諦めている。
原因は分かっているのだ。
今は段々と忘れていっているのだけれど、何故か小さい頃から生まれる前ことを知っていた。
それが俺の前世のことであること、俺以外にもそういう人がいるということ、記憶はなくてもそのとき一緒にいた人たちが側にいることを知ったのは茂君に会ってからだ。
子どもながらに自分がおかしいことは分かっていて、別に誰かに話したこともなかったけれど。
おもしろいのは、そのとき一緒に行動していた、『俺』を含めた5人が全くの逆順で生まれてきていることだ。
一番年上だった隊長は、今や一番若い後輩として同じ職場に勤めている。茂君は俺の先輩に当たるが、前世では年下の弟分だったのだ。
前世において、その子と『俺』は戦争まっただ中の散々な時代に生きていた。
何がきっかけだったかなんて忘れてしまったけど、その子と俺は出会って、一緒に生きてきて、それぞれに生きようと分かれたはずなのに二人とも行き先は同じだったのだ。
結局戦争が酷くなって俺とその子のいた部隊は激戦地に赴き、そこで命を落とした。
前世の俺はそれをとても後悔していた。守ってやると約束したはずなのに、守ってやれなかったと。
それは俺にとってはただの昔話でしかない。
ほら、小さい頃から聞かされてきたおとぎ話とかそんな感じ。知ってるけど、うろ覚えで、でもあって当たり前の思い出。
そんな感覚なのだ。
茂君が運転して違和感があるのもそのせい。『茂君』は俺の弟分で、運転して乗せてやるのは俺の仕事だったから。
茂君は俺よりはっきりと覚えているらしい。普段はほとんどそれを口にすることはなく、俺も別に話を振ったりはしない。けど。
「・・・・・昔の俺はそーいうの好きだったの?」
「は?」
「何、前世っつーの?」
「・・・・・あー」
返ってきた声がちょっと曇っているように思えて顔を見る。表情は嫌そうではなかったが、歓迎している体でもなかった。
「聞かない方がいい?」
「別にえぇけど。珍しいな」
「何となく」
「・・・・・まぁ、こってりしたものは好きやった思うで」
「ふぅん」
「気になる?」
少しだけ笑いの混じった声でそう尋ねられて、別にと答えればさらに笑いが返ってくる。
「戦争から帰ったら軍隊辞めて、大工になって家作るんだゆーとったな」
「え?」
その内容に驚いて、思わず茂君の顔を見た。
俺の知ってるおとぎ話の中にそんな内容の部分はなかったし、茂君から聞いたこともない。初めて聞いた内容に、どうしてか言葉が出てこなかった。
「・・・・・そうなの?」
「覚えとらん?」
「知らねぇ」
「その方がええやろな」
覚えていることはいいことばっかりじゃない。茂君は小さくそう呟く。
全部覚えているという茂君は、きっとあまりよくないことも覚えているのだろう。覚えていない俺にはどうこう言えないれど。
「そっか。そんなこと言ってたんだ」
「そう言っとったのを聞いたことあるな」
「じゃあ夢は叶ったことになんのかね?家じゃなくて道路作ってるけど」
「なるんちゃうかー?」
茂君の言い方があまりに軽くて、思わず笑ってしまった。
希望通り、昼飯にラーメンとチャーハンを食べて、目的地で降ろされる。
ありがとうと車を降りてから覗きこめば、大体十五センチくらいの細長い小さめの包みが飛んできた。
慌ててそれを受け止めて何かと尋ねる。すると、久しぶりに何か企んでいるような意地悪い笑顔が返ってきた。
「熟考に熟考を重ねて選んだ品や。大事に使えよ」
誕生日おめでとさん。茂君はそう言って手をヒラヒラ振る。その言葉に、『おとぎ話』の中のとある台詞を思い出した。
「・・・・・ふふっ。ありがと」
俺が思わず笑うと茂君は満足そうな表情を浮かべた。そして小さく咽喉を鳴らして笑い、じゃあ夜にと言って車を発進させた。
茂君と知り合って、お互いに秘密を共有して数年。誕生日にこんなことを言われたのは初めてだ。
極力普段の生活からは『おとぎ話』のことを切り離しているあの人が、わざわざ。
茂君がどんなことを覚えているのか俺は知らないけど、やっぱりこんな感じでいいと思う。
良かったこと、失敗したこと、全部ひっくるめて懐かしむことができるような『おとぎ話』で。
「さて、と。午後からがんばるかな」
その姿を見送り俺は大きく伸びをして、会議の開かれる建物に足を踏み入れた。
* * * * *
「じゃあ、お前がいいと思うものをくれよ」
「え」
俺の言葉に弟分は不服そうに声を上げる。
「何でもいいよ。お前が俺に合うと思ったものちょーだい」
「・・・・・何でもって・・・・・絶対文句言うじゃん・・・・・」
「言わねーよ。約束する」
「・・・・・分かった・・・・・」
眉間にシワを寄せて悩み始めた弟分に、俺は思わず笑ってしまう。でも今の言葉を撤回するつもりはない。
だって悔しいじゃん。
今までずっと一緒にいて、兄貴分は俺だけだったのに、最近は隊長ばっかでさ。
たまには俺のために悩ませたって罰はあたんねーだろ?
その代わり、それが何であっても大事にするから。
もしかしたら文句は言うかもしれないけど、一年に一回のわがままだからさ。許してよ。
fin
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ぐさま誕生日おめでとうございます・・・!!
去年はいろいろあったけれど、やっぱり貴方がいないとTOKIOじゃないよね。
これからも付いて行くから、大黒柱としてがんばってください!
遅くなったけど1月中に書けて良かった!
ぐさまは覚えてるってほどじゃないけど、そこそこ知ってる立場です。
ぐさまもリーダーも知ってるけど自分とは別物として理解してます。
何かぐさまのときだけ仕事色薄くなっちゃったなー。
改めまして、おめでとうございました!
2013/01/20
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